45 / 143
第44話『千弦は壁ドンされたい。』
しおりを挟む
「このアニメも面白かったね!」
「面白かったな。2度目でも面白かった」
俺も千弦も見ている金曜夜に放送されるアニメは2作品あり、美少女キャラがたくさん出てくるオリジナルの日常系アニメ、少女漫画が原作のラブコメアニメの順番で観た。
どちらのアニメも一度観ているけど、とても面白い内容だし、千弦と話しながら観るのは楽しかったから、終わるまであっという間だった。千弦も楽しそうな笑顔を見せることが多かったし、千弦も楽しめていたのなら嬉しい。
「ラブコメのアニメは壁ドンのシーンが良かったな。漫画も読んでいるし、アニメを観るのは2回目だけどキュンときたよ」
今日観たエピソードでは主人公の女の子が、クラスメイトの王子様系キャラのイケメン男子に壁ドンされているシーンがあった。そのシーンのとき、千弦は「きゃっ」と可愛い声を漏らしていたな。あのシーンが千弦のお気に入りなのかもしれない。もしかしたら、壁ドン自体が好きという可能性も。壁ドンのシーンがある恋愛系の作品はたまにあるし。
「あそこはいいシーンだよな。結菜から原作の漫画を借りて読んだけど、あのシーンは印象に残っていたし」
漫画でもいいなって思ったけど、アニメではよりいいなと思えた。キャラクター達の動きがあったり、声優さん達の演技が良かったりしたからだろう。
「そういえば、壁ドンって恋愛系の作品では何度も目にするけど、実際にしているところって見たことないな」
「私も見たことはないなぁ」
「そっか」
千弦も見たことないか。
壁ドンって、相手を壁に追い詰めて、相手のすぐ側で壁をドンと叩くことだもんな。怖いって思う人もいそうだし、恋愛的なアプローチを目的に壁ドンをする人は実際にはあまりいないのかもしれない。ちなみに、俺もやったことはない。
「まあ、壁ドンをしたことはあるんだけどね」
「あるのかよ」
思わず食い気味にツッコんでしまった。だからか、千弦はクスッと笑う。
「友達の女の子から壁ドンしてほしいってお願いされてね。何回もあったな。みんな、恋愛漫画やアニメが大好きで」
「なるほどな。まあ、学校での千弦は王子様みたいな雰囲気だし、背も高いから、千弦に壁ドンしてほしいって頼む女子が何人もいるのも納得かな」
女子に壁ドンしている千弦の姿がパッと頭に思い浮かぶ。きっと、持ち前の落ち着いた王子様スマイルで、壁ドンした相手の女子をキュンとさせる言葉を言ったんだろうな。
「みんな喜んでくれたから、壁ドンしてって頼まれるのは嬉しかったな」
「そうか」
「ちなみに、壁ドンされたこともあるよ」
「されたこともあるのかよ」
「うん。壁ドンしてくれたお礼にってね。ただ、みんな私よりも背の低い女の子だったから、キュンとはならずに可愛いって感じだったな」
そのときのことを思い出しているのか、千弦はほのぼのとした笑顔になっている。
まあ、さっき観たアニメを含め、壁ドンは背の高い男子が自分よりも背の低い女子にしていることがほとんどだ。壁ドンしてくるのが自分よりも背が低くて、しかも女子だったら可愛いって思うのも分かるかな。
「ねえ、洋平君」
「うん?」
「……洋平君に壁ドンされたいな」
「へっ?」
予想外のことを言われたので、間の抜けた声が漏れてしまう。
まさか、壁ドンされたいって言われるとは思わなかったな。壁ドンの話題を出したのは俺の方だったし。
「今まで壁ドンをしてきた人は自分よりも背の低い女の子だけだから、背の高い男の子から壁ドンされたらどんな感じなのか興味があって。漫画やアニメだと、大抵は男の子が自分よりも背の低い女の子にするし」
「さっき見たアニメの壁ドンシーンもそうだったな」
「うん。も、もちろん、男子なら誰でも良かったわけじゃなくて、洋平君だからお願いしているんだよ」
