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第10章 転
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——いや、待て。少し冷静になれ。
彼女がここまで平然と言ってくるんだ。万が一にも、やましいことなわけがない。
前回の失敗は、僕がアクションを起こしたせいだ。今回は、栞ちゃんの望む形で振る舞えばいい。ただのんびり話がしたいだけなら、僕はその通りにする。そうすれば、前回のようなことには絶対ならない。
彼女の望む状況での話……もしかして……告、白——?
「はい静まれー。じゃあ解説していくぞ」
山本先生の一声で、賑わっていた教室が急に静かになっていく。
僕は決意を固めた。
「いや、大丈夫。放課後そのまま、でいいよね?」
緊張で声が震えそうになりながらも、僕は何とか小声で言い切った。
彼女は、笑顔で頷いた。
以降の授業は一切頭に入ってこなかった。幸い、五限の残りはほとんどテストの復習だったし、六限目は道徳の授業だった。僕は、ある意味では初めて『道徳』が役に立ったと思った。隙あらば入り込もうとする黒い感情は、『思いやりを育もう』とする授業内容のおかげで、ほんの少し影を潜めてくれた。まあ、結果的に相殺し合ったような形で、頭には何も入ってないけど。
下校のチャイムが鳴り、教室中から一斉に椅子の擦れる音が響く。僕も緊張しながら席を立ち、彼女を待った。
しかし、彼女が立ち上がるよりも先に、僕は突然、肩を叩かれた。
「明希、ちょっといいか」
浩大だった。何やら忙しない様子で、僕をベランダへと促す。やりとりに気づいた栞ちゃんは、すぐに察してくれたようで、「先に降りてるよ」という感じの相槌を僕に打ってくれた。
「どうしたんだ?急に」
いつも通り、僕らはコンクリートの縁に横並びで座った。問いかけるとすぐ、浩大の腕が僕の肩にまわり、顔をぐっと近づけてくる。
「俺、ちょっと立石さんの家、行ってみようと思う」
「……はぁ!?」
突拍子もないことを言い出したため、僕は思わず顔を引き、浩大を見返した。
「なんで? どうして急に?」
「どうしてって……やっぱ心配じゃねえかよ。アイスの差し入れでもしてやろうと思ってさ。一番立石さんを愛する者として」
「あ……はあ」
さらりと添えられた一言が、二重の意味で僕の心をえぐる。
浩大には、日曜の出来事はすでに話していた。栞ちゃんの家で三人で勉強会をしたこと。麻美ちゃんは体調が悪くなって途中で帰ったこと。心配で後を追いかけて、そこで彼女のお父さんにも会ったこと。
けれど、彼女がその時スマホを持っていたことと、お父さんとの会話の内容は、まだ伏せてある。それについては、栞ちゃんにすら話せていない。
つまり、二人はまだ——彼女がまた来年、引っ越してしまうことを知らない。そして何より、彼女のお父さんが異性関係を気にしていたことも。
「でも……急に来られたら麻美ちゃんも困るだろ?」
「お前、河西さんが見舞いに来たとき、迷惑だったか?」
「いや、迷惑はしてないけど……でも、そもそも家は?知らないよな?」
「知らねえけど、お前ん家の先のアパートで、ベランダにりんごの入れ物がある部屋だろ?そこまで分かってりゃ特定できるわ」
祭りの日に共有した話も、どうやらしっかり覚えていたらしい。
あのお父さんからしてみれば、浩大みたいな男が一番絡んでほしくないタイプだろう。もし接触があれば——いや、家に来たことが知れただけでも、面倒なことになるのは間違いない。
厄介なのは、コイツが『尋ねても問題ない』という確信を持っていること。しかも、その確信の根拠を、僕に対して説明できない。だから、知らないテイで話している僕の助言なんて、聞くわけがないんだ。
「でよ、こんな大事な時なのに、俺これから職員室行かなきゃならねんだ。すぐ解放されるとは思うけど、念の為チャリ貸してくれねえか?終わった後はお前ん家に返しとくからよ」
「いや、自分のは?」
「先週末異音が鳴り出して、そしたら昨日、チェーンがぶっ壊れた。タイミングくそすぎるだろ?あ、だからもし立石さん復活したら今週末も貸してくれ。デートの約束してんだ」
話を聞けば聞くほど、それはいよいよ『行くな』と言われているような気がしてならなかった。でも、肝心の頼みが些細なだけに、それを断るような大層な理由も、僕にはない。そもそも、この熱量からして、コイツは間違いなく走ってでも行くだろう。それならむしろ、早く行けるように手助けした方が、少なくともお父さんと会う確率は下げられる。
「じゃあ、一つだけ約束してくれ。もしお父さんが居そうだったら、潔く諦めること」
「なんでよ?」
「いや、あの……この間会ったとき、何というか……結構、厳しそうな人だったから。お前が一人で行くのはマズいと思う」
「……なるほど。確かに近所のお前はまだしも、俺は危ういな……イケメンだし」
まるで状況を理解してなさそうな発言に、僕は呆れつつも鍵を差し出した。
「わかったから、まずはさっさと怒られてこい」
僕は僕で、栞ちゃんを待たせている。これ以上、悠長に喋っていられない。
浩大と別れたあと、スマホを確認すると、彼女からメッセージが届いていた。
【栞:先に公民館向かって歩いてるね】
彼女がここまで平然と言ってくるんだ。万が一にも、やましいことなわけがない。
前回の失敗は、僕がアクションを起こしたせいだ。今回は、栞ちゃんの望む形で振る舞えばいい。ただのんびり話がしたいだけなら、僕はその通りにする。そうすれば、前回のようなことには絶対ならない。
彼女の望む状況での話……もしかして……告、白——?
「はい静まれー。じゃあ解説していくぞ」
山本先生の一声で、賑わっていた教室が急に静かになっていく。
僕は決意を固めた。
「いや、大丈夫。放課後そのまま、でいいよね?」
緊張で声が震えそうになりながらも、僕は何とか小声で言い切った。
彼女は、笑顔で頷いた。
以降の授業は一切頭に入ってこなかった。幸い、五限の残りはほとんどテストの復習だったし、六限目は道徳の授業だった。僕は、ある意味では初めて『道徳』が役に立ったと思った。隙あらば入り込もうとする黒い感情は、『思いやりを育もう』とする授業内容のおかげで、ほんの少し影を潜めてくれた。まあ、結果的に相殺し合ったような形で、頭には何も入ってないけど。
下校のチャイムが鳴り、教室中から一斉に椅子の擦れる音が響く。僕も緊張しながら席を立ち、彼女を待った。
しかし、彼女が立ち上がるよりも先に、僕は突然、肩を叩かれた。
「明希、ちょっといいか」
浩大だった。何やら忙しない様子で、僕をベランダへと促す。やりとりに気づいた栞ちゃんは、すぐに察してくれたようで、「先に降りてるよ」という感じの相槌を僕に打ってくれた。
「どうしたんだ?急に」
いつも通り、僕らはコンクリートの縁に横並びで座った。問いかけるとすぐ、浩大の腕が僕の肩にまわり、顔をぐっと近づけてくる。
「俺、ちょっと立石さんの家、行ってみようと思う」
「……はぁ!?」
突拍子もないことを言い出したため、僕は思わず顔を引き、浩大を見返した。
「なんで? どうして急に?」
「どうしてって……やっぱ心配じゃねえかよ。アイスの差し入れでもしてやろうと思ってさ。一番立石さんを愛する者として」
「あ……はあ」
さらりと添えられた一言が、二重の意味で僕の心をえぐる。
浩大には、日曜の出来事はすでに話していた。栞ちゃんの家で三人で勉強会をしたこと。麻美ちゃんは体調が悪くなって途中で帰ったこと。心配で後を追いかけて、そこで彼女のお父さんにも会ったこと。
けれど、彼女がその時スマホを持っていたことと、お父さんとの会話の内容は、まだ伏せてある。それについては、栞ちゃんにすら話せていない。
つまり、二人はまだ——彼女がまた来年、引っ越してしまうことを知らない。そして何より、彼女のお父さんが異性関係を気にしていたことも。
「でも……急に来られたら麻美ちゃんも困るだろ?」
「お前、河西さんが見舞いに来たとき、迷惑だったか?」
「いや、迷惑はしてないけど……でも、そもそも家は?知らないよな?」
「知らねえけど、お前ん家の先のアパートで、ベランダにりんごの入れ物がある部屋だろ?そこまで分かってりゃ特定できるわ」
祭りの日に共有した話も、どうやらしっかり覚えていたらしい。
あのお父さんからしてみれば、浩大みたいな男が一番絡んでほしくないタイプだろう。もし接触があれば——いや、家に来たことが知れただけでも、面倒なことになるのは間違いない。
厄介なのは、コイツが『尋ねても問題ない』という確信を持っていること。しかも、その確信の根拠を、僕に対して説明できない。だから、知らないテイで話している僕の助言なんて、聞くわけがないんだ。
「でよ、こんな大事な時なのに、俺これから職員室行かなきゃならねんだ。すぐ解放されるとは思うけど、念の為チャリ貸してくれねえか?終わった後はお前ん家に返しとくからよ」
「いや、自分のは?」
「先週末異音が鳴り出して、そしたら昨日、チェーンがぶっ壊れた。タイミングくそすぎるだろ?あ、だからもし立石さん復活したら今週末も貸してくれ。デートの約束してんだ」
話を聞けば聞くほど、それはいよいよ『行くな』と言われているような気がしてならなかった。でも、肝心の頼みが些細なだけに、それを断るような大層な理由も、僕にはない。そもそも、この熱量からして、コイツは間違いなく走ってでも行くだろう。それならむしろ、早く行けるように手助けした方が、少なくともお父さんと会う確率は下げられる。
「じゃあ、一つだけ約束してくれ。もしお父さんが居そうだったら、潔く諦めること」
「なんでよ?」
「いや、あの……この間会ったとき、何というか……結構、厳しそうな人だったから。お前が一人で行くのはマズいと思う」
「……なるほど。確かに近所のお前はまだしも、俺は危ういな……イケメンだし」
まるで状況を理解してなさそうな発言に、僕は呆れつつも鍵を差し出した。
「わかったから、まずはさっさと怒られてこい」
僕は僕で、栞ちゃんを待たせている。これ以上、悠長に喋っていられない。
浩大と別れたあと、スマホを確認すると、彼女からメッセージが届いていた。
【栞:先に公民館向かって歩いてるね】
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