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12章:外堀の埋まる音がする
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しおりを挟む「いや、賛成です。できればいますぐにでも結婚してほしいくらいに」
「賛成⁉」
驚きすぎて立ち上がりそうになる。立ち上がれなかったのは椅子がふかふか過ぎたのもあった。
(っていうか、なんで? どうして賛成⁉)
結婚するとまだ決まってなくても、付き合ってることすら絶対反対されるものと思ってた。
なのに社長はきょとんとした様子で、
「何故そんなに驚かれるんですか」
と言う。
「いや、あの……私と健人さんとでは釣り合わないと思っていましたから」
私は言葉を選んで言う。それは誰が見ても明らかだ。うちのボロ屋を見れば、もっとその気持ちが濃くなるだろう。
それを聞いて社長は少し考えると、
「それは家柄とか……そのような面で、と言う事でしょうか」
「そうです」
「確かに、一樹は真中グループのご令嬢との縁談が進んでいますが」
「……そうなんですね」
副社長は政略結婚を控えているらしい。
私は思わず納得してしまった。真中グループも大きな食品系のグループ企業だ。それは、お互いの会社にメリットの大きな結婚だろう。
「そして、健人も、本来であれば、そのような家柄の方と結婚してほしかった」
社長は言う。
そうですよね、と言おうとして、社長の言葉が、過去形であることに気づいた。
「……欲しかったって」
「でも、そうも言っていられなくなったのです」
「それはどういったことですか」
私が言うと、社長は少し考えてから私の目をまっすぐ見た。
その凛とした目に引き込まれそうになる。
そのとき、意を決したように社長は口を開いた。
「兄の一樹は昔の病気が原因で、子どもがもうけられないんです」
「え……」
それに驚いて後ろにいた眞城さんを見ると、眞城さんも頷く。
「だから健人は、結婚となると、鳳凰グループの後継ぎを生んでもらうことになる」
―――で、うちはね……。まぁ、ちょっと色々あって、俺には子どもが必要でさ。あ、もちろん今すぐじゃないよ? 将来的に、って話。
最初に不能の話をうち明けられた時の、先輩の言葉を思い出す。
『子供が必要』ってこういう事だったんだ……。
戸惑う私に畳みかけるように社長は続けた。
「少々奇妙に感じるかもしれませんが、うちはこの血が大事なのです。鳳の血が流れていることがなによりも大事で……。これまでそうやって栄えてきた歴史がある。鳳の血が途絶えることが一番の問題なんです」
そしてさらに続けた。「実は、私自身は一人っ子でして……。私自身も数年前に病気で手術をして、もう子をもうけることはできない。まぁ、私の場合は、これまでいろいろな女性を傷つけた因果応報の部分もあるのかもしれませんが」
(って社長、自分がまだ大丈夫だったら自力で何とかしようと思ってたの⁉)
混乱した頭でそんなことを思う。いろいろな意味で、オソルベシ、社長。
でも……つまりは、この家系で子どもをなせるのは、先輩だけ、ということなのだろう。
そう思ったところで、
「ただ、一樹だけでなく、健人も問題を抱えていたのです」
そう言われて、思わず息を飲んだ。
「……」
「お聞き及びでしょうか? あの子も、長年、子を残すようなことができなかった。つまり、不能だったわけです」
(それ、完全に私が原因のやつですねーーーーー⁉)
冷や汗が背中に流れた。
社長は私が原因と言う事には知ってか知らずか触れず、続ける。
「健人の場合、精子だけを採取しようと思えばできるのですが、『無理矢理そのようなことをさせようとするならば精巣すべて摘出する』とあの子は言い張った」
「……」
(なんてことを言い張ってくれてんだ……。あの先輩は……)
そして社長の目が私を捉えた。そこから目をそらしたいのに、目がそらせない。
―――どうしよう、この先は、聞きたくない気がする……!
頭の中で、ガガガガガ……と不快な音が響く。
なんだろう、今、完全に混乱している。
心の中では、もうやめてくれ! と思ってるのに社長の社長らしすぎる圧のある雰囲気に声が出せない。
そして社長は無情にも口を開くと、
「相手は柊みゆさんのみ。あなた以外は絶対に反応しないし、あなた以外と子作りをするつもりもない、と健人は言っているのです」
「えぇぇぇえええええ…………」
なぜか泣けた。たぶん、嬉しさとは全く違う意味で。
それをなにと勘違いしたのか、社長は、うんうん、と嬉しそうにうなずく。
(え、何に頷いてるの? このオッサン……いや、社長は……)
「親としてあの子には何もできなかった。それくらいの思いはかなえてやりたいと言う親心です。だからあなたが身分差や家柄の差から、気に病んで結婚を諦めることはありません」
心なしか、感動的なバックミュージックが聞こえる気がする。
え、これ、どこが感動的なシーンなの。誰か教えて……。
もしかして身分差から私が先輩との結婚ができないと思い悩んでいると思われてる⁉
確かにその側面はないことはないけど……。
「親心って……じゃあ、無理矢理後継ぎ生ませるようなことしなきゃいいんじゃ……」
「そこは絶対ですから」
社長ははっきり低い声で言うと、突然まっすぐに私を見た。
それは有無を言わさないような目。眼圧がすごくて……目がそらせられない。
そのときまた、頭の中で低いガガガガという音が鳴り響く。
これ、このままこの人の目見てたら……やばい気がする。
寒いわけでもないのに、背中に冷や汗が流れた。
「あの子も、あなたが相手なら子どもは欲しい、と言ってる。あなたとだけは非常に心も身体も前向きなんです。だから、あなたは身分や家柄など気にせず、健人と結婚し、子どもを……」
「あぁ! 非常にお腹が痛いです!」
私は震える足に力を入れ、慌ててふかふかの椅子から立ち上がった。
「社長申し訳ありません、今日は失礼します!」
そしてくるりと方向転換。社長室から自慢の足でダッシュして逃げた。
そして廊下にでて、やっと大きな息を吐く。
あの社長、怖い。さすが社長だ。圧がスゴイ。眼圧もすごい。
あの人が押しまくってきたら、もう逃げられない気がした。
とにかく今は、逃げるが勝ちだと直感が働いたのだ。
私、そもそも身分差や家柄の差で、先輩との結婚を躊躇していたのだろうか。
それが解消されたら、結婚するってこと? それなら、なんで今、まだ躊躇してるんだろう?
考えてみて、少しわかった気がした。
やっぱり私は自分の思うペースでゆっくり先輩と進みたいと思ってる。それは普通のカップルのように、ごく普通のペースで……。その結果、いつか結婚する選択肢も出てくるのかもしれない。
なのに、社長と話している間、私にはずっと聞こえていたのだ。
―――外堀を急ピッチで埋めていくような大工事の音が……。
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