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「何やってるの? まさか泥棒?」
後ろから声をかけられ慌てて振り返ると、五十嵐が口の端を上げて千秋を見下ろしていた。
「い、五十嵐さん。違います。これは四宮様が飲まれるものです」
「晴臣が? ああ。今日はあの日か……分かった。じゃあそれは俺が持っていくよ」
「え?」
「誰が持って行ってもおんなじでしょ? さあ早く渡して」
「で、でも。四宮様が僕も一緒にって誘ってくださって……」
「何言ってんの? 君って社交辞令も分かんないんだ。俺相手ならまだしも、晴臣が使用人と一緒に飲む訳ないじゃん」
「そんな」
「晴臣の優しさを勘違いしちゃってさ。君って恥ずかしい人だね」
その言葉にガツンと頭を殴られたような衝撃が走った。
ーーそうだったのか。確かに僕は常識はあまり分からない。二十歳にもなって社交辞令も分からないなんてって、四宮様もビックリしたかも
断るのが正解だったのかもと不安になった。
それに確かに四宮は“誰かと飲みたい気分だった”と言った。それは千秋じゃなくてもいいということだ。
「ぁ……えっと、すみません。四宮様はウィスキーを、あとは五十嵐さんの好きなお酒をお持ちください」
千秋は手に持っていたウィスキーを五十嵐に手渡しそう言った。
「そ? 悪いね」
だが受け取ろうとした五十嵐の背後からニュッと伸びてきた手がそのウィスキーを掴んだ。
「遅いから来てしまいましたよ。千秋くんは何を飲むんです? 早く戻りましょう」
「し、四宮様」
「晴臣っ、今日は俺が付き合ってやるからさっ」
慌てたように五十嵐が言うのを四宮は手で制した。
「僕は今日、千秋くんを誘ったんです。少し前から見ていましたが、一歌は後輩に対する態度に問題がありそうですね」
「そんなことないよ! だってこの子はオメガのくせに晴臣を好きになってるんだよ!?」
「あ、あ、えと、そんなことは!」
慌てて否定しようとした千秋に、四宮は“分かっている”と目配せした。
「生まれてくる性別は選べません。オメガのくせになどという言葉は二度と言って欲しくありません。僕も含め、一歌のことは甘やかしてしまった自覚がありますから君の教育は今後熊井に任せましょう」
「熊井!? 嫌だよ俺!」
「さあ、千秋くん行きましょうか」
「は、はい!」
熊井に教育を任せると聞いて嫌がっている五十嵐を千秋は不思議に思った。
熊井といえば執事長で、穏やかで教え方も優しい。
だから、千秋は当然のように熊井を慕っていた。
けれどその不思議に思う気持ちは脇に置き、ウィスキーと他の酒を持って先を歩く四宮の後を急いで歩いた。
「適当に持ってきてしまったけど、苦手なお酒はありますか?」
部屋に入ると、四宮は机の上に酒瓶を並べ、千秋に聞いてくれた。
「僕、お酒飲んだことないんです。だからよく分からないんですがあんまり苦くないのがいいです」
「初めてなんですね。んー、じゃあ、カシスオレンジとかでいいかな? ちょうど持ってきていますし」
「はい! あ、やります!」
「僕が誘ったんですから、僕にやらせてください。ね?」
「は、はい……。お願いします」
四宮が手際よくカシスオレンジを作り、千秋に差し出してくれた。
「オレンジジュースを多めにしてあります。まずは様子を見てみましょうね」
「はい、ありがとうございます」
受け取ったお酒を1口飲むと、千秋がお酒で想像していた苦味はなく、ジュースのような感覚で美味しいと感じた。
四宮はウィスキーのロックを、ちびちびと口に運んでいる。
「これ、美味しいです」
「そう? それはよかったです」
にこやかに返事をされて千秋は言葉に詰まった。
やっぱり四宮といるとドキドキして、嬉しくて四宮のことが好きなんだとはっきりと自覚した。
そして今の状況にさらにドキドキし始めた。
