1 / 43
1
しおりを挟む
ーーーー多分いつも同じ夢を見る。
どんな内容なのかは起きると覚えていないけれど、とにかく悲しいような幸せなような、そんな感覚だけを覚えているんだーーーー
「お前のような出来ぞこないをこれ以上ここに置いておくわけにはいかない」
「父さん、そんな」
「今後一切石崎の名を汚すな、うちに関わるな」
「で、でも」
「お前ももう二十歳だろう。自分の食い扶持くらい自分で稼いで、私たちと関わらないところで生きていけ」
20年住んでいた家を無情にも叩き出された。
寒くて、寒くて、凍えそうだった。
両手を合わせて息を吹きかけても、ほんの一瞬の暖かさを感じるだけで、あとはむしろ掌が冷たく感じる。
石崎千秋は今し方追い出された自分の生まれ育った家を振り返り、その閉ざされた門を一瞥し首を振った。
多くの美しいオメガを生み出す石崎家の中で、特に美しい容姿もしておらず、その上、フェロモン異常で発情の兆しもなく、そのフェロモンはアルファを引きつけることのない体質らしい千秋は落ちこぼれだった。もはやベータだと言ったほうが妥当な体だったけれど、血液検査ではオメガだと診断された。
石崎家のオメガと縁談を望む名門のアルファ家系は多い。けれど、その中の誰も当然の事のように千秋を選ぶことはなく、20歳になった今日、ついに千秋は追い出されてしまったのだ。
寒さを堪えながらトボトボと歩き出し、どこか暖かいところを探した。
豪勢な屋敷が立ち並ぶこの辺りの住人は、コンビニなどは俗世のものという認識が強いため、どれだけ歩いても屋敷屋敷屋敷だ。
馬鹿だ間抜けだと言われてきた千秋もそれくらいのことは知っていた。
けれどそんな住宅街でもどこかに終わりはあるはずで、その終わりを目指して寒さで震える自分の体を抱きしめるようにしながら歩き続けた。
「寒そうですね。どうかされたんですか?」
声のした方を見ると優しげで紳士然とした身なりの良い男性だった。見ただけでアルファだと分かるほどの恵まれた体格と容姿をしているその男性の顔はなぜだか見たことがある気がする。男性は大きな屋敷の門から顔をのぞかせていた。
「いえ、この住宅街を抜けようと歩いていただけです」
千秋がそう答えると男性は目を丸くした。
「ここからだと、まだかなり歩くでしょう? そうだ。ちょうど僕も帰るところだったんですよ。車なので良かったら乗って行ってください」
「……いえ、そんなわけには」
「ちょっと待ってて。大丈夫。僕だけじゃなくて運転手もいるから安心ですよ」
にこりと笑った男性は、千秋のチョーカーを確認したからか安心させるように穏やかな表情を浮かべている。
むろん、千秋は自分の身の危険などかけらも気にしてはいなかった。
なぜなら、千秋がこんなところを寒い中歩く羽目になったのは、どんなアルファだとしても千秋にはぴくりとも反応しないからだ。
男性は宣言通りすぐに車の後部座席に乗って現れて、千秋を横に乗せてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「気にしないでください。困ったときはお互い様ですから」
穏やかに微笑む男性に千秋は生まれて初めてドキドキした。
暖かい車内の空気は、千秋の冷え切った体に染み渡り安心感を与える。
男性は四宮晴臣と名乗った。
「四宮さん、あの、本当にありがとうございました」
「いえいえ」
四宮は住宅街を抜けたあたりで千秋を降ろしてくれ、その上四宮の羽織っていたコートを渡してくれた。
どんな内容なのかは起きると覚えていないけれど、とにかく悲しいような幸せなような、そんな感覚だけを覚えているんだーーーー
「お前のような出来ぞこないをこれ以上ここに置いておくわけにはいかない」
「父さん、そんな」
「今後一切石崎の名を汚すな、うちに関わるな」
「で、でも」
「お前ももう二十歳だろう。自分の食い扶持くらい自分で稼いで、私たちと関わらないところで生きていけ」
20年住んでいた家を無情にも叩き出された。
寒くて、寒くて、凍えそうだった。
両手を合わせて息を吹きかけても、ほんの一瞬の暖かさを感じるだけで、あとはむしろ掌が冷たく感じる。
石崎千秋は今し方追い出された自分の生まれ育った家を振り返り、その閉ざされた門を一瞥し首を振った。
多くの美しいオメガを生み出す石崎家の中で、特に美しい容姿もしておらず、その上、フェロモン異常で発情の兆しもなく、そのフェロモンはアルファを引きつけることのない体質らしい千秋は落ちこぼれだった。もはやベータだと言ったほうが妥当な体だったけれど、血液検査ではオメガだと診断された。
石崎家のオメガと縁談を望む名門のアルファ家系は多い。けれど、その中の誰も当然の事のように千秋を選ぶことはなく、20歳になった今日、ついに千秋は追い出されてしまったのだ。
寒さを堪えながらトボトボと歩き出し、どこか暖かいところを探した。
豪勢な屋敷が立ち並ぶこの辺りの住人は、コンビニなどは俗世のものという認識が強いため、どれだけ歩いても屋敷屋敷屋敷だ。
馬鹿だ間抜けだと言われてきた千秋もそれくらいのことは知っていた。
けれどそんな住宅街でもどこかに終わりはあるはずで、その終わりを目指して寒さで震える自分の体を抱きしめるようにしながら歩き続けた。
「寒そうですね。どうかされたんですか?」
声のした方を見ると優しげで紳士然とした身なりの良い男性だった。見ただけでアルファだと分かるほどの恵まれた体格と容姿をしているその男性の顔はなぜだか見たことがある気がする。男性は大きな屋敷の門から顔をのぞかせていた。
「いえ、この住宅街を抜けようと歩いていただけです」
千秋がそう答えると男性は目を丸くした。
「ここからだと、まだかなり歩くでしょう? そうだ。ちょうど僕も帰るところだったんですよ。車なので良かったら乗って行ってください」
「……いえ、そんなわけには」
「ちょっと待ってて。大丈夫。僕だけじゃなくて運転手もいるから安心ですよ」
にこりと笑った男性は、千秋のチョーカーを確認したからか安心させるように穏やかな表情を浮かべている。
むろん、千秋は自分の身の危険などかけらも気にしてはいなかった。
なぜなら、千秋がこんなところを寒い中歩く羽目になったのは、どんなアルファだとしても千秋にはぴくりとも反応しないからだ。
男性は宣言通りすぐに車の後部座席に乗って現れて、千秋を横に乗せてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「気にしないでください。困ったときはお互い様ですから」
穏やかに微笑む男性に千秋は生まれて初めてドキドキした。
暖かい車内の空気は、千秋の冷え切った体に染み渡り安心感を与える。
男性は四宮晴臣と名乗った。
「四宮さん、あの、本当にありがとうございました」
「いえいえ」
四宮は住宅街を抜けたあたりで千秋を降ろしてくれ、その上四宮の羽織っていたコートを渡してくれた。
98
あなたにおすすめの小説
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
8/16番外編出しました!!!!!
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
3/6 2000❤️ありがとうございます😭
4/29 3000❤️ありがとうございます😭
8/13 4000❤️ありがとうございます😭
12/10 5000❤️ありがとうございます😭
わたし5は好きな数字です💕
お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
隣国のΩに婚約破棄をされたので、お望み通り侵略して差し上げよう。
下井理佐
BL
救いなし。序盤で受けが死にます。
文章がおかしな所があったので修正しました。
大国の第一王子・αのジスランは、小国の王子・Ωのルシエルと幼い頃から許嫁の関係だった。
ただの政略結婚の相手であるとルシエルに興味を持たないジスランであったが、婚約発表の社交界前夜、ルシエルから婚約破棄するから受け入れてほしいと言われる。
理由を聞くジスランであったが、ルシエルはただ、
「必ず僕の国を滅ぼして」
それだけ言い、去っていった。
社交界当日、ルシエルは約束通り婚約破棄を皆の前で宣言する。
当たり前の幸せ
ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。
初投稿なので色々矛盾などご容赦を。
ゆっくり更新します。
すみません名前変えました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる