黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実

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第9章 賭け

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「この子は?」

 冷たい口調で、が僕へ視線を向けてくる。歓迎されていないのが明らかな目つきに、胸がぎゅっと強張った。少し考えれば理由も察しがつく。状況はまさに、さっきの河西家と同じだ。お父さんにとって僕は今“娘を狙っている男”なんだ。しかも、濡れたままの彼女と、こんなところで二人きり。娘想いの父親なら、警戒して当然だ。

 すぐに、彼女が僕の代わりに口を開いた。

「高須明希君だよ。ほら、。雨宿りしてたら、ちょうど通りかかったの」

 僕が合わせて頭を下げると、お父さんは「ああ……先週すれ違った子か」と思い出したように言い、目つきも声色も少し和らいだ。

「君も一緒に勉強してたのかい?」

「あ、はい」

「そうか。電話の……栞さんは?一緒じゃないの?」

「僕はちょうど帰り道なので……ひとりで。あ、そうだ——」

 栞ちゃんの名前を聞いたことで、ようやく思い出した。
 バッグから麻美ちゃんのスマホを取り出し、落とさないよう両手で差し出す。

「ごめん、すっかり忘れてた」

 彼女は目を丸くして僕を二度見し、口を少し開いたまま何か言いかけて——結局、黙ってそれを受け取った。いろいろ気になることもあるだろうけど……お父さんがいる以上、ここで長々と話すわけにはいかない。

 それから、彼女はお父さんに促され、「じゃ、また明日ね」と一言だけ残して助手席に乗り込んだ。そこで、僕はふと違和感を覚えた。促しておきながら、お父さん自身が車に向かわない。もしかして怒られるのか——そんな考えがうっすら頭をかすめた。

 ところが僕の緊張を見て取ったのか、お父さんは表情をゆるめ、自販機の方を指差した。

「高須君、何か奢ってあげよう。持ってきてくれたお礼に」

「あ、あぁ……ありがとうございます」

 なんだ、そういうことか。そう思った途端、身体の力が一気に抜けた。

 本音を言えば、雨に打たれたこの状態で欲しいものなんて特になかった。自販機は五台もあるのに、まだ一本も温かい飲み物がない。それでも今さら断れる空気でもなく、悩んだ末、無難に水をお願いした。

 本来なら、ここで解散のはずだ。だけど、お父さんは水を買ったあと、続けてブラックの缶コーヒーを押し、取り出すや否やすぐにプルタブを開けた。そこで、僕はまた同じ種類の違和感に包まれた。

 ——開けるタイミングが、不自然だ。


  そしてその違和感は、今度こそ当たった。お父さんの目的は、僕と少し話をすることだった。


「高須君……いい機会だから訊いておきたい」

 コクっと一口飲み、それから声を落として続ける。

「麻美は、学校ではどうかな? 他の子らと上手くやってるのかな?」

「え? まあ、はい。普通に」

「……そうか。あの子、学校の話は全然してくれなくてね。まあ思春期ならそんなもんだろうけど……でも友達と連絡を取ってる素振りもないんだ。こっちに戻ってひと月経つのに、ほとんど遊びにも出てない。なんというか、思うところがあるんだよ」

「あ、はぁ……」

 一瞬、僕は担任の先生にでもなった気分だった。気持ちは分からなくもないけれど、今それを僕に言われても困る。

 クラスでの彼女は、再会した時から何も変わっていない。誰とでも気さくに話すし、陰口なんて聞いたこともない。男子からは相変わらず大人気で、誰もまだを知らないから、気がありそうな奴は積極的に話しかけている。

 お父さんのどこか釈然としない口ぶりに、僕は“クラスでの彼女の姿”を伝えようと思った。けれど、僕が声を出す前に、お父さんがため息をついて言った。

「気分を変えるだけなら、何もここじゃなくて良かったんだ。おかげで、来年にはまた引っ越さなきゃいけない」

「……えっ!?」

 思わず声が出た。意味が分からなくて——いや、分かってしまったからこそ——驚かずにはいられなかった。

「聞いてなかったのかい?」

「いえ……何も」

「そうか」

 僕の絶望的な声とは裏腹に、お父さんの口調はあっさりしていた。

「麻美は前の中学の附属高校に進学する予定なんだ。でも、事故で妻を亡くしてから、あの子はどんどん憔悴してしまってね。その結果今に至る。しばらくあの場所から離れられて、かつ友達のいるこの町。麻美がここを選んだ。けど、残念ながら永住はできない。俺には仕事があるし、これでも一応経営者だ。いつまでもこんなところに住んでいられないんだよ。幸い、転校前に学校側と話はつけてあるから、その点は心配いらない」

「そ、それ……立石さんは知ってるんですか?」

「もちろん」

 当然だと言わんばかりだった。そのあっけらかんとした口ぶりが、余計に胸に重くのしかかった。

「まあ、冷静に考えれば、麻美は育った土壌が違うんだ。ここの子らと話が合わなくても仕方がない。幼馴染の栞さんはえらく優秀らしいから、ウマが合うんだろう。あと唯一、俺が懸念しているのは……」

 投げやりにコーヒーをグビっと飲み、鋭い目を僕に向けた。

「変な男がちょっかい出してないか、ってことかな」

 瞬間、心臓がドキッ——と萎縮した。まるで、僕個人を牽制しているような口ぶりだった。

「どうだい? そういう相手はいそうかい? 君の目から見て」

「……い、いえ」

 僕は何も言えなかった。

 自分のことはもちろん、浩大のことも、男子から人気があることさえも——何一つ言えなかった。

 もしさっき、深く考えずにそのまま口にしていたら……お父さんはどんな表情をしただろう。あの見た目なんだ、人気がない方がおかしい。けれど、その事実を伝えたところで、良い方向に転がる未来があるとは到底思えなかった。

「はは。まあ、あの子はかなり大人びてるし、まだ恋愛なんて興味無いだろうね。もっとも、下手に彼氏なんてつくられても困るんだけど。それが原因で引っ越しを拒まれでもしたら、面倒だから」

 お父さんは不敵な笑みを浮かべ、缶の残りを飲み干した。

「悪かったね、つまらないことを訊いて。君なら客観的な話が聞けるかと思ったんだ。ま、残り短い期間だけど、あの子と程よく仲良くしてあげてくれ」

 ポンっと僕の肩を叩き、お父さんは満足げに車へと向かった。



 車がUターンして颯爽と走り去った後、僕はなんとも複雑な気持ちでしばらくその場に立ち尽くした。

 一日で二人の女子の父親に会った……その疲労感は確かにある。けれど、それ以上に押し寄せるのは、どうしようもない絶望感だった。残酷な現実を突きつけられた気分だった。

 来年には、彼女は居なくなる。それに、お父さんのあの容姿、そして言動——思い返すほど、今の僕らの関係は非現実的で……滑稽だ。僕と彼女は、まるで住む世界が違うんだと言われているような気さえする。しかも、それは残念ながら事実だ。

 美人は美男と結ばれる——それは至極当然のことで、麻美ちゃんもそういう相手を選ぶだろう。


 ——むしろ、だからこそ、彼女は今恋愛を俯瞰しているのではないか。


 お父さんの言う通り、彼女にとって、まだ“そういう異性”が現れていないだけなら……。いや、よそう。これまで、何度も何度も自分に言い聞かせているはずだ。

 そんなことを考えること自体——おこがましい話なんだ、と。
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