たった今、好きな人と2人きりの空間で、その上お酒まで一緒に飲んでいるのだ。
「仕事はどう? なれましたか?」
「はい。おかげさまで皆さんから良くしていただいて感謝しています」
「そう。それならよかった」
「僕を拾ってくださった四宮様のおかげです。ありがとうございます」
「僕は何もしてないですよ。千秋くんの働きっぷりは熊井から聞いているし、僕の方こそ良い出会いがあってよかったと思っているんです」
「そんなことを言っていただけて嬉しいです」
千秋はコクリコクリと手の中のお酒を飲み進めた。
「一歌のことは本当にすみません。あの子は僕の従兄弟……と言っても血は繋がっていないのですが6つも歳が離れていますので、随分と甘やかしてしまいました」
「いえ! 僕は気にしていないので大丈夫です。それよりも今更ですが、このお酒の時間は本当にご一緒してよかったんでしょうか?」
先ほどの五十嵐の社交辞令だという言葉が気にかかり、千秋が恐る恐る確認すると四宮は笑ってうなずいた。
「もちろんです。嫌なら誘ったりしませんし、僕は社交辞令で誘ったりもしませんよ」
「そうなんですか。それならよかったです」
「今日はね、僕の大切な人の月命日なんですよ。だからこの日は飲みたくなるんだ」
「そ、うなんですか」
千秋は四宮の言葉にびっくりしてぎこちない返事をしてしまった。
ーーそんな大切な話を僕なんかにしてしまっていいんだろうか
そう思ったけれど千秋はお酒の力もあって尋ねてしまった。
「聞いてもいいですか? その、大切な人のこと」
だけれど四宮は無言で、過去を懐かしむように目を細めた。
「あ、無理にとは。すみません、ズケズケと」
「いや……何故だか、千秋くんには聞いてもらいたい気がしたんです。聞いてもらえますか?」
「僕が聞いて良いのでしたら、もちろんです」
千秋が答えると四宮は1つうなずいて「ありがとう」と話し始めた。
後ろから声をかけられ慌てて振り返ると、五十嵐が口の端を上げて千秋を見下ろしていた。
「い、五十嵐さん。違います。これは四宮様が飲まれるものです」
「晴臣が? ああ。今日はあの日か……分かった。じゃあそれは俺が持っていくよ」
「え?」
「誰が持って行ってもおんなじでしょ? さあ早く渡して」
「で、でも。四宮様が僕も一緒にって誘ってくださって……」
「何言ってんの? 君って社交辞令も分かんないんだ。俺相手ならまだしも、晴臣が使用人と一緒に飲む訳ないじゃん」
「そんな」
「晴臣の優しさを勘違いしちゃってさ。君って恥ずかしい人だね」
その言葉にガツンと頭を殴られたような衝撃が走った。
ーーそうだったのか。確かに僕は常識はあまり分からない。二十歳にもなって社交辞令も分からないなんてって、四宮様もビックリしたかも
断るのが正解だったのかもと不安になった。
それに確かに四宮は“誰かと飲みたい気分だった”と言った。それは千秋じゃなくてもいいということだ。
「ぁ……えっと、すみません。四宮様はウィスキーを、あとは五十嵐さんの好きなお酒をお持ちください」
千秋は手に持っていたウィスキーを五十嵐に手渡しそう言った。
「そ? 悪いね」
だが受け取ろうとした五十嵐の背後からニュッと伸びてきた手がそのウィスキーを掴んだ。
「遅いから来てしまいましたよ。千秋くんは何を飲むんです? 早く戻りましょう」
「し、四宮様」
「晴臣っ、今日は俺が付き合ってやるからさっ」
慌てたように五十嵐が言うのを四宮は手で制した。
「僕は今日、千秋くんを誘ったんです。少し前から見ていましたが、一歌は後輩に対する態度に問題がありそうですね」
「そんなことないよ! だってこの子はオメガのくせに晴臣を好きになってるんだよ!?」
「あ、あ、えと、そんなことは!」
慌てて否定しようとした千秋に、四宮は“分かっている”と目配せした。