頬を中心に顔を赤くしながら、千弦は俺にそう言ってくる。俺のことをチラチラと見ているのを含めて可愛いし、今の言葉は心をくすぐられる。素を見せられるほどの友人だからお願いしたのだろう。嬉しいな。これまで、千弦が女子から壁ドンしてほしいと頼まれてきたときは、こういう気持ちになっていたのだろうか。
俺に壁ドンしてほしいという千弦からのお願いに、
「分かった。千弦に壁ドンするよ」
と快諾した。
「ありがとう! 洋平君!」
千弦は依然として赤くなっている顔に嬉しそうな笑みを浮かべ、俺にお礼を言った。そんな千弦も可愛くて。千弦がいいと思える壁ドンをしたい。
「ただ、壁ドンは未経験だ。何かコツとかはあるか?」
「そうだね……。相手の顔の近くで壁を叩いて、相手の目を見つめながらキュンとなりそうな言葉を言うことかな。私はそれで相手をキュンとさせることができたよ」
「なるほどな」
千弦が壁ドンをしているところを見たことはないけど、学校では王子様と呼ばれるほどに人気があるから説得力があるな。
「相手の顔の近くで壁を叩くことと、キュンとなりそうな言葉か」
「うん。さっき見たアニメの壁ドンシーンでキュンとなったし、あのシーンみたいな言葉でかまわないよ」
「分かった」
確か、さっき観たアニメでの壁ドンシーンは、
『あいつよりも、俺のことをもっと見てくれよ』
って、言っていたっけ。……よし、この言葉を基に千弦がキュンとなりそうな言葉を言ってみるか。
「じゃあ、壁ドンをやってみるか」
「うん。本棚の側の壁でやろうか。そっちは外壁側だから」
「分かった。1階に御両親がいるし、あまり強く叩かないように気をつけよう」
「それがいいね」
迷惑になってしまうだろうし、ゴキブリを見つけて千弦が悲鳴を上げたときのように、部屋の前まで駆けつけることになるから。
俺達はクッションから立ち上がり、勉強机の方に向かう。
本棚の近くの壁で千弦と向かい合うようにして立つ。これから人生初壁ドンなので、こうして向かい合って立つとちょっと緊張するな。少し長めに息を吐いた。
「……よし。じゃあ、壁ドンするぞ」
「うん。お願いします」
よし。千弦がキュンとなるように壁ドンするぞ。
俺はゆっくりとした歩みで千弦に近づいていく。それに伴い、千弦も俺と同じくらいの速度で後ずさりしていく。
そして、千弦の背中が壁に付いたところで、
――ドンッ。
と、音が鳴るくらいの強さで、右手で千弦の顔のすぐ横に壁を叩く。
顔を少し近づけ、
「俺のことをもっと見てくれよ。千弦」
と、千弦のことを見つめながらそう言った。
「……ほえっ」
千弦はそんな可愛い声を漏らすと、頬を中心に顔が見る見るうちに赤くなっていく。千弦に直接触れていないけど、千弦から熱が伝わってきた感じがした。うっとりしているように見えるけど、キュンとなってくれただろうか。
それにしても、至近距離から千弦と見つめ合っているし、甘い匂いも香ってくるのでドキッとして。壁ドンをするとこういう感覚になるのだろうか。それとも、壁ドンをしている相手が千弦だからだろうか。
少しの間、無言のまま見つめ合う時間が続き、
「……良かったよ。凄くキュンとしたよ……」
可愛らしい声でそう言うと、赤くなっている千弦の顔に笑みが浮かぶ。壁ドンは初めてだったので、嬉しい気持ちもあるけど安心した気持ちの方が強い。
「千弦がそう言ってくれて良かった」
「うんっ。顔の近くで壁を叩いたからちょっとビックリしたけど、洋平君のかっこいい顔がすぐ目の前にあるし。洋平君の方が背が高いから洋平君に覆われている感じがするし。それに、洋平君が言った言葉はさっき観たアニメの壁ドンシーンのセリフだけど、『千弦』って言ってくれたから凄くキュンってなったよ」
「セリフは流用だけど、壁ドンをしている相手が千弦だからな。千弦の名前を言ったらキュンってなってもらえそうかなって思ったんだ」
「……見事になったよ。これまで、私に壁ドンされた女の子達はこういう気持ちだったのかなって思ったよ。……ありがとう。満足だよ」
「それは良かった。人生初の壁ドンをしたけど、相手が千弦だからかいいなって思ったよ。それに、こうやって至近距離から見る千弦も可愛いなって」
「ふふっ、そっか。あと、今の言葉にもキュンってなったよ」
えへへっ、と千弦は声に出しながらへにゃっと笑う。その笑顔もまた可愛らしい。
千弦がキュンとなって、満足できるような壁ドンができて良かった。そう思いながら壁から手を離して、千弦から2、3歩後ろに下がった。
「ねえ、洋平君。お礼に私が洋平君に壁ドンしようか?」
「いいな。千弦に壁ドンされたらどんな感じか気になるし。それに、壁ドンされるのも初めては千弦がいい」
「うんっ、分かった。素の私と中性的な私のどっちがいい? どっちでもいいよ」
「そうだな……中性的な雰囲気の千弦にやってもらおうかな。今までやってもらった子達はそっちの千弦だろうし。俺も体験してみたい」
「なるほどね。分かったよ」
そう言うと、千弦は「ふーっ」と息を吐いて、
「じゃあ、この中性的な私で、洋平に壁ドンするよ」
学校や屋外でよく見る落ち着いた笑顔になり、これまでよりも低めの声でそう言った。中性的な雰囲気の王子様モードになったんだな。その証拠に、俺の名前も「洋平」と呼び捨てに変わったし。こんなにすぐに切り替えられるとは。凄いな。これも数年ほど中性的な雰囲気を演じ続けているからなのだろう。
入れ替わる形で、俺は壁を背にして、千弦と向かい合う形で立つ。
「洋平。壁ドンするよ」
「ああ、お願いするよ」
千弦に壁ドンされるとどんな感じか楽しみだな。
千弦はゆっくりと俺に近づいてくる。それに合わせて俺も後ずさりする。
そして、俺の背中が壁に付いたところで、
――ドンッ。
千弦は右手で俺の顔のすぐ近くの壁を叩き、
「私のことをもっと見てよ、洋平」
俺のことを見つめながら、低めの声でそう言った。
低音ボイスで甘い言葉を言われたし、千弦と至近距離で見つめ合っているし、千弦の甘い匂いが濃く香ってくるのでちょっとキュンとなる。まさに王子様って感じだ。ただ、千弦は俺より背が小さいので、俺を見上げる形。だから、何だか可愛いとも思えて。
「……どう? 私の壁ドン」
「かっこよくてキュンともなったし、同時に可愛いとも思ったよ。今まで千弦に壁ドンされた子達の気持ちも、女の子達に壁ドンされた千弦の気持ちも分かった。もちろん良かったよ」
正直に壁ドンの感想を言った。ただ、それが良かったようで、千弦は俺にニコッと笑いかけた。
「洋平にそう言ってもらえて嬉しいよ。私も背の高い人や男子に壁ドンするのは初めてだから、新鮮で楽しかった」
「それは良かった」
お礼に壁ドンしようって話だったけど、もしかしたら、自分より背の高い人や男子相手に壁ドンしたことがないから、俺に壁ドンしてみたい気持ちがあったのかもしれない。
千弦は壁から手を離して、俺から何歩か後ろに下がる。
「壁ドンさせてくれてありがとう、洋平君」
可愛くて柔らかな笑顔でそう言った。声も元の高さに戻っているし、呼び方も「洋平君」に戻っているから素のモードに戻ったのだろう。
「いえいえ」
「ふふっ。……今は5時近くだけど、もう少しここにいる?」
「ああ。これまでも6時頃までいたしな。少なくともそのあたりの時間までは千弦と一緒にいたいな」
「うんっ、分かった」
千弦は嬉しそうな笑顔でそう言った。
