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第8章 告白
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一瞬、時が止まるような感覚に陥った。
そのまさかの質問は、あからさまに僕を狼狽させた。僕が日中考えていたのは、どう切り出すか。そして、彼女が難色を示した場合の代替案を何にするか。少しでも表情が曇れば、すぐに別の提案をするつもりだった。逆に、それ以外の返しが来ることなんて想定していない。
「そ、そうなの?」
頭が真っ白になった僕は、自分でも驚くほど素の反応を返していた。
「あれ、知ってて言ってるんじゃないの?」
「いや……その辺特に考えてなかった」
ここに来たのは、あくまで麻美ちゃんとの約束がきっかけであって、そんなことは一切知らない。ましてやマッサージのタイミングなんて、考えてすらいなかった。でも、言われてみれば確かに……痛みのある生理前か生理中でないと、意味はない気がする。
間抜けな返しに、あるいは間抜けな顔にだったのか、彼女は「なにそれー」と小さく笑った。
「でもまあ、プールの時にその話したから、わざわざ調べてくれたってことだよね……?」
「いやっ——まあ、そうです」
そのまま事実を言いかけて、でも口止めされていることを思い出して、慌てて誤魔化す。
「じゃあ、せっかくだしやってもらおうかな」
「……あ、ほんとに?」
「効果あるなら、私も嬉しいし。とりあえず、寝転んだらいい?」
「あ……うん」
——拍子抜けしてしまった。
正直、僕にとってはこの場所でこの提案をすること自体が“ゴール”だった。約束とはいえ、「やってないならダメ」とは彼女も言わないだろう。そもそも、このマッサージをやること自体に意味はない。この約束は……放課後二人っきりになるための、彼女にとっての時間稼ぎなんだ。午後のあの二人を見ていてそう思った。確実に、僕らに邪魔されないための口実。だって、僕が栞ちゃんにマッサージをしてあげたところで、彼女にはなんのメリットもないはずなんだから。
……それなのに、まさか——本当にやることになるとは。
彼女は髪の毛とスカートの裾を軽く整え、ゆっくりとカーペットに体を預けた。
「こんなところに寝転ぶの、初めて。なんか不思議な感じ」
「放課後は誰も来ないから、僕はよく昼寝してたよ」
「放課後の昼寝って……やっぱり部活サボってるじゃん」
からかうように笑う彼女に釣られて、つい僕も笑ってしまう。もちろん、あの二人のことが気になっていないわけじゃない。けれど、こうして栞ちゃんと他愛のない話を交わせるのが、今の僕には何よりも嬉しかった。久しぶりに、心がふっと軽くなった気がする。
それから僕は、昨日と同じように彼女の右側に座り直し、マッサージの概要を簡単に説明した。効果が出る保証はないこと。下腹部を中心に、手で優しく刺激を加えること——など。
僕の説明を聞きながら、彼女はごく自然な動作でスカートと、その下に履いている体操ズボンを腰より下の位置までずらした。そのさりげなさに反して、僕の鼓動は不自然なほど速まる。けれど今は、そういう目的じゃない。そう自分に改めて言い聞かせ、そっと彼女のお腹に右手を添えた。
温かい——。
スカートで締められていたせいか、籠った体温がじんわりと手のひらに伝わってくる。その熱をやさしく散らすように、僕は手を上下左右へゆっくりと動かしていった。本人からのレクチャーがない今、昨日麻美ちゃんから教わった手順を忠実になぞるしかない。
「ちなみに、今日って痛みはあるの?」
「ううん、今はそうでもないかな。昨日は重かったけどね」
ふふっと笑った彼女の表情は、どこか肩の力が抜けていて、リラックスしているように見えた。緊張しまくっている僕とは、対照的だ。……まあ、痛みが少ないとなると、このマッサージの意味はますます曖昧になるけど。
