器量なしのオメガの僕は

いちみやりょう

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「次に、生まれるときはベータに生まれたい、な」

呟いて、目を瞑ってそうなった時のことを想像した。
食卓には美味しそうな手料理が並んでいて、それから父親も母親も千秋のことを愛していて、誕生日には千秋の名前の入ったケーキを家族で食べる。年上の兄弟がいたなら尊敬して、年下の兄弟がいたならその子の見本となるように過ごす。そして優しくする。学校に通い友達を作って放課後や休みの日には連れ立って遊ぶ。

そんな小説の中のような暖かくて幸せな家庭に生まれてみたい。

ふとフワフワとした感覚がした。
どこか宙に浮いているような。

ーーああ、そうか。僕は死んでしまったのか

だから霊体だけになって浮遊しているのか、と、思いふふっと笑った。
数日飲まず食わずでいただけだ。けれどこんなに簡単に死ぬものなんだなと、どこか他人事のようにも思える。

その時、ふわりと薔薇のようないい匂いがした気がした。

目を覚ますと白い天井が目に入った。
横には初めて本物を見たけれど点滴があって、千秋は自分がまだ生きているのだと気がついた。

「なんだ」

思わず呟くと同時に、扉がノックされすぐに白衣を着た男性と一緒に四宮が入ってきた。

「ああ、起きたんですね。よかった」
「四宮さん……? どうして」
「松岡から君に渡したコートが返ってきて、その時の状況を聞いたらね、なんだか嫌な予感がしたから慌てて駆けつけたら君が意識を失っていたんですよ」
「あの、すみません。ありがとうございました。僕、病院代は必ず……なんとかしてお支払いしますからもうこれ以上の診察は大丈夫です」

千秋が慌てて医者の方に頭を下げた。

「ははっ。俺は医者だが、ここは病院じゃねぇよ。診察料は心配しなくても四宮から取るから安心しろ」

医者は四宮と親しい様子だったが、千秋は戸惑うばかりだ。

「え、でも、じゃあここは……?」

病院以外の場所が思い浮かばず固まると、四宮が安心させるように千秋に微笑みかけた。

「ここは僕の家です。そして君さえ良ければ、これから君の家にもなる」
「え?」
「仕事を探しているのでしょう? 最近産休を取った方がいるからね、ちょうど人手が足りていないんですよ。どうでしょう、千秋君。ここで働いてみませんか?」

願ってもない提案に、千秋は一も二もなくうなずいた。

「いいんですか! お、お願いします! 精一杯頑張ります!」
「はい。よろしくお願いしますね」

それから千秋は点滴で体調も戻り、四宮の元で働くことになった。
四宮には千秋の体のことは伝えたけれど、全て受け入れた上で伝えていないことも根掘り葉掘り聞いてくることもなく雇ってくれた四宮に千秋は心から感謝した。
執事長の熊井さんについていろいろと教えてもらいながら働くと、ほとんどゼロに近かった体力も少しずつついてきた。
千秋を診てくれた医者は泉嶺二と名乗った。四宮の幼馴染みらしくあれからも何度か四宮の家に来ていて、今日もその訪問の日だったらしく、庭を掃いていた千秋に話しかけてきた。

「おう、今日も頑張ってんな。あんま無理すんなよ?」
「はい! 泉先生もお疲れ様です。四宮様はどこか具合がお悪いんですか?」
「あ? あいつは別に具合が悪いとかじゃねぇから安心しろ。なんつーか、栄養剤渡しに来てるだけだからよ」
「そうなんですか。よかった」

千秋はほっと胸を撫で下ろして微笑んだ。

「あー、けど、例の部屋には近づくなよ?」
「はい。もちろん近づきません」

びくつきながら返事をした千秋の頭をポンポンと叩き、ニヒルに笑った泉はタバコを燻らせながら去っていった。
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