器量なしのオメガの僕は

いちみやりょう

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次の日からは昨日の四宮の話は従業員の間で噂になっていた。

「本当、晴臣は素敵だよね! 昨日なんて俺、怒られると思ったのに一緒に遊んでくれてさ」

昨日一緒に四宮様とともに遊んだ従業員の1人の五十嵐一歌が興奮した様子で話しかけてきた。

「は、はい。本当、四宮様はかっこいいです」
「でも、あれ俺が居たからだと思うんだよね。だって普通の従業員に対してあんな優しくしないだろ?」

五十嵐は嬉しそうに顔を上気させて捲し立てた。

「そうなんですか?」
「まぁ、晴臣は優しいから分かんないけど。でも多分そうなんじゃないかな?」
「でも、四宮様は人によって態度を変えたりしなさそうだと思います」
「なに? 俺の方が晴臣についてよく知ってると思うんだけど、俺が勘違いしてるって言いたい訳?」
「そんなこと、ないですけど」
「だいたい君、昨日は晴臣に構ってもらおうと必死だったよね。プールの端に一人で居たりしてさ」
「そんな」
「言っておくけど、俺と晴臣は俺がずっと小さい頃からの付き合いなんだから俺を特別に思ってても何も不思議じゃないよ! 君はオメガらしいけど、その割に全然可愛くないし、晴臣に対してあわよくばなんて思ってるなら早いとこ諦めなね」
「そんなことっ」
「なーに? そんなムキになるってことはやっぱそうだったんだ。だけど、無理だよ。だって晴臣はベータが好きなんだ」
「ベータが?」
「うん。何も不思議なことはないだろ? 男女で恋愛する人もいるし、男同士や女同士で恋愛する人もいる。そういうのと一緒で、晴臣はベータが好きなんだよ」
「そ……そうなんですか」
「あっはは。ショックなの?」
「……そんなこと、ないです」
「ま、何でもいいけど。じゃあね、俺は今日は窓掃除だから」

そう言って五十嵐は去っていった。

「おい、大丈夫か? あんなの気にするなよ?」
「松岡さん……。いえ、僕は全然」

振り向くと運転手の松岡さんが呆れ顔で立っていた。

「あいつは昔から四宮様にべったりだったらしいから。俺も何年か前にここで働き始めたから昔のことはよく知らねぇんだけど、四宮様は五十嵐のことを子供の頃から可愛がっていらっしゃるらしい」
「そうなんですか。あの、四宮様はベータが好きだって。本当ですか?」
「さあ。それは聞いたことないけど。だけどこの時代、オメガはめちゃくちゃ少なくて、探すこと自体難しいし、オメガにあんまり良いイメージ持ってる人も少ないだろ? だからベータが好きだとしても普通……って、ごめん」

松岡はようやく千秋がオメガであることを思い出し、話の途中で気まずそうに目を逸らした。

「いえ、いいんです。オメガに対する考えはここに来る前に知りました。少しは嫌な目にもあったけど、ここの人たちはみんな優しくしてくれますから」
「そっか。いや、でも無神経な発言だった。気を付ける」
「いえ、こちらこそ、教えてくださってありがとうございます」

松岡とは若干気まずくなりながらもその場で別れ、千秋は自分の持ち場に戻った。
今日の持ち場は四宮の部屋の清掃で、まずは壁から掃除を始めた。
部屋には四宮の匂いが充満していて落ち着かない気持ちで黙々と清掃する。
壁の掃除が終わり、床のモップがけをしている最中に、四宮の匂いがどんどん濃くなってきて四宮が近づいてきているのがが分かった。その匂いを嗅いだだけでもドキドキ、ソワソワしてくる。

「やあ。今日は千秋くんがここの清掃をしてくれているんですね。ありがとうございます」

ドアを開けて入ってきた四宮はいつものように笑顔でお礼を言ってくれた。

「い、いえ! 仕事ですから。今日は早かったんですね」

何だか新婚の会話みたいだと思いながらもそう言うと四宮は困った顔で笑った。

「ちょっとね。毎月この日は早く帰るようにしているんですよ」
「そうなんですね」

それはなぜだと聞きたくなるのを抑え、千秋は曖昧に笑った。

「あ、何か飲み物とか必要なものがあれば僕、すぐに持ってきます」
「あ~。じゃあ、キッチンに行ってお酒を持ってきてもらえますか? それで千秋くんも一緒にどうかな?」
「えっ。僕がですか?」
「うん。誰かと一緒に飲みたい気分でね。もちろん無理にとは言いませんが」
「い、いえ。ご一緒させてください!」
「そう? よかった。じゃあ、ウィスキーと、千秋くんが飲めそうなお酒を持ってきてください」
「はい!」

千秋は急いで部屋を飛び出し、キッチンに向かった。
戸棚を開けてどのウイスキーがいいのかを聞き忘れたなとラベルを見ながら考えた。
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