その後は、『名探偵クリス』のテレビアニメを一緒に観る。もちろん、これまでと同様にクッションで隣同士に座りながら。また、今日は土曜で午後6時からは最新話が放送されるので、最新話をリアルタイムで。映画館で一緒に劇場版を観たのもあり、クリスでも千弦と話しながら楽しく観ることができた。
クリスの最新話を見終わり、俺は千弦の家から帰ることに。
「千弦。今日は楽しいデートだった」
「私も楽しかったよ。いいお家デートだったね。それに、洋平君のおかげで数Bの課題も全部できたし。ありがとう」
「いえいえ。こっちこそ古典を教えてもらってありがとう」
「うんっ。……また月曜日に。……いや、明日になるかな? バイトある?」
「あるよ。正午から午後6時までシフトに入ってる」
「分かった。午後に母の日のプレゼントを買う予定だから、帰りに寄るね」
「ああ。待ってるよ」
明日は千弦が来てくれるのか。それなら、明日のバイトはいつも以上に頑張れそうだ。
「じゃあ、俺はこれで。また明日」
「うん、また明日ね」
可愛い笑顔と手を振り合って、俺は千弦の家を後にした。
星野さんが来られなかったので、結果的に千弦とお家デートになったけど、結構楽しかったな。素の千弦の笑顔をたくさん見られたし。これからも千弦とこういう時間を過ごせたらいいな。そう思いながら、涼しくなった夕暮れの帰り道を歩くのであった。
千弦からの誘いを断ったのもあってか、夜になると、星野さんが今日の午後はどうだったのかと、千弦と俺とのグループトークに話しかけてきた。
千弦と俺でお家デートの内容や楽しかったことを伝えると、
『ふふっ。まさにデートだね。キュンってなったよ。2人が楽しくて素敵な時間を過ごせて良かった』
とメッセージが送られた。星野さんにデートの内容を伝えたことにはちょっと気恥ずかしさはあったけど、千弦が星野さんに楽しかったとメッセージを送ってくれたことには嬉しくなった。
「面白かったな。2度目でも面白かった」
俺も千弦も見ている金曜夜に放送されるアニメは2作品あり、美少女キャラがたくさん出てくるオリジナルの日常系アニメ、少女漫画が原作のラブコメアニメの順番で観た。
どちらのアニメも一度観ているけど、とても面白い内容だし、千弦と話しながら観るのは楽しかったから、終わるまであっという間だった。千弦も楽しそうな笑顔を見せることが多かったし、千弦も楽しめていたのなら嬉しい。
「ラブコメのアニメは壁ドンのシーンが良かったな。漫画も読んでいるし、アニメを観るのは2回目だけどキュンときたよ」
今日観たエピソードでは主人公の女の子が、クラスメイトの王子様系キャラのイケメン男子に壁ドンされているシーンがあった。そのシーンのとき、千弦は「きゃっ」と可愛い声を漏らしていたな。あのシーンが千弦のお気に入りなのかもしれない。もしかしたら、壁ドン自体が好きという可能性も。壁ドンのシーンがある恋愛系の作品はたまにあるし。
「あそこはいいシーンだよな。結菜から原作の漫画を借りて読んだけど、あのシーンは印象に残っていたし」
漫画でもいいなって思ったけど、アニメではよりいいなと思えた。キャラクター達の動きがあったり、声優さん達の演技が良かったりしたからだろう。
「そういえば、壁ドンって恋愛系の作品では何度も目にするけど、実際にしているところって見たことないな」
「私も見たことはないなぁ」
「そっか」
千弦も見たことないか。
壁ドンって、相手を壁に追い詰めて、相手のすぐ側で壁をドンと叩くことだもんな。怖いって思う人もいそうだし、恋愛的なアプローチを目的に壁ドンをする人は実際にはあまりいないのかもしれない。ちなみに、俺もやったことはない。
「まあ、壁ドンをしたことはあるんだけどね」
「あるのかよ」
思わず食い気味にツッコんでしまった。だからか、千弦はクスッと笑う。
