器量なしのオメガの僕は

いちみやりょう

文字の大きさ
7 / 43

しおりを挟む
部屋に戻り気持ちを落ち着かせていると、トントンとノックの音の後に泉が入ってきた。

「よう、今日は調子いいみたいだな」
「はい、おかげさまで。昨日はありがとうございました」
「礼は体で払ってもらう……おい、そんな警戒すんなよ」

泉の言葉に千秋がドン引きしてズザザザと後ずさると、泉は慌てた。

「だって、体でって……」
「何も取って食いやしねぇよ」
「僕だって取って食われる心配なんてしてません」
「本当か~?」
「本当です!」
「じゃあ、ま。そういうことにしておくとして、まずは診断結果を報告したいと思う」
「は、はい。お願いします」
「ああ。これが諸々の数値だが」

そう言って、泉は千秋の前に紙を差し出した。

「千秋は遅確性オメガ症候群と診断が出た」
「遅確性オメガ症候群?」
「ああ。これはかなり珍しい症状でなかなか症例がない。30年前の研究データしかない状況だ」
「そ、そんな。それはどんな……。僕は病気ってことですか?」
「まぁ、病気と言えなくもないが、それは千秋の考え方によるな。遅確性オメガ症候群のオメガは、遺伝子の相性が100パーセントに近い、つまりは世に言う運命の番に会った時、体はやっと二次性徴を始める……といわれている」
「運命の番に会った時……?」
「ああ。だから症例が少ねぇんだ。運命の番なんてそうそう出会えるもんじゃねぇし。だがつまり、千秋に今まで全くなかったヒートがきたということは最近運命の番に会ったということになる」
「僕の、運命の番……?」
「心当たりがあるんだろ?」

泉にそう言われ、千秋の頭に浮かんだのは四宮の顔だった。
けれどすぐに頭を振って自分の考えを否定する。

「でも……、僕なんかが相手なわけないし」

そう呟くと、泉はふっと笑った。

「ま、気長に落としてみろよ。運命の相手のお前なら、四宮を救うことも出来るかもしれねぇしな」
「なっ、なんで!?」

千秋は四宮が相手かもなどとは口にしていないのに、泉にバレていたことを知り激しく動揺した。

「ははっ、そりゃ分かるだろ。お前がここに来てから顔を合わせたアルファは四宮か俺しかいねぇんだから。そんで俺は帰ったら愛しの番がいるから違ぇし」
「え、泉先生番がいるんだ」
「そーだよ。俺の番は世界一可愛いんだぜ」
「そうですか……あの、さっきの、僕なら四宮様を救えるって何のことですか?」
「ん? あ~。俺からは詳しいことは何とも言えねぇな。これでも一応医者なんでね。患者のことに関して守秘義務があるんです」

取ってつけたようにまじめ腐った顔でそう言った泉の顔を千秋は胡散臭げに見上げた。

「そんな顔しても無駄だ。気になるなら本人に聞け」

ピシャリと跳ね除けられて、千秋は項垂れた。

「運命の番だから、こんなにドキドキするのかな」
「まぁ、そりゃあ運命の番相手なら特に好ましく思うんじゃねぇか?」

呟いた独り言は、泉が回収し肯定してくれた。

「そっか」

ーー四宮様のことを考えたらドキドキして、ワクワクして、ソワソワする。四宮様もそうだったらいいのに

「ところでさっきの体で支払う件だが」
「なっ、だって、先生には番がいるんでしょう!?」

冗談だと思っていた言葉をぶり返され、千秋は慌てて声をあげた。

「まぁまぁ。だから取って食ったりしねぇって。ちょっとした相談だ。お前はちょっと珍しいタイプのオメガだったから、検査とかいろいろ協力してもらいてぇ。それがモルモットみてぇで嫌ってんなら諦める。だが、協力してくれるってんなら、もちろんタダでとは言わねぇ。謝礼金の他にも抑制剤やらなんやら、必要な薬なんかは無料で提供するし、薬以外だとしても何か入用があれば相談してくれれば色々と融通を利かす。お前が研究に協力してくれれば遅確性オメガ症候群も、それ以外の研究にも大きな影響があるんだ」

泉の顔を見れば真剣そのものだった。

「……分かりました……その。僕の体でよければ」
「おお! ありがとう千秋。助かる」
「いえ」
「じゃあ、とりあえず連絡先を渡しておく。何か入用があれば遠慮なく連絡してくれ」

泉はスマホケースのポケットから名刺を一枚取り出して千秋に手渡してきた。

「ああ、それと。通常のオメガは抑制剤飲んでるアルファの匂いを嗅ぎ分けたりできねぇ。だが、お前は抑制剤を飲んでる俺の匂いを言い当てた。遅確性オメガ症候群のオメガは、遅れてきた第二成長期の際に、どこかしら感覚が過敏になることがあるそうだから、お前の場合はそれが鼻だったんだろうな」
「鼻が」
「ああ。ま、そのままじゃ生きづらいだろうから、そっちの薬も出しといてやるよ。効き目は気休め程度になるが」
「ありがとうございます。助かります」

礼を言うと泉は、千秋から採取した血を調べるからと忙しく帰っていった。

1人になり、空気の入れ替えに窓を開けると遠くの方からふわりふわりと四宮の匂いが漂ってきて、千秋を落ち着かなくさせる。千秋は慌てて窓を締め、先ほど処方された薬を開けて飲んだ。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 8/16番外編出しました!!!!! 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭 4/29 3000❤️ありがとうございます😭 8/13 4000❤️ありがとうございます😭 12/10 5000❤️ありがとうございます😭 わたし5は好きな数字です💕 お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

隣国のΩに婚約破棄をされたので、お望み通り侵略して差し上げよう。

下井理佐
BL
救いなし。序盤で受けが死にます。 文章がおかしな所があったので修正しました。 大国の第一王子・αのジスランは、小国の王子・Ωのルシエルと幼い頃から許嫁の関係だった。 ただの政略結婚の相手であるとルシエルに興味を持たないジスランであったが、婚約発表の社交界前夜、ルシエルから婚約破棄するから受け入れてほしいと言われる。 理由を聞くジスランであったが、ルシエルはただ、 「必ず僕の国を滅ぼして」 それだけ言い、去っていった。 社交界当日、ルシエルは約束通り婚約破棄を皆の前で宣言する。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

当たり前の幸せ

ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。 初投稿なので色々矛盾などご容赦を。 ゆっくり更新します。 すみません名前変えました。

知らないだけで。

どんころ
BL
名家育ちのαとΩが政略結婚した話。 最初は切ない展開が続きますが、ハッピーエンドです。 10話程で完結の短編です。

処理中です...