器量なしのオメガの僕は

いちみやりょう

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ガチャリとドアが開いた。
そこにはやはり、五十嵐と取り巻きの従業員がいた。
五十嵐は千秋のうなじを確認して、満足そうに笑うと、千秋の腕を掴んで立ち上がらせようとした。

「さあ、早く出ていってよ。君がいると晴臣が何か気がついて責任感じちゃうでしょ?」
「……」
「黙ってても君がここを出ていくことは決まっているよ。だって、そのうなじを見れば、晴臣は君を心配して、君をかまってしまうかもしれないだろ? そうしたら、君は優しい晴臣に泣きついて、責任を取ってもらおうとするかもしれないだろ? 悪いのは、ラット中に部屋に忍び込んだオメガの君なのにさ」
「そんなっ」
「俺って何か間違ったこと言ってる?」

五十嵐は取り巻きたちを振り返りそう尋ねた。

「いいや。これはオメガのフェロモンレイプだろ。オメガのフェロモンレイプは重罪だ」
「お前、最低だなぁ。四宮様が命の恩人なんだろう? そんな大切な相手をレイプしたなんてな」
「僕はレイプなんて」
「君がそう言っても周りはどう思うだろう。今まで、オメガを拒み、ラット中もあの部屋にこもっていた四宮様がこのことを知ったら、君にレイプされたと思うんじゃない?」
「っ」
「大人しく出て行きなよ。こっちも乱暴は真似はしたくないんでね」

五十嵐の言葉に、千秋は頷くことしかできなかった。
屋敷の外に出ると夜はまだ肌寒くて、悲しくなった。

「四宮様の好きな人が、僕だったらよかったのに」

ポツリと呟いてみた。けれど、そんなことはないのだと今の千秋ははっきりと分かっていた。
千秋が結衣斗だった頃、四宮は結衣斗にストレートに愛を伝えていた。
『好きだ』『好きだ』と必死に真剣に伝えていた。

けれど千秋はそんなことは言われたことはなかった。

千秋を番にしたことで、四宮の体の問題は解決した。
だから、これから先、四宮は“好きな人”に何の後ろめたさもなく『好きだ』と告げることができるのだろう。

そうして、四宮に好きだと伝えられた相手は喜んで受け入れて、2人はハッピーエンドだ。


番になったその日の避妊なしでの性交では、100パーセントに近い確率で妊娠するらしい。
これはテレビや雑誌で幾度となく見る機会のある常識だ。

だから千秋はまだ平べったい腹の中に、四宮の子がいるのだろうなと腹を撫でた。
男の子だろうか、女の子だろうか。
千秋は腹に手を当てながらゆっくりと歩き、子供についていろいろ考えた。
千秋にとって大好きな四宮の子を産むことは喜ばしいことだった。
それが結衣斗の頃からの願いだったからだ。

四宮からすればあのセックスは事故のようなものだ。
いや、四宮がこのことを知ってしまったら五十嵐たちがいうように、レイプされたと思うのかもしれない。
四宮の記憶にはないだろうけれども、万が一ここに四宮の子が宿っていると知ったらどう思うのだろうか。

そう、紳士で優しい四宮は、好きな人に告白するのを諦めて千秋のそばにいてくれるのだろう。
頑張って思いもしない愛を囁くのだろう。
けれど愛のない生活はいずれ綻びが出てくる。四宮はきっと好きな人を忘れられない。
そうなった時、四宮自身が傷つくだろう。悲しむだろう。

だから、きっと千秋は、五十嵐たちに促されずとも屋敷を出る選択をしていただろうなと思った。
けれど自分だけで育てることができるのだろうか。

不安なことはたくさんあったけれど、それらを考えているうちに街中まで来てしまった。

「これからどこに行こうかな」

もしも子供ができているなら、早急に働き口を見つけなければいけない。
屋敷で働いていた時の貯金を切り崩しつつ、千秋は必死で職を探した。
けれどもやはりなかなか見つけることができなかった。

2週間ほど経って千秋は薬局で買った検査薬を使うことにした。
公園のトイレで恐る恐る使ってみると陰性だった。

「妊娠、してない……?」

ドッドッと心臓がなる。

「だって、なんで。だって、僕は、晴くんとの子だけでもっ」

ショックを受けた。

頭の中は、意味もなく『なんで、なんで』と繰り返しこだましていた。

四宮と離れる千秋にとって、四宮との繋がりが何も残されないことがこれほどショックだとは思いもしなかった。
千秋は自分のぺたんこな腹を触った。

ーー本当に、いないんだ

仕事を探す間もなんだかんだと幸せな気持ちでお腹を撫でていたことに気がついた。

ツーと涙が頬を伝った。

これは報いだ。

結衣斗として生きていた頃、好きだったくせに四宮の気持ちに答えなかった。
千秋としての人生でも、千秋の意思ではなかったにしろ四宮に望まぬ性行為をさせてしまった。
その上、勝手に四宮の子を産もうとした。

千秋は自覚していた。

ーー僕は、四宮様のことを傷つけることしかできていない

職探しは難航して千秋はもうずっと途方にくれていた。
そういえば、と思い出す。
屋敷を出たとしても、研究には協力をすると泉に約束していたのだった。
だが、泉のところに行けば番った跡を見られて大切な友人である四宮にフェロモンレイプをしたと責められるかもしない。
いや、相手が四宮だと告げなければいいのか。
けれどそれでは四宮に居場所を内緒にしておいてもらえるのか不安だ。
夜の街でガードレールに座りながらそんなふうに悶々と考えていると「君、いくら?」と声をかけられた。
千秋には最初その意味がわからなかった。
けれど、千秋に声をかけるおじさんたちの表情を見ていたら、やっと分かった。

ーー僕との時間を買おうとしているんだ

貯金はまだ少しある。

ーーでも、なんだ。風俗で雇ってもらえなくても僕を買おうと思ってくれる人はいるんだ

自分に何も価値などないと荒んだ心で生活していた千秋は、そのことがむしろ嬉しいとさえ感じた。もしかしたらチョーカーをしていない上に、首が隠れる服を着ていたことでベータだと思われているのかもしれない。

けれど四宮以外と体の関係を持つ勇気もなく、数日が経った頃、千秋は街で四宮を見かけた。
急ぎ足でキョロキョロとしながら歩いている四宮は、イケメンで紳士然とした服装を加味しても変に見えるらしく街ゆく人から怪しむような視線を向けられていた。
千秋は四宮から見つからないように物陰に隠れそれをやり過ごした。
四宮に見つかったところで、四宮は千秋のことなど何も気にしてはいないだろうが、それを実際に確認してしまったらショックを受けると思ったからだ。
けれど四宮の姿を一方的に見られて千秋は満足していた。
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