「友達の女の子から壁ドンしてほしいってお願いされてね。何回もあったな。みんな、恋愛漫画やアニメが大好きで」
「なるほどな。まあ、学校での千弦は王子様みたいな雰囲気だし、背も高いから、千弦に壁ドンしてほしいって頼む女子が何人もいるのも納得かな」
女子に壁ドンしている千弦の姿がパッと頭に思い浮かぶ。きっと、持ち前の落ち着いた王子様スマイルで、壁ドンした相手の女子をキュンとさせる言葉を言ったんだろうな。
「みんな喜んでくれたから、壁ドンしてって頼まれるのは嬉しかったな」
「そうか」
「ちなみに、壁ドンされたこともあるよ」
「されたこともあるのかよ」
「うん。壁ドンしてくれたお礼にってね。ただ、みんな私よりも背の低い女の子だったから、キュンとはならずに可愛いって感じだったな」
そのときのことを思い出しているのか、千弦はほのぼのとした笑顔になっている。
まあ、さっき観たアニメを含め、壁ドンは背の高い男子が自分よりも背の低い女子にしていることがほとんどだ。壁ドンしてくるのが自分よりも背が低くて、しかも女子だったら可愛いって思うのも分かるかな。
「ねえ、洋平君」
「うん?」
「……洋平君に壁ドンされたいな」
「へっ?」
予想外のことを言われたので、間の抜けた声が漏れてしまう。
まさか、壁ドンされたいって言われるとは思わなかったな。壁ドンの話題を出したのは俺の方だったし。
「今まで壁ドンをしてきた人は自分よりも背の低い女の子だけだから、背の高い男の子から壁ドンされたらどんな感じなのか興味があって。漫画やアニメだと、大抵は男の子が自分よりも背の低い女の子にするし」
「さっき見たアニメの壁ドンシーンもそうだったな」
「うん。も、もちろん、男子なら誰でも良かったわけじゃなくて、洋平君だからお願いしているんだよ」
頬を中心に顔を赤くしながら、千弦は俺にそう言ってくる。俺のことをチラチラと見ているのを含めて可愛いし、今の言葉は心をくすぐられる。素を見せられるほどの友人だからお願いしたのだろう。嬉しいな。これまで、千弦が女子から壁ドンしてほしいと頼まれてきたときは、こういう気持ちになっていたのだろうか。
俺に壁ドンしてほしいという千弦からのお願いに、
「分かった。千弦に壁ドンするよ」
と快諾した。
「ありがとう! 洋平君!」
千弦は依然として赤くなっている顔に嬉しそうな笑みを浮かべ、俺にお礼を言った。そんな千弦も可愛くて。千弦がいいと思える壁ドンをしたい。
「ただ、壁ドンは未経験だ。何かコツとかはあるか?」
「そうだね……。相手の顔の近くで壁を叩いて、相手の目を見つめながらキュンとなりそうな言葉を言うことかな。私はそれで相手をキュンとさせることができたよ」
「なるほどな」
千弦が壁ドンをしているところを見たことはないけど、学校では王子様と呼ばれるほどに人気があるから説得力があるな。
「相手の顔の近くで壁を叩くことと、キュンとなりそうな言葉か」
「うん。さっき見たアニメの壁ドンシーンでキュンとなったし、あのシーンみたいな言葉でかまわないよ」
「分かった」
確か、さっき観たアニメでの壁ドンシーンは、
『あいつよりも、俺のことをもっと見てくれよ』
って、言っていたっけ。……よし、この言葉を基に千弦がキュンとなりそうな言葉を言ってみるか。
「じゃあ、壁ドンをやってみるか」
「うん。本棚の側の壁でやろうか。そっちは外壁側だから」
「分かった。1階に御両親がいるし、あまり強く叩かないように気をつけよう」
「それがいいね」
迷惑になってしまうだろうし、ゴキブリを見つけて千弦が悲鳴を上げたときのように、部屋の前まで駆けつけることになるから。
俺達はクッションから立ち上がり、勉強机の方に向かう。
