39 / 57
13章:不安と喧嘩と仲直り
13-4
しおりを挟む「みゆ、何言ってんの? ……どうして?」
先輩の声が低くなる。
「子どものこと、副社長からも聞きました」
「一樹から『も』って?」
「……」
「まさか社長?」
私は息をのむ。すると先輩は私の頬を撫でる。
「驚かせてごめん。騙してたつもりはなかった。けど一緒でしょ。結婚したら子どもだって考えるわけだし。もちろんできない可能性だって考えてるけど、俺はみゆとしかそういう気も起きないし、子どもも他の女性となんて作る気もない」
とはっきりと言う。
(先輩はもうそんな風に自分だけ決めちゃって……迷いもない)
私は先輩を睨んで言う。
「でも、子どもありきで結婚するのは違うんじゃないかなって思うんです」
「俺は欲しいよ。みゆと俺の子ども」
「それは後継ぎのためですか? お兄さんのためですか?」
「そんなわけないでしょ」
先輩はまっすぐに私を見た。
「純粋にみゆと一緒にいたい。みゆが好きだし、愛してる。みゆと自分の愛し合った証だってほしい。それで、みゆと俺の子どもを望むのがそんなにおかしい?」
それは……と言葉に詰まって、それから何とか言葉を紡いだ。
「でも、未来が決められてるなんておかしいですよ。普通は結婚する前から子どもの話なんてしないし! 私、突然社長に呼び出されて、怖かった。しかも子どもの話までされて! こんなの普通じゃないでしょ!」
言い出したら止まらなかった。
先輩みたいに特別な人たちはみんなちゃんと決めてて、迷いがない。私はいつだって迷ってるし、戸惑ってる。
その差が、不安で、辛くて、怖くて……。
今までのそんな思いが飛び出すように、私の言葉は止まらなかった。
先輩の眉が不機嫌そうに寄る。そのしぐさに胸が不安でどきりと跳ねる。
「みゆは『普通』っていつも言うよね。俺はみゆと普通の夫婦になりたいんじゃないよ」
そんなの初めて言われて、私は驚く。そんなに普通って言ってた?
でも普通の何が悪いの。当たり前に特別な先輩にはわからない。
「私は、普通の夫婦になりたいんです。結婚してゆっくり子どものことも考えて、子どもがもしうまれて大きくなって独立したら、二人で縁側でお茶飲んで世間話して」
って今、私は何言ってるんだろう。もう混乱して訳が分からなくなっていた。
なのに先輩はいつものように、私の話を真剣に聞いてくれる。
「でも、それ本当に普通かな? 縁側でお茶飲みたいならいくらでもつきあうって」
「違います! そういうことじゃない!」
「なにが違うの。俺ってそんなに普通じゃない?」
先輩の声に、『先輩は普通じゃない』って言ってたみたいで、後悔の念が身体を駆け巡る。でも止まらなかった。
「先輩は、高校の時もとびぬけてモテてた」
「みゆだってモテてたよ」
「モテなかったですけど。私は普通にモテてませんでした!」
「俺が潰してたからね」
「なにそれ……」
「知らないのはみゆだけだよ」
意味が分からない、とむっとして返す。
「先輩は足も特別速くて」
「みゆだって速かったでしょ」
「でも先輩は鳳家の次男で」
「みゆだって刑事の娘でしょ」
「刑事はただの公務員ですっ!」
私は怒って返した。
「うそ。みゆのお父さん、連続殺人犯何度も捕まえて、異例の速さで刑事部長になった柊風太だよ」
「なにそれ。お父さんは刑事でも生活安全課のヒラだし!」
「むしろみゆ、そんなことも知らなかったの?」
「先輩、うそばっかり!」
「嘘は何もついてない」
言い返す言葉がなくなって、私は思わず、
「先輩なんて大嫌い! もう別れる……!」
と叫んでいた。
これで、先輩が別れるって言うならそれでいいと思っていた。
さっきから、自分が言ってることも無茶苦茶で支離滅裂だ。
途中から、自分が何を怒っているのかわからなかった。こんな女、先輩だって、嫌に決まってる。
どうせ私はかわいげも決断力もない女だよ……となんだかふてくれされたような感情が頭を回った。
その時、突然身体を抱きすくめられる。それをしたのは、もちろん先輩で……暴れてみても、まったく先輩の腕の力は弱まらなかった。
「そんな勢いでみゆと別れるようなこと、俺がするわけないでしょ」
そして続ける。「みゆが俺のこと嫌っても絶対に別れない」
「な、なにそれ……おかしいですよ。普通じゃない」
私が言うと、先輩は耳元でクスリと笑って、
「うん。俺の愛情の重さは『普通じゃない』よ。もしみゆが俺のことを本当に嫌いになっても、みゆが俺のこと好きになるまで何年かかっても、俺はみゆに俺のことをもう一度好きになってもらうくらいの覚悟はある」
と言う。
先輩はおかしい。こんなこと言う私をまだ好きだなんて……。
先輩はぎゅう、とまた私を抱きしめると、
「さっき不安だった。みゆが俺から離れようとしてるのかな、って思ったら不安で仕方なかった」
そして、髪を優しく触った。「そもそも最初に俺が『結婚したら、』って話しをし出したからだよね。どうしてもみゆとこれからも一緒にいたいから、つい、結婚とかそういう話を出しちゃうのは……無意識なんだ。ごめん」
そんなに素直に謝られると、言葉に詰まる。
さっきのケンカは、私が吹っ掛けたようなものなのに……。
後悔して泣きそうな私に、
「今、俺たち、『普通』にケンカしてたよね」
と先輩は楽しそうに笑って言って、余計に私は泣きそうになった。
肩を持たれ、少し離され、先輩は私の目をまっすぐ見る。
「ごめんね。みゆ、お願い。もう『普通』に仲直りさせて?」
先輩はいつだって優しくて、時々意地悪だ。
(『普通』って言葉、逆手に取らないでよ!)