「そういえば、朝は大丈夫だった?三角さんに連れていかれてたけど」
「あー、うん。一昨日の……元彼とのやり取り、ラインでちょっとだけ話したの。そのことで少し問い詰められた感じ」
「……なるほど」
聞き終えて、それからしばらく僕は、無言のまま揺り続けた。特に気まずさは感じなかった。彼女は目を閉じているし、表情も穏やかに見える。
でも、ふと遅れて、あのときの三角さんの言葉が頭をよぎった。
——絶対に栞を傷つけないでね
あれは、願いなんかじゃない。あの言葉は、静かな“警告”だった。
類は友を呼ぶ、というのは本当らしい。三角さんもまた、彼女と同じくらい他人を想える人だ。けれどその想いの向け方は、あまりに違う。あの人は、優しいからこそ、ためらいなく牙を剥く。
……そんな三角さんが、今この状況を知ったら、どう思うだろう。
僕と栞ちゃんは付き合ってない。そんな関係のまま、誰も来ないパソコン室でふたりきり。しかも三角さんは、放課後僕らが残ることを知っているはずだ。もし、こっそり僕らの後をつけてきていたら?今この瞬間、何の前触れもなく、あのドアが開いたら——
「明希くん」
不意に名前を呼ばれ、思わず手が止まる。
「ど、どうかした?」
「エアコン、つけてもいい?」
「あ、ごめん。暑い?」
「うん……なんか、暑くなってきた」
思いがけない一言に、ふっと全身の力が抜けた。
僕は立ち上がり、ドア横の空調のスイッチを押す。ついでに廊下の様子もそっと確認してみたけれど、やっぱり誰の気配もなかった。
……さすがに、考えすぎだったか。
パソコン室は裏手の木々に囲まれていて、窓には水色のカーテンが引かれている。昨日の生徒会室よりはずっと過ごしやすい。電気をつけるほど暗くもないから、僕にとってはかなり理想的な環境だ。
それでも彼女が「暑い」と言うなら……もしかすると、本当に少しずつ効果が出始めているのかもしれない。
そのまさかの質問は、あからさまに僕を狼狽させた。僕が日中考えていたのは、どう切り出すか。そして、彼女が難色を示した場合の代替案を何にするか。少しでも表情が曇れば、すぐに別の提案をするつもりだった。逆に、それ以外の返しが来ることなんて想定していない。
「そ、そうなの?」
頭が真っ白になった僕は、自分でも驚くほど素の反応を返していた。
「あれ、知ってて言ってるんじゃないの?」
「いや……その辺特に考えてなかった」
ここに来たのは、あくまで麻美ちゃんとの約束がきっかけであって、そんなことは一切知らない。ましてやマッサージのタイミングなんて、考えてすらいなかった。でも、言われてみれば確かに……痛みのある生理前か生理中でないと、意味はない気がする。
間抜けな返しに、あるいは間抜けな顔にだったのか、彼女は「なにそれー」と小さく笑った。
「でもまあ、プールの時にその話したから、わざわざ調べてくれたってことだよね……?」
「いやっ——まあ、そうです」
そのまま事実を言いかけて、でも口止めされていることを思い出して、慌てて誤魔化す。
「じゃあ、せっかくだしやってもらおうかな」
「……あ、ほんとに?」
「効果あるなら、私も嬉しいし。とりあえず、寝転んだらいい?」
「あ……うん」
——拍子抜けしてしまった。
正直、僕にとってはこの場所でこの提案をすること自体が“ゴール”だった。約束とはいえ、「やってないならダメ」とは彼女も言わないだろう。そもそも、このマッサージをやること自体に意味はない。この約束は……放課後二人っきりになるための、彼女にとっての時間稼ぎなんだ。午後のあの二人を見ていてそう思った。確実に、僕らに邪魔されないための口実。だって、僕が栞ちゃんにマッサージをしてあげたところで、彼女にはなんのメリットもないはずなんだから。