本棚の近くの壁で千弦と向かい合うようにして立つ。これから人生初壁ドンなので、こうして向かい合って立つとちょっと緊張するな。少し長めに息を吐いた。
「……よし。じゃあ、壁ドンするぞ」
「うん。お願いします」
よし。千弦がキュンとなるように壁ドンするぞ。
俺はゆっくりとした歩みで千弦に近づいていく。それに伴い、千弦も俺と同じくらいの速度で後ずさりしていく。
そして、千弦の背中が壁に付いたところで、
――ドンッ。
と、音が鳴るくらいの強さで、右手で千弦の顔のすぐ横に壁を叩く。
顔を少し近づけ、
「俺のことをもっと見てくれよ。千弦」
と、千弦のことを見つめながらそう言った。
「……ほえっ」
千弦はそんな可愛い声を漏らすと、頬を中心に顔が見る見るうちに赤くなっていく。千弦に直接触れていないけど、千弦から熱が伝わってきた感じがした。うっとりしているように見えるけど、キュンとなってくれただろうか。
それにしても、至近距離から千弦と見つめ合っているし、甘い匂いも香ってくるのでドキッとして。壁ドンをするとこういう感覚になるのだろうか。それとも、壁ドンをしている相手が千弦だからだろうか。
少しの間、無言のまま見つめ合う時間が続き、
「……良かったよ。凄くキュンとしたよ……」
可愛らしい声でそう言うと、赤くなっている千弦の顔に笑みが浮かぶ。壁ドンは初めてだったので、嬉しい気持ちもあるけど安心した気持ちの方が強い。
「千弦がそう言ってくれて良かった」
「うんっ。顔の近くで壁を叩いたからちょっとビックリしたけど、洋平君のかっこいい顔がすぐ目の前にあるし。洋平君の方が背が高いから洋平君に覆われている感じがするし。それに、洋平君が言った言葉はさっき観たアニメの壁ドンシーンのセリフだけど、『千弦』って言ってくれたから凄くキュンってなったよ」
「セリフは流用だけど、壁ドンをしている相手が千弦だからな。千弦の名前を言ったらキュンってなってもらえそうかなって思ったんだ」
「……見事になったよ。これまで、私に壁ドンされた女の子達はこういう気持ちだったのかなって思ったよ。……ありがとう。満足だよ」
「それは良かった。人生初の壁ドンをしたけど、相手が千弦だからかいいなって思ったよ。それに、こうやって至近距離から見る千弦も可愛いなって」
「ふふっ、そっか。あと、今の言葉にもキュンってなったよ」
えへへっ、と千弦は声に出しながらへにゃっと笑う。その笑顔もまた可愛らしい。
千弦がキュンとなって、満足できるような壁ドンができて良かった。そう思いながら壁から手を離して、千弦から2、3歩後ろに下がった。
「ねえ、洋平君。お礼に私が洋平君に壁ドンしようか?」
「いいな。千弦に壁ドンされたらどんな感じか気になるし。それに、壁ドンされるのも初めては千弦がいい」
「うんっ、分かった。素の私と中性的な私のどっちがいい? どっちでもいいよ」
「そうだな……中性的な雰囲気の千弦にやってもらおうかな。今までやってもらった子達はそっちの千弦だろうし。俺も体験してみたい」
「なるほどね。分かったよ」
そう言うと、千弦は「ふーっ」と息を吐いて、
「じゃあ、この中性的な私で、洋平に壁ドンするよ」
学校や屋外でよく見る落ち着いた笑顔になり、これまでよりも低めの声でそう言った。中性的な雰囲気の王子様モードになったんだな。その証拠に、俺の名前も「洋平」と呼び捨てに変わったし。こんなにすぐに切り替えられるとは。凄いな。これも数年ほど中性的な雰囲気を演じ続けているからなのだろう。
入れ替わる形で、俺は壁を背にして、千弦と向かい合う形で立つ。
「洋平。壁ドンするよ」
「ああ、お願いするよ」
千弦に壁ドンされるとどんな感じか楽しみだな。
千弦はゆっくりと俺に近づいてくる。それに合わせて俺も後ずさりする。
そして、俺の背中が壁に付いたところで、
――ドンッ。
千弦は右手で俺の顔のすぐ近くの壁を叩き、
「私のことをもっと見てよ、洋平」
俺のことを見つめながら、低めの声でそう言った。
低音ボイスで甘い言葉を言われたし、千弦と至近距離で見つめ合っているし、千弦の甘い匂いが濃く香ってくるのでちょっとキュンとなる。まさに王子様って感じだ。ただ、千弦は俺より背が小さいので、俺を見上げる形。だから、何だか可愛いとも思えて。
「……どう? 私の壁ドン」
「かっこよくてキュンともなったし、同時に可愛いとも思ったよ。今まで千弦に壁ドンされた子達の気持ちも、女の子達に壁ドンされた千弦の気持ちも分かった。もちろん良かったよ」
正直に壁ドンの感想を言った。ただ、それが良かったようで、千弦は俺にニコッと笑いかけた。
「洋平にそう言ってもらえて嬉しいよ。私も背の高い人や男子に壁ドンするのは初めてだから、新鮮で楽しかった」
「それは良かった」
お礼に壁ドンしようって話だったけど、もしかしたら、自分より背の高い人や男子相手に壁ドンしたことがないから、俺に壁ドンしてみたい気持ちがあったのかもしれない。
千弦は壁から手を離して、俺から何歩か後ろに下がる。
「壁ドンさせてくれてありがとう、洋平君」
可愛くて柔らかな笑顔でそう言った。声も元の高さに戻っているし、呼び方も「洋平君」に戻っているから素のモードに戻ったのだろう。
「いえいえ」
「ふふっ。……今は5時近くだけど、もう少しここにいる?」
「ああ。これまでも6時頃までいたしな。少なくともそのあたりの時間までは千弦と一緒にいたいな」
「うんっ、分かった」
千弦は嬉しそうな笑顔でそう言った。
その後は、『名探偵クリス』のテレビアニメを一緒に観る。もちろん、これまでと同様にクッションで隣同士に座りながら。また、今日は土曜で午後6時からは最新話が放送されるので、最新話をリアルタイムで。映画館で一緒に劇場版を観たのもあり、クリスでも千弦と話しながら楽しく観ることができた。
クリスの最新話を見終わり、俺は千弦の家から帰ることに。
「千弦。今日は楽しいデートだった」
「私も楽しかったよ。いいお家デートだったね。それに、洋平君のおかげで数Bの課題も全部できたし。ありがとう」
「いえいえ。こっちこそ古典を教えてもらってありがとう」
「うんっ。……また月曜日に。……いや、明日になるかな? バイトある?」
「あるよ。正午から午後6時までシフトに入ってる」
「分かった。午後に母の日のプレゼントを買う予定だから、帰りに寄るね」
「ああ。待ってるよ」
明日は千弦が来てくれるのか。それなら、明日のバイトはいつも以上に頑張れそうだ。
「じゃあ、俺はこれで。また明日」
「うん、また明日ね」
可愛い笑顔と手を振り合って、俺は千弦の家を後にした。
星野さんが来られなかったので、結果的に千弦とお家デートになったけど、結構楽しかったな。素の千弦の笑顔をたくさん見られたし。これからも千弦とこういう時間を過ごせたらいいな。そう思いながら、涼しくなった夕暮れの帰り道を歩くのであった。
千弦からの誘いを断ったのもあってか、夜になると、星野さんが今日の午後はどうだったのかと、千弦と俺とのグループトークに話しかけてきた。
千弦と俺でお家デートの内容や楽しかったことを伝えると、
『ふふっ。まさにデートだね。キュンってなったよ。2人が楽しくて素敵な時間を過ごせて良かった』
とメッセージが送られた。星野さんにデートの内容を伝えたことにはちょっと気恥ずかしさはあったけど、千弦が星野さんに楽しかったとメッセージを送ってくれたことには嬉しくなった。
0
あなたにおすすめの小説
陰キャ幼馴染に振られた負けヒロインは俺がいる限り絶対に勝つ!
みずがめ
恋愛
★講談社ラノベ文庫新人賞佳作を受賞しました!
杉藤千夏はツンデレ少女である。
そんな彼女は誤解から好意を抱いていた幼馴染に軽蔑されてしまう。その場面を偶然目撃した佐野将隆は絶好のチャンスだと立ち上がった。
千夏に好意を寄せていた将隆だったが、彼女には生まれた頃から幼馴染の男子がいた。半ば諦めていたのに突然転がり込んできた好機。それを逃すことなく、将隆は千夏の弱った心に容赦なくつけ込んでいくのであった。
徐々に解されていく千夏の心。いつしか彼女は将隆なしではいられなくなっていく…。口うるさいツンデレ女子が優しい美少女幼馴染だと気づいても、今さらもう遅い!
※他サイトにも投稿しています。
※表紙絵イラストはおしつじさん、ロゴはあっきコタロウさんに作っていただきました。
まずはお嫁さんからお願いします。
桜庭かなめ
恋愛
高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。
4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。
総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。
いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。
デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!
※特別編7が完結しました!(2026.1.29)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想をお待ちしております。
静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について
おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である
そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。
なんと、彼女は学園のマドンナだった……!
こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。
彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。
そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。
そして助けられた少女もまた……。
二人の青春、そして成長物語をご覧ください。
※中盤から甘々にご注意を。
※性描写ありは保険です。
他サイトにも掲載しております。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
10年ぶりに再会した幼馴染と、10年間一緒にいる幼馴染との青春ラブコメ
桜庭かなめ
恋愛
高校生の麻丘涼我には同い年の幼馴染の女の子が2人いる。1人は小学1年の5月末から涼我の隣の家に住み始め、約10年間ずっと一緒にいる穏やかで可愛らしい香川愛実。もう1人は幼稚園の年長組の1年間一緒にいて、卒園直後に引っ越してしまった明るく活発な桐山あおい。涼我は愛実ともあおいとも楽しい思い出をたくさん作ってきた。
あおいとの別れから10年。高校1年の春休みに、あおいが涼我の家の隣に引っ越してくる。涼我はあおいと10年ぶりの再会を果たす。あおいは昔の中性的な雰囲気から、清楚な美少女へと変わっていた。
3人で一緒に遊んだり、学校生活を送ったり、愛実とあおいが涼我のバイト先に来たり。春休みや新年度の日々を通じて、一度離れてしまったあおいとはもちろんのこと、ずっと一緒にいる愛実との距離も縮まっていく。
出会った早さか。それとも、一緒にいる長さか。両隣の家に住む幼馴染2人との温かくて甘いダブルヒロイン学園青春ラブコメディ!
※特別編6が完結しました!(2026.1.21)
※小説家になろう(N9714HQ)とカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録や感想をお待ちしております。
【完結】かつて憧れた陰キャ美少女が、陽キャ美少女になって転校してきた。
エース皇命
青春
高校でボッチ陰キャを極めているカズは、中学の頃、ある陰キャ少女に憧れていた。実は元々陽キャだったカズは、陰キャ少女の清衣(すい)の持つ、独特な雰囲気とボッチを楽しんでいる様子に感銘を受け、高校で陰キャデビューすることを決意したのだった。
そして高校2年の春。ひとりの美少女転校生がやってきた。
最初は雰囲気が違いすぎてわからなかったが、自己紹介でなんとその美少女は清衣であるということに気づく。
陽キャから陰キャになった主人公カズと、陰キャから陽キャになった清衣。
以前とはまったく違うキャラになってしまった2人の間に、どんなラブコメが待っているのだろうか。
※小説家になろう、カクヨムでも公開しています。
※表紙にはAI生成画像を使用しています。
距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる
歩く魚
恋愛
かつて、命を懸けて誰かを助けた日があった。
だがその記憶は、頭を打った衝撃とともに、綺麗さっぱり失われていた。
それは気にしてない。俺は深入りする気はない。
人間は好きだ。けれど、近づきすぎると嫌いになる。
だがそんな俺に、思いもよらぬ刺客が現れる。
――あの日、俺が助けたのは、できれば関わりたくなかった――距離を置きたい女子たちだったらしい。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる