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部屋に戻り気持ちを落ち着かせていると、トントンとノックの音の後に泉が入ってきた。
「よう、今日は調子いいみたいだな」
「はい、おかげさまで。昨日はありがとうございました」
「礼は体で払ってもらう……おい、そんな警戒すんなよ」
泉の言葉に千秋がドン引きしてズザザザと後ずさると、泉は慌てた。
「だって、体でって……」
「何も取って食いやしねぇよ」
「僕だって取って食われる心配なんてしてません」
「本当か~?」
「本当です!」
「じゃあ、ま。そういうことにしておくとして、まずは診断結果を報告したいと思う」
「は、はい。お願いします」
「ああ。これが諸々の数値だが」
そう言って、泉は千秋の前に紙を差し出した。
「千秋は遅確性オメガ症候群と診断が出た」
「遅確性オメガ症候群?」
「ああ。これはかなり珍しい症状でなかなか症例がない。30年前の研究データしかない状況だ」
「そ、そんな。それはどんな……。僕は病気ってことですか?」
「まぁ、病気と言えなくもないが、それは千秋の考え方によるな。遅確性オメガ症候群のオメガは、遺伝子の相性が100パーセントに近い、つまりは世に言う運命の番に会った時、体はやっと二次性徴を始める……といわれている」
「運命の番に会った時……?」
「ああ。だから症例が少ねぇんだ。運命の番なんてそうそう出会えるもんじゃねぇし。だがつまり、千秋に今まで全くなかったヒートがきたということは最近運命の番に会ったということになる」
「僕の、運命の番……?」
「心当たりがあるんだろ?」
泉にそう言われ、千秋の頭に浮かんだのは四宮の顔だった。
けれどすぐに頭を振って自分の考えを否定する。
「でも……、僕なんかが相手なわけないし」
そう呟くと、泉はふっと笑った。
「ま、気長に落としてみろよ。運命の相手のお前なら、四宮を救うことも出来るかもしれねぇしな」
「なっ、なんで!?」
千秋は四宮が相手かもなどとは口にしていないのに、泉にバレていたことを知り激しく動揺した。
「ははっ、そりゃ分かるだろ。お前がここに来てから顔を合わせたアルファは四宮か俺しかいねぇんだから。そんで俺は帰ったら愛しの番がいるから違ぇし」
「え、泉先生番がいるんだ」
「そーだよ。俺の番は世界一可愛いんだぜ」
「そうですか……あの、さっきの、僕なら四宮様を救えるって何のことですか?」
「ん? あ~。俺からは詳しいことは何とも言えねぇな。これでも一応医者なんでね。患者のことに関して守秘義務があるんです」
取ってつけたようにまじめ腐った顔でそう言った泉の顔を千秋は胡散臭げに見上げた。
「そんな顔しても無駄だ。気になるなら本人に聞け」
ピシャリと跳ね除けられて、千秋は項垂れた。
「運命の番だから、こんなにドキドキするのかな」
「まぁ、そりゃあ運命の番相手なら特に好ましく思うんじゃねぇか?」
呟いた独り言は、泉が回収し肯定してくれた。
「そっか」
ーー四宮様のことを考えたらドキドキして、ワクワクして、ソワソワする。四宮様もそうだったらいいのに
「ところでさっきの体で支払う件だが」
「なっ、だって、先生には番がいるんでしょう!?」
冗談だと思っていた言葉をぶり返され、千秋は慌てて声をあげた。
「まぁまぁ。だから取って食ったりしねぇって。ちょっとした相談だ。お前はちょっと珍しいタイプのオメガだったから、検査とかいろいろ協力してもらいてぇ。それがモルモットみてぇで嫌ってんなら諦める。だが、協力してくれるってんなら、もちろんタダでとは言わねぇ。謝礼金の他にも抑制剤やらなんやら、必要な薬なんかは無料で提供するし、薬以外だとしても何か入用があれば相談してくれれば色々と融通を利かす。お前が研究に協力してくれれば遅確性オメガ症候群も、それ以外の研究にも大きな影響があるんだ」
泉の顔を見れば真剣そのものだった。
「……分かりました……その。僕の体でよければ」
「おお! ありがとう千秋。助かる」
「いえ」
「じゃあ、とりあえず連絡先を渡しておく。何か入用があれば遠慮なく連絡してくれ」
泉はスマホケースのポケットから名刺を一枚取り出して千秋に手渡してきた。
「ああ、それと。通常のオメガは抑制剤飲んでるアルファの匂いを嗅ぎ分けたりできねぇ。だが、お前は抑制剤を飲んでる俺の匂いを言い当てた。遅確性オメガ症候群のオメガは、遅れてきた第二成長期の際に、どこかしら感覚が過敏になることがあるそうだから、お前の場合はそれが鼻だったんだろうな」
「鼻が」
「ああ。ま、そのままじゃ生きづらいだろうから、そっちの薬も出しといてやるよ。効き目は気休め程度になるが」
「ありがとうございます。助かります」
礼を言うと泉は、千秋から採取した血を調べるからと忙しく帰っていった。
1人になり、空気の入れ替えに窓を開けると遠くの方からふわりふわりと四宮の匂いが漂ってきて、千秋を落ち着かなくさせる。千秋は慌てて窓を締め、先ほど処方された薬を開けて飲んだ。
