器量なしのオメガの僕は

いちみやりょう

文字の大きさ
2 / 43

しおりを挟む
それから千秋は下ろされた場所付近で働ける場所を探して歩いた。
けれどコンビニも居酒屋も千秋のチョーカーと身分証を見ると顔をしかめ面接すらさせてもらえなかった。
ならばと、相当な覚悟を持って風俗の扉を叩いた千秋は、そこでもオメガはちょっと、と受け入れてもらえることはなかった。

どこにも働ける場所はなく、家を追い出された時に少しだけ持っていたお金も底をついてしまい、千秋は途方に暮れた。
今まで衣食住に関しては何も不自由なく生きてきた千秋は1人で生きていくことがこんなに難しいと初めて知った。

腹は空きすぎを通り越し、もはや空腹は感じなくなった。
シャッターの降りた店先に座り込み、道ゆく人を眺めていた千秋の前に1人立ち止まった。

「君は……千秋くん?」
「?」

見上げたその人の顔はなんとなく見覚えはあったけれど、誰だったかは思い出せず千秋は思わず首を傾げた。

「ああ。ごめんな。俺は四宮様の運転手だ。この間車に乗ったろ? それを運転してたのが俺。名前は松岡翔」
「あ、ああ。その節はありがとうございました」
「あれから1週間くらい経ったかな。どうしたんだ?」

松岡は千秋の薄汚れた格好を見てそう尋ねた。

「いえ、仕事がなかなか決まらなくて。僕ってその、あれだから。あの、これ洗えなかったけど四宮さんにか返しておいてもらえますか?」

“あれ”と言う言葉とともに、チョーカーを触り、それから四宮に借りていたコートを脱いで手渡した。

「いいけど。千秋くん、寒いだろ?」
「僕はもう大丈夫ですから」

にっこりと笑ってそう告げると、松岡は頷いてコートを受け取ってくれた。
松岡が去っていくのを眺めながら千秋は体育座りでできるだけ体を丸くした。
コートがなくなればより寒いけれど、いつまでも借りておくわけにはいかない。

こうして寒がりながら街中を眺めているのは、子供の頃に読んだマッチ売りの少女のようだと思い、千秋は微かに笑った。
けれどマッチも売っていない千秋は、売り物のマッチですら暖を取ることもできない。
もっともマッチがあったところでそんな微かな火ではほんの慰めにもならないだろう。

曲がりなりにもオメガの名門の家に生まれた千秋は、今までどれだけ恵まれた生活をしてきたのかと思い知ることになった。普通の家庭に生まれたオメガは、きっと仕事にもつけず途方に暮れるしかないのだから。そもそもオメガというのは人口が少なくて、一般の家には滅多に生まれることはない。オメガは男女関係なく孕むことができるけれど、3ヶ月に一度のヒートの期間があるせいでその期間に働くこともできず、そのフェロモンで優秀なアルファを誑し込むと言われ差別の対象となっているのだ。数が少ないということは、差別されることへの不満の声をあげるものも少ない。よって、世の中が差別をなくそうと声高に叫んでいる現代においても、オメガへの差別は当たり前のように残っているのだ。

千秋はそんなことすら家を追い出されるまで深く考えもしなかった。
石崎家ではオメガらしくあることが何よりの栄誉だったからだ。
だから美しい兄は優遇され、そうではない上に欠陥品の千秋はほぼネグレクト状態で育った。
両親に話しかけられた言葉と言ったら『お兄ちゃんに譲りなさい』『あなたがそれを持っていても意味がないでしょう』といった言葉しか思い出せなかった。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

隣国のΩに婚約破棄をされたので、お望み通り侵略して差し上げよう。

下井理佐
BL
救いなし。序盤で受けが死にます。 文章がおかしな所があったので修正しました。 大国の第一王子・αのジスランは、小国の王子・Ωのルシエルと幼い頃から許嫁の関係だった。 ただの政略結婚の相手であるとルシエルに興味を持たないジスランであったが、婚約発表の社交界前夜、ルシエルから婚約破棄するから受け入れてほしいと言われる。 理由を聞くジスランであったが、ルシエルはただ、 「必ず僕の国を滅ぼして」 それだけ言い、去っていった。 社交界当日、ルシエルは約束通り婚約破棄を皆の前で宣言する。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

知らないだけで。

どんころ
BL
名家育ちのαとΩが政略結婚した話。 最初は切ない展開が続きますが、ハッピーエンドです。 10話程で完結の短編です。

当たり前の幸せ

ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。 初投稿なので色々矛盾などご容赦を。 ゆっくり更新します。 すみません名前変えました。

胎児の頃から執着されていたらしい

夜鳥すぱり
BL
好きでも嫌いでもない幼馴染みの鉄堅(てっけん)は、葉月(はづき)と結婚してツガイになりたいらしい。しかし、どうしても鉄堅のねばつくような想いを受け入れられない葉月は、しつこく求愛してくる鉄堅から逃げる事にした。オメガバース執着です。 ◆完結済みです。いつもながら読んで下さった皆様に感謝です。 ◆表紙絵を、花々緒さんが描いて下さいました(*^^*)。葉月を常に守りたい一途な鉄堅と、ひたすら逃げたい意地っぱりな葉月。

運命はいつもその手の中に

みこと
BL
子どもの頃運命だと思っていたオメガと離れ離れになったアルファの亮平。周りのアルファやオメガを見るうちに運命なんて迷信だと思うようになる。自分の前から居なくなったオメガを恨みながら過ごしてきたが、数年後にそのオメガと再会する。 本当に運命はあるのだろうか?あるならばそれを手に入れるには…。 オメガバースものです。オメガバースの説明はありません。

処理中です...