僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていながらそれでもあなたに恋してた

いちみやりょう

文字の大きさ
19 / 27

迅英サイド⑤

しおりを挟む
俺は一度自分の部屋に戻ったが最近は菜月くんと一緒に寝ていたベットに1人で居るのが虚しくなった。しばらくそうしていたけれどやっぱり虚しさは消えない。菜月くんの部屋に行って謝ろう。春樹を帰したことを伝えて……それからちゃんと自分の気持ちを伝えよう。

だが部屋を訪ねても部屋から出て来てくれなかった。
それどころか中からなんの気配もしない。

まさか……出て行った?
俺に嫌気がさして?

ああ。ついに俺は捨てられたのか?

とりあえず俺はフラフラと庭やら空き部屋やらを探して歩いた。

こんなところに居るはずないと分かっているのに体が勝手に探していた。

最後の最後になって地下室のドアを開けると、菜月くんがいた。

「菜月くん……」

いた。菜月くんがいた。
まだいてくれた。
きっとこれからもいてくれる。
きっとこれからも一緒にいられる。

「迅英さん、どうされたんですか? 春樹くんは……」
「菜月くんが泊まっていけばいいと言っていたけど、帰ってもらった。勝手にすまない」
「あ、えっと、いえ」

菜月くんは今まで寝ていたのかホワンとした顔をしていた。

「菜月くんはなぜここにいる?」
「あ、えっと、ゆっくり考えてたくて、寝ちゃったから何も考えてないですけど」

考えたい。それはきっと俺にとっては良いことじゃないだろうな。

「何を考えようとしているか聞いてもいいか」
「それは……」

菜月くんは言い淀んだ。

やっぱり……。

「言えない、か。俺はどうしたら良いんだろうな。菜月くんには最低なことを言った。あの時の俺は春樹と一緒になりたいと思ってた」

まさかこんなことになるなんて。

「別れることを前提に君と結婚して、番にならないでおこうなんて、俺は自分のことを誠実な男だと酔っていたのかもしれない」

いや、酔っていたんだろう。
冷静に考えれば俺の行動など、菜月くんはおろか春樹に対してすら誠実のかけらもない。

「だけどただ俺は君に対して最低な男だった」

謝らなければ。
菜月くんに。

「春樹のことを探偵を使って調べているときに、春樹を救って亡くなったのが菜月くんのご両親だったと知ったよ。俺はその時やっと、君に最低なことを言ったと気がついたんだ」

本当に俺は何も知らない。
俺はどれだけ菜月くんを傷つけたのか。

「本当に最低な男ですまない」

精一杯頭を下げた。

「最初は俺にとって嫌な匂いを発していた菜月くんが、最近はなぜだか俺にとって何者にも変えがたいくらいの匂いに変化して来て、どうしても菜月くんのことが気になった」

いや、匂いなどは関係ない。
俺は菜月くんの優しさを好きになったんだ。
あんなにひどいことをした俺に温かいご飯を作ってくれた。
そうだ、いつもいつも手の込んだ優しい料理だった。

菜月くんの両親の死を利用するような春樹に対しても、自分の身を挺して守ってしまう。
その優しさに惚れたんだ。

「そしてあの日、ラットを起こして菜月くんを襲ってしまった。そしてどうしようもなく菜月くんのことが好きなんだって気がついた。俺は罪滅ぼしのように見せかけて菜月くんのそばにいた。どこまでも最低な男だ」
「好き……? 僕のことが?」

菜月くんは茫然と呟いた。

「ああ」

俺がうなずくと菜月はかすかに笑みを浮かべた。

「違いますよ。迅英さんは僕のことが好きなわけじゃない」
「え」
「迅英さんは僕が運命の番だって気がついたから、それに惑わされているだけです。きっと僕が目の前からいなくなればすぐに他の大切な人を見つける」

菜月は自信があるようにきっぱりとそう言った。

「そんなこと」
「いえ、きっとそうです。だって僕は運命とか関係なく迅英さんのことが好きになった」

好き。運命とか関係なく俺のことが好き。
俺の心は菜月のその言葉に歓喜が上がった。

「じゃあ、これからも一緒にいてくれるか?」

俺のその淡い期待を打ち砕くように菜月は静かに告げた。

「いいえ」


静かな静かな声だった。

「僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていたけど、それでもあなたに恋してた。あなたに捨てられるその日まで一緒にいさせてもらえるなら良いかなって思ってた。だけど、今は」

聞きたくない。
その続きは聞きたくない。
だけど。

「……なんだ」
「……あなたは僕を好きになったと言った。だけど僕は……今の僕はきっとあなたのことが好きじゃない。僕は運命に惑わされたくない」

好きじゃない……。

俺と一緒にはいられないと言う事なのか……?
思考が追いつかない。
脳が考えることを拒否しているように何も考えられない。

「菜月くん……?」

辛うじて名前だけ呼ぶことができた。
だが、それで何が変わるわけでもないのだろう。

「僕は、あなたが僕のうなじを噛むことがなくて本当に良かったって思ってます。僕はあなたに捨てられるんじゃない。僕があなたを捨てるんだ」

菜月くんが決意を持ったような顔でそう告げた。

俺は、捨てられる。

俺は、菜月くんに捨てられる。

いや、捨てられた、のか。

うなじを噛まれなくて良かったか。
そりゃそうだ。
俺は菜月くんが俺のことを好きじゃなくなってる可能性を考えていた。
だが、そんな可能性を心の奥底で否定し続けていたんだろう。
だからこんなにもショックを受けているのか。
菜月くんに愛されていないなら愛される努力をするだけだと、春樹に言ったけれど結局のところ俺は何もできていない。

だから菜月くんを失った。
大事な、俺の大事な菜月くんを。

俺は自分のせいで失ってしまった。

胸にポッカリと開いた穴はこれから先きっと埋まることはない。

気がついたら菜月くんは家から出て行って、家には俺一人になっていた。
これから先、俺はどう生きればいい。なぁ、菜月くん。


しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 8/16番外編出しました!!!!! 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭 4/29 3000❤️ありがとうございます😭 8/13 4000❤️ありがとうございます😭 12/10 5000❤️ありがとうございます😭 わたし5は好きな数字です💕 お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

《一時完結》僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ

MITARASI_
BL
彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。 「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。 揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。 不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。 すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。 切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。 続編執筆中

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

【本編完結】αに不倫されて離婚を突き付けられているけど別れたくない男Ωの話

雷尾
BL
本人が別れたくないって言うんなら仕方ないですよね。 一旦本編完結、気力があればその後か番外編を少しだけ書こうかと思ってます。

処理中です...