……それなのに、まさか——本当にやることになるとは。
彼女は髪の毛とスカートの裾を軽く整え、ゆっくりとカーペットに体を預けた。
「こんなところに寝転ぶの、初めて。なんか不思議な感じ」
「放課後は誰も来ないから、僕はよく昼寝してたよ」
「放課後の昼寝って……やっぱり部活サボってるじゃん」
からかうように笑う彼女に釣られて、つい僕も笑ってしまう。もちろん、あの二人のことが気になっていないわけじゃない。けれど、こうして栞ちゃんと他愛のない話を交わせるのが、今の僕には何よりも嬉しかった。久しぶりに、心がふっと軽くなった気がする。
それから僕は、昨日と同じように彼女の右側に座り直し、マッサージの概要を簡単に説明した。効果が出る保証はないこと。下腹部を中心に、手で優しく刺激を加えること——など。
僕の説明を聞きながら、彼女はごく自然な動作でスカートと、その下に履いている体操ズボンを腰より下の位置までずらした。そのさりげなさに反して、僕の鼓動は不自然なほど速まる。けれど今は、そういう目的じゃない。そう自分に改めて言い聞かせ、そっと彼女のお腹に右手を添えた。
温かい——。
スカートで締められていたせいか、籠った体温がじんわりと手のひらに伝わってくる。その熱をやさしく散らすように、僕は手を上下左右へゆっくりと動かしていった。本人からのレクチャーがない今、昨日麻美ちゃんから教わった手順を忠実になぞるしかない。
「ちなみに、今日って痛みはあるの?」
「ううん、今はそうでもないかな。昨日は重かったけどね」
ふふっと笑った彼女の表情は、どこか肩の力が抜けていて、リラックスしているように見えた。緊張しまくっている僕とは、対照的だ。……まあ、痛みが少ないとなると、このマッサージの意味はますます曖昧になるけど。
「そういえば、朝は大丈夫だった?三角さんに連れていかれてたけど」
「あー、うん。一昨日の……元彼とのやり取り、ラインでちょっとだけ話したの。そのことで少し問い詰められた感じ」
「……なるほど」
聞き終えて、それからしばらく僕は、無言のまま揺り続けた。特に気まずさは感じなかった。彼女は目を閉じているし、表情も穏やかに見える。
でも、ふと遅れて、あのときの三角さんの言葉が頭をよぎった。
——絶対に栞を傷つけないでね
あれは、願いなんかじゃない。あの言葉は、静かな“警告”だった。
類は友を呼ぶ、というのは本当らしい。三角さんもまた、彼女と同じくらい他人を想える人だ。けれどその想いの向け方は、あまりに違う。あの人は、優しいからこそ、ためらいなく牙を剥く。
……そんな三角さんが、今この状況を知ったら、どう思うだろう。
僕と栞ちゃんは付き合ってない。そんな関係のまま、誰も来ないパソコン室でふたりきり。しかも三角さんは、放課後僕らが残ることを知っているはずだ。もし、こっそり僕らの後をつけてきていたら?今この瞬間、何の前触れもなく、あのドアが開いたら——
「明希くん」
不意に名前を呼ばれ、思わず手が止まる。
「ど、どうかした?」
「エアコン、つけてもいい?」
「あ、ごめん。暑い?」
「うん……なんか、暑くなってきた」
思いがけない一言に、ふっと全身の力が抜けた。
僕は立ち上がり、ドア横の空調のスイッチを押す。ついでに廊下の様子もそっと確認してみたけれど、やっぱり誰の気配もなかった。
……さすがに、考えすぎだったか。
パソコン室は裏手の木々に囲まれていて、窓には水色のカーテンが引かれている。昨日の生徒会室よりはずっと過ごしやすい。電気をつけるほど暗くもないから、僕にとってはかなり理想的な環境だ。
それでも彼女が「暑い」と言うなら……もしかすると、本当に少しずつ効果が出始めているのかもしれない。
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