「生まれてくる性別は選べません。オメガのくせになどという言葉は二度と言って欲しくありません。僕も含め、一歌のことは甘やかしてしまった自覚がありますから君の教育は今後熊井に任せましょう」
「熊井!? 嫌だよ俺!」
「さあ、千秋くん行きましょうか」
「は、はい!」
熊井に教育を任せると聞いて嫌がっている五十嵐を千秋は不思議に思った。
熊井といえば執事長で、穏やかで教え方も優しい。
だから、千秋は当然のように熊井を慕っていた。
けれどその不思議に思う気持ちは脇に置き、ウィスキーと他の酒を持って先を歩く四宮の後を急いで歩いた。
「適当に持ってきてしまったけど、苦手なお酒はありますか?」
部屋に入ると、四宮は机の上に酒瓶を並べ、千秋に聞いてくれた。
「僕、お酒飲んだことないんです。だからよく分からないんですがあんまり苦くないのがいいです」
「初めてなんですね。んー、じゃあ、カシスオレンジとかでいいかな? ちょうど持ってきていますし」
「はい! あ、やります!」
「僕が誘ったんですから、僕にやらせてください。ね?」
「は、はい……。お願いします」
四宮が手際よくカシスオレンジを作り、千秋に差し出してくれた。
「オレンジジュースを多めにしてあります。まずは様子を見てみましょうね」
「はい、ありがとうございます」
受け取ったお酒を1口飲むと、千秋がお酒で想像していた苦味はなく、ジュースのような感覚で美味しいと感じた。
四宮はウィスキーのロックを、ちびちびと口に運んでいる。
「これ、美味しいです」
「そう? それはよかったです」
にこやかに返事をされて千秋は言葉に詰まった。
やっぱり四宮といるとドキドキして、嬉しくて四宮のことが好きなんだとはっきりと自覚した。
そして今の状況にさらにドキドキし始めた。
たった今、好きな人と2人きりの空間で、その上お酒まで一緒に飲んでいるのだ。
「仕事はどう? なれましたか?」
「はい。おかげさまで皆さんから良くしていただいて感謝しています」
「そう。それならよかった」
「僕を拾ってくださった四宮様のおかげです。ありがとうございます」
「僕は何もしてないですよ。千秋くんの働きっぷりは熊井から聞いているし、僕の方こそ良い出会いがあってよかったと思っているんです」
「そんなことを言っていただけて嬉しいです」
千秋はコクリコクリと手の中のお酒を飲み進めた。
「一歌のことは本当にすみません。あの子は僕の従兄弟……と言っても血は繋がっていないのですが6つも歳が離れていますので、随分と甘やかしてしまいました」
「いえ! 僕は気にしていないので大丈夫です。それよりも今更ですが、このお酒の時間は本当にご一緒してよかったんでしょうか?」
先ほどの五十嵐の社交辞令だという言葉が気にかかり、千秋が恐る恐る確認すると四宮は笑ってうなずいた。
「もちろんです。嫌なら誘ったりしませんし、僕は社交辞令で誘ったりもしませんよ」
「そうなんですか。それならよかったです」
「今日はね、僕の大切な人の月命日なんですよ。だからこの日は飲みたくなるんだ」
「そ、うなんですか」
千秋は四宮の言葉にびっくりしてぎこちない返事をしてしまった。
ーーそんな大切な話を僕なんかにしてしまっていいんだろうか
そう思ったけれど千秋はお酒の力もあって尋ねてしまった。
「聞いてもいいですか? その、大切な人のこと」
だけれど四宮は無言で、過去を懐かしむように目を細めた。
「あ、無理にとは。すみません、ズケズケと」
「いや……何故だか、千秋くんには聞いてもらいたい気がしたんです。聞いてもらえますか?」
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千秋が答えると四宮は1つうなずいて「ありがとう」と話し始めた。
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