僕はあなたに捨てられる日が来ることを知っていながらそれでもあなたに恋してた

いちみやりょう

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迅英サイド⑥

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俺はそれから荒れに荒れた。
菜月くんを失って狂おしいほど辛い。
だが俺に付き纏われても菜月くんが嫌な思いをするだけだろう。
そのジレンマに負けて俺は酒に頼るようになった。

大学に行って、会社に行って、帰って来たらろくに食べ物も食べずに酒を飲んだ。

酒を飲んでいる間は何も考えずにいられる。

俺のそんな様子を見かねて以前春樹のことを調べてもらった探偵の友人、坂口から飲みに誘われた。

「お前、最近ひどいな。菜月くんに捨てられてからずっとそうか?」
「……ああ」
「ったく。明日、飲みに行こうぜ。たまには外で飲んだ方が気も紛れるだろ」
「いや、遠慮しとく」
「いいから、来いよな」

そう言って半ば無理やり約束をさせられ俺は翌日仕事終わりに坂口と落ち合った。
小さなバーに連れて行かれて中に入ると菜月くんの匂いがした。

「坂口」
「あ、分かっちまったか? だが、遠くから見るだけだぞ」
「あ……ああ」

俺は訳がわからず坂口に促されるまま席に座った。

しばらくして奥にあった小さなステージの方に誰かが上がった。

菜月くんだった。

ギターを持ってはにかみながらお辞儀をした菜月くんは、俺といた時よりも生き生きしていた。
そうして菜月くんは歌い出した。

菜月くんの歌は菜月くんの気持ちが篭っていて、切なく、美しい曲だった。

菜月くんの心に初めて触れたような気がした。

ああ、菜月くんは前に進んでいるのか。

俺だだけがずっと立ち止まったままなのか。

菜月くんは何曲か歌ってステージを降りて行った。
客の何人かが菜月くんに寄って行ってチップやプレゼントを渡していた。

菜月くんが遠い存在になった気がした。
俺はここに来てはいけない。
そう思ったけれど、明るいステージから暗い客席は見えないだろうと言い訳して俺は何回か通ってしまった。
菜月くんの歌を聞くと胸がつまるような息苦しさを感じる。
涙が溢れ出しそうになる。
後悔に押しつぶされそうになる。

そんな時、藤宮と名乗る医者から連絡があった。
どこかから俺の連絡先を調べたらしい。
菜月くんについての話だと言われて俺はすぐに返事をして藤宮と落ち合った。
待ち合わせ場所に着くと強面の大きい男が待っていた。

「藤宮、先生ですか」
「はい」

藤宮はこちらを真顔で見つめながら返事をした。

「菜月くんの話とはなんでしょう」

藤宮は一度息を吐き出すと話し出した。

「単刀直入に話しますが、橘さん。あなたが最近菜月さんの演奏を聴きに来ていることで、菜月さんの心に負担が来ています。昨日、遺伝子を変えてあなたとの運命の番ではなくなりたいと、そのためならリスクを負っても構わないと言って来ました」
「菜月くんが……」
「正直、私は菜月さんが遺伝子を変えることは反対です。体に負担がかかりますし失敗すれば菜月さんの今後の人生に影響が出てしまいます」

菜月くんの将来に影響が……?
そんなのはダメだ。

「俺が菜月くんの周りをうろついたから、か……藤宮先生。俺、もう菜月くんの近くに行かないと約束します。菜月くんに伝えておいてもらえませんか。わざわざリスクを負ってまで遺伝子を変える必要はないと。菜月くんがもしもそれで不安なら、俺は海外に移住しても良い」
「それはご自分で伝えてください。今日の午後処置をするからと菜月さんを病院に呼んであります」
「ですが菜月くんは俺に会いたくないでしょう」
「菜月さんがあなたとの家から出た時の状況を少しお伺いしました。私はあなたたちには会話が足りていないと感じます。もし、このまま菜月くんが処置を受けることになっても、受けないことになっても、あなた自身ときちんと話し合わなければその選択を後悔することがあるかもしれない……、遺伝子は変えることができても元に戻すことは今の技術では難しいんです。菜月さんに後悔させたくないでしょう?」
「後悔、させたくはないです」
「では、今日の午後8時にこちらの病院までお越しください」

藤宮はそう言って名刺を渡して来た。

俺はいつも菜月くんを困らせているな。
俺に菜月くんを止めることはできるだろうか。

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