黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実

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第9章 賭け

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「麻美ちゃん……大丈夫?」

「……今、何時?」

 勢いよく起き上がったわりに、彼女はすぐに呼吸を整え、落ち着いた声で栞ちゃんに訊き返した。

「えっと……もうすぐ四時二十分」

 そう言って、栞ちゃんはスマホの画面を見せる。この部屋には時計が無いから、時間を知る手段はそれしかない。

「四時、二十……」

 復唱した声は淡々としているのに、表情は驚きが隠せていなかった。いや、むしろ焦りに近い。その気配を抑えるように一度深く息を吸い、麻美ちゃんは床に座り直す。

「体調……どう?」

「うん。……やっぱり、なんか調子悪いみたい。長居しても迷惑になるし、帰ろうかな」

「あの、大丈夫?送ろうか?」

「大丈夫。明希君はしっかり勉強教えてもらって」

 穏やかな声とは裏腹に、彼女の動きは妙にせわしなかった。荷物を手早くまとめ、残っていたコップのお茶を一気に飲み干し、立ち上がる。見送りも「いいからいいから」と軽く手を振って断り、そのまま足早に部屋を出ていった。


 残された僕らは、自然と顔を見合わせた。もちろん心配ではある。でも、それ以上に——さっきの麻美ちゃんには違和感があった。

「大丈夫かな……?」

 しんとした空間に、栞ちゃんの小さな声が落ちる。僕は答える代わりに、ただ首を傾げた。
 徒歩だと二十分ほど。もし本当に体調が悪いなら、その二十分だってしんどいはずだ。でも——追いかけたら、かえって気を遣わせてしまうかもしれない。それに、ここで勉強を切り上げたら、テストを落とす可能性だってまだある。今日集まった意味を無駄にするわけにはいかない。

 いくつかの考えを整理して、僕は率直に伝えた。栞ちゃんも「……そうだね」と、どこか納得したように頷いた。


 それから僕らは、残り数枚の付箋を片づけることにした。国語と社会はほとんど暗記だから、自然と理科の問題に取りかかることになる。金星の位置だとか、獅子座の方角だとか——方向音痴のせいなのか、天体分野だけやたら解けなかった。

 彼女が付箋に目を通していると、ドアがコンコンと鳴った。今度こそ『お母さんだ』と思って一瞬身構えたけれど、入ってきたのはまさかのお父さんだった。

「おー明希くん、ひっさしぶりやなあ」

 大らかな雰囲気の声に対して、僕は反射的に跳ね起きるようにして挨拶した。小学生の頃に何度か会ったことはあるとはいえ、成長した今では勝手が違う。ましてや彼女の家だ。“娘を狙っている男”と思われても仕方がない。

 幸い、お父さんが来た理由は『麻美ちゃんから状況を聞いたから』であって、『ため』ではなかったらしい。その証拠に——と言っていいのか分からないが——お父さんは快く僕の勉強に協力してくれた。僕が頼んだ、というよりは栞ちゃんが「ちょうどいい」と半ば強制した形だったけれど。



「栞ちゃん、お父さんとも仲良いんだね」

「そうかな?ふつうだと思うけど」

 お父さんが退室してひと段落すると、僕は再び回転椅子に腰を下ろした。脱力した僕とは違い、彼女は軽やかにベッドへ腰掛ける。

「僕は父さんに『月の役』なんて頼みたくないけどなぁ」

 せめて金星役にしてくれてたら、お父さんとあんなにも目を合わせずに済んだのに。

「ふふ。……まぁ、実は男の子が家に来たの初めてだからさ。ソワソワしてたのかなと思って」

「……え!?あの、先輩は?」

「一度も無いよ。というか、彼氏がいたことすら気づいてないと思う」

 先ほどまでのお父さんとのやりとりを見ていたせいで、にわかには信じがたかった。僕には姉も妹もいないから、思春期の女子のなんて分からない。でも、僕の感覚で言うなら——彼女は“異常なほど”よく喋っていた。
 あるいは、もしかすると……全部、僕のためだったのかもしれない。

「ま、言わなくて正解だったね」

 自虐するように、彼女が苦笑いを浮かべる。

「ふっ。まあ、そうだね」

「逆に、明希くんのこと『カレシさん』ですって言えばよかったかな?」

「いやッ、それはちょっと意味合いが——」

 と、その時。彼女は突然ベッドから飛び退くように立ち上がった。まるで虫の気配に気づいたかのような鋭い動きで。

「ど、どうしたの?」

「なんか、音がする」

「音?」

 水色のボックスシーツの上には、枕と毛布しかない。でも、近づいてみると確かに小さな振動音がした。僕は試しに畳まれた毛布をそっとめくる。

 するとそこには、見覚えのある白いスマートフォンが震えていた。


 瞬間、背筋に冷たいものが走った。


 限りなくシンプルで、カバーすら付けていない白色のスマホ……これは、間違いなく麻美ちゃんのものだ。寝転んだ時にポケットから抜けたのか、それとも、邪魔だから毛布の下に隠しておいてそのまま忘れたのか。

 いや、そんなこと今はどうでもいい。問題なのは——
「明希くんの……?」

 彼女が、確認するように僕の顔を覗き込む。

「いや……僕のじゃ、ないよ」

「え?でも麻美ちゃんって、スマホ持ってないよね?」

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