「よう、今日は調子いいみたいだな」
「はい、おかげさまで。昨日はありがとうございました」
「礼は体で払ってもらう……おい、そんな警戒すんなよ」
泉の言葉に千秋がドン引きしてズザザザと後ずさると、泉は慌てた。
「だって、体でって……」
「何も取って食いやしねぇよ」
「僕だって取って食われる心配なんてしてません」
「本当か~?」
「本当です!」
「じゃあ、ま。そういうことにしておくとして、まずは診断結果を報告したいと思う」
「は、はい。お願いします」
「ああ。これが諸々の数値だが」
そう言って、泉は千秋の前に紙を差し出した。
「千秋は遅確性オメガ症候群と診断が出た」
「遅確性オメガ症候群?」
「ああ。これはかなり珍しい症状でなかなか症例がない。30年前の研究データしかない状況だ」
「そ、そんな。それはどんな……。僕は病気ってことですか?」
「まぁ、病気と言えなくもないが、それは千秋の考え方によるな。遅確性オメガ症候群のオメガは、遺伝子の相性が100パーセントに近い、つまりは世に言う運命の番に会った時、体はやっと二次性徴を始める……といわれている」
「運命の番に会った時……?」
「ああ。だから症例が少ねぇんだ。運命の番なんてそうそう出会えるもんじゃねぇし。だがつまり、千秋に今まで全くなかったヒートがきたということは最近運命の番に会ったということになる」
「僕の、運命の番……?」
「心当たりがあるんだろ?」
泉にそう言われ、千秋の頭に浮かんだのは四宮の顔だった。
けれどすぐに頭を振って自分の考えを否定する。
「でも……、僕なんかが相手なわけないし」
そう呟くと、泉はふっと笑った。
「ま、気長に落としてみろよ。運命の相手のお前なら、四宮を救うことも出来るかもしれねぇしな」
「なっ、なんで!?」
千秋は四宮が相手かもなどとは口にしていないのに、泉にバレていたことを知り激しく動揺した。
「ははっ、そりゃ分かるだろ。お前がここに来てから顔を合わせたアルファは四宮か俺しかいねぇんだから。そんで俺は帰ったら愛しの番がいるから違ぇし」
「え、泉先生番がいるんだ」
「そーだよ。俺の番は世界一可愛いんだぜ」
「そうですか……あの、さっきの、僕なら四宮様を救えるって何のことですか?」
「ん? あ~。俺からは詳しいことは何とも言えねぇな。これでも一応医者なんでね。患者のことに関して守秘義務があるんです」
取ってつけたようにまじめ腐った顔でそう言った泉の顔を千秋は胡散臭げに見上げた。
「そんな顔しても無駄だ。気になるなら本人に聞け」
ピシャリと跳ね除けられて、千秋は項垂れた。
「運命の番だから、こんなにドキドキするのかな」
「まぁ、そりゃあ運命の番相手なら特に好ましく思うんじゃねぇか?」
呟いた独り言は、泉が回収し肯定してくれた。
「そっか」
ーー四宮様のことを考えたらドキドキして、ワクワクして、ソワソワする。四宮様もそうだったらいいのに
「ところでさっきの体で支払う件だが」
「なっ、だって、先生には番がいるんでしょう!?」
冗談だと思っていた言葉をぶり返され、千秋は慌てて声をあげた。
「まぁまぁ。だから取って食ったりしねぇって。ちょっとした相談だ。お前はちょっと珍しいタイプのオメガだったから、検査とかいろいろ協力してもらいてぇ。それがモルモットみてぇで嫌ってんなら諦める。だが、協力してくれるってんなら、もちろんタダでとは言わねぇ。謝礼金の他にも抑制剤やらなんやら、必要な薬なんかは無料で提供するし、薬以外だとしても何か入用があれば相談してくれれば色々と融通を利かす。お前が研究に協力してくれれば遅確性オメガ症候群も、それ以外の研究にも大きな影響があるんだ」
泉の顔を見れば真剣そのものだった。
「……分かりました……その。僕の体でよければ」
「おお! ありがとう千秋。助かる」
「いえ」
「じゃあ、とりあえず連絡先を渡しておく。何か入用があれば遠慮なく連絡してくれ」
泉はスマホケースのポケットから名刺を一枚取り出して千秋に手渡してきた。
「ああ、それと。通常のオメガは抑制剤飲んでるアルファの匂いを嗅ぎ分けたりできねぇ。だが、お前は抑制剤を飲んでる俺の匂いを言い当てた。遅確性オメガ症候群のオメガは、遅れてきた第二成長期の際に、どこかしら感覚が過敏になることがあるそうだから、お前の場合はそれが鼻だったんだろうな」
「鼻が」
「ああ。ま、そのままじゃ生きづらいだろうから、そっちの薬も出しといてやるよ。効き目は気休め程度になるが」
「ありがとうございます。助かります」
礼を言うと泉は、千秋から採取した血を調べるからと忙しく帰っていった。
1人になり、空気の入れ替えに窓を開けると遠くの方からふわりふわりと四宮の匂いが漂ってきて、千秋を落ち着かなくさせる。千秋は慌てて窓を締め、先ほど処方された薬を開けて飲んだ。
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