「うぅううううう!」
「こら、唇噛まない」
「だって」
「うん」
本当は謝るのは私の方なのに……。
「ごめんなさい、酷い事言った」
「……なにが?」
「普通じゃないって……先輩のこと」
ひどい言葉を言っても、先輩相手だからって甘えてたのかもしれない。
後悔する私に、先輩は笑った。
「まぁ、みゆへの愛情の重さは人一倍だし、ちょっとおかしいのは自覚してるよ」
そして続ける。
「でも、これが俺の『普通』なんだ」
「……」
「みゆのこと独占したい、みゆのこと全部愛したい、みゆとずっと一緒にいたい」
先輩はまっすぐ私を見て、目を細める。
「みゆはどう思ってる?」
私は意を決すると、先輩の目を見つめ返した。
「私も先輩といたい」
「うん」
「……それに、普通に仲直りのキスもしたい」
そう言うと、先輩は少し驚いた顔をした後、すごく嬉しそうに笑った。
そしてその日は、抱き合えない代わりに、何度も何度もキスを交わした夜になった。
12
あなたにおすすめの小説
行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました
鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。
けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。
そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。
シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。
困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。
夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。
そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。
※他投稿サイトにも掲載中
腹黒外科医に唆された件~恋人(仮)のはずが迫られています~
有木珠乃
恋愛
両親を亡くし、二人だけの姉妹になった一ノ瀬栞と琴美。
ある日、栞は轢き逃げ事故に遭い、姉の琴美が務める病院に入院することになる。
そこで初めて知る、琴美の婚約者の存在。
彼らの逢引きを確保するために利用される栞と外科医の岡。
「二人で自由にならないか?」を囁かれて……。
身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
絵麻
恋愛
桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。
父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。
理由は多額の結納金を手に入れるため。
相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。
放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。
地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
子供が可愛いすぎて伯爵様の溺愛に気づきません!
屋月 トム伽
恋愛
私と婚約をすれば、真実の愛に出会える。
そのせいで、私はラッキージンクスの令嬢だと呼ばれていた。そんな噂のせいで、何度も婚約破棄をされた。
そして、9回目の婚約中に、私は夜会で襲われてふしだらな令嬢という二つ名までついてしまった。
ふしだらな令嬢に、もう婚約の申し込みなど来ないだろうと思っていれば、お父様が氷の伯爵様と有名なリクハルド・マクシミリアン伯爵様に婚約を申し込み、邸を売って海外に行ってしまう。
突然の婚約の申し込みに断られるかと思えば、リクハルド様は婚約を受け入れてくれた。婚約初日から、マクシミリアン伯爵邸で住み始めることになるが、彼は未婚のままで子供がいた。
リクハルド様に似ても似つかない子供。
そうして、マクリミリアン伯爵家での生活が幕を開けた。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
*全28話完結
*辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
*他誌にも掲載中です。
譲れない秘密の溺愛
恋文春奈
恋愛
憧れの的、国宝級にイケメンな一条社長と秘密で付き合っている 社内一人気の氷室先輩が急接近!? 憧れの二人に愛される美波だけど… 「美波…今日充電させて」 「俺だけに愛されて」 一条 朝陽 完全無欠なイケメン×鈴木 美波 無自覚隠れ美女
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる