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バーでの弾き語りにて
しおりを挟む凛太郎さんが曲を作ってるって聞いてすごく心がワクワクした。
だから凛太郎さんの作った曲を歌っている動画を見せてもらった。
静かに曲が始まって、画面の中心にいる男性が優しい声で歌い出した。
1人のΩの生涯を歌ったような切なくも優しい1曲に胸が震えた。
気がついたら涙が流れていて、僕も歌いたいって思った。僕も人の感情を動かせるような人になりたい。
昔、母に菜月は歌が上手だな、もっと歌ってくれって言われたのを思い出したからかもしれない。
母はもう居なくなってしまったけど僕が歌ってたら、もしかしたら天国まで届くかもしれない。なんてお伽話のようなことを思ってしまったりして。だから僕は歌を歌うことに決めた。
曲も凛太郎さんに教わりながら作ってみることにした。
それに伴って、ギターも習って、僕の日常は迅英さんのことを考える暇もないくらいすごく忙しくなった。
「できたっ!」
「できたんですか!」
僕が時間をかけて曲を完成させたタイミングで僕のいる作業部屋に凛太郎さんが入ってきた。
「凛太郎さん! できました!」
「じゃあ、みんなの前で披露してみます?」
「えっ」
「シェルターのみんなの前で歌ってみませんか?」
「でもまだギターの方が微妙で」
「大丈夫だと思いますよ。それに、みんなの前で披露したら自信もつくと思いますし」
緊張するけど、確かにシェルターの人の前でさえ歌えなければもっと大勢の人に聞いてもらうなんて無理だし、人の感情を動かせるようにはなれない。
「凛太郎さん……僕、やってみたいです。お願いします」
僕が覚悟を決めてそういうと凛太郎さんは嬉しそうに笑ってうなずいた。
それから1週間練習して僕はシェルターの中にある小さいステージにいた。
僕の目の前には50人くらいの人が集まっていて僕が歌い始めるのを待っていた。
「今日は、集まっていただいてありがとうございます。拙い演奏ですが、一生懸命弾きますのでよろしくお願いします」
みんな笑顔でパチパチと温かい拍手をしてくれた。
緊張する。
だけど、僕は緊張で少し震えた手をギターに添えて前奏を弾き始めた。
歌い出したら緊張も忘れて夢中で歌って気がついたら歌い終わってた。
シーンと静まり返って、わっと歓声と拍手が起こった。
「すごい! 菜月くん」
「感動した!!」
「泣いたー」
みんな感想を言ってくれたり泣いてくれたりして、心のそこから何かが湧き上がるように嬉しくなって、凛太郎さんが言っていたように自信が持てた。
拙い演奏ながらも凛太郎さんのアカウントで動画を出してもらえることになってしばらくした頃、動画を見た視聴者の人から連絡が来て、小さなバーで歌わせてもらえることになって、そういう仕事も増えてきた。
ある日、いつものようにバーで弾き語りをしているとき、一番奥の席にこちらを見ている迅英さんが居ることに気がついた。
迅英さんはマンハッタンをゆっくりと飲みながら僕の歌に耳を傾けていた。
歌い終わってお客さんがチップをくれたり、お話にきたりする時に僕のところに来るのかもと思ったけど、迅英さんはそのまま帰って行った。
その後も僕がバーで歌う時は何回か迅英さんの姿を見かけた。
迅英さんはまだ運命の番に惑わされているのかもしれない。
僕だってまだ未練を完全には断ち切れていない。
僕は今こそ大きく1歩を踏み出す時なのかもしれない。
僕は自分のやりたいことを見つけて今、とても楽しく生きている。
迅英さんといるときには辛い気持ちしかなかったから。
だから僕は迅英さんとの繋がりを一切断ち切ろうと思った。
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