黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実

文字の大きさ
89 / 102
第11章 熟す

しおりを挟む
 栞ちゃんの言う公園とは、町で一番大きな運動公園のことだ。その辺にある小規模な公園とは違って、敷地面積はかなり広い。遊具広場に野球場、多目的グラウンド、それに芝スキー場まで揃っている。

 予定の二十分前に着いた僕は、グラウンド脇の少し奥まったところから、街の景色を眺めていた。山を切り崩してできたような地形だから、ずっと先の都心部まで見渡せる。夕方と夜の境界が水平線上で交差するこの瞬間は、とても幻想的で、張り詰めた気持ちを少しだけ緩めてくれる。


「もう来てたんだ」

 彼女が姿を見せたのは、ちょうど太陽が沈んだ頃だった。

 天然芝に覆われた地面のせいか、僕は彼女の足音に気づかなかった。第一声は昨日から決めていたのに、その突然の近さに「うおッ!」と声を荒げてしまった。

「ふふ。こないだの仕返し」

 夜景がうっすら照らす表情も、その声も、僕が思っていた以上に穏やかだった。無邪気な色はないけれど、おっとりとしていて、いつもよりずっと落ち着いて見える。

「疲れたでしょ。向こうのベンチに行こ」

「あ、うん」

 ゆっくりと歩く彼女の後ろを、僕は無言でついて行った。長袖のパーカーにロングスカートという、見慣れない格好。それは、大人びた雰囲気をより強くしているのは間違いない。けれど、同時に、僕は言いようもない哀愁を感じてしまう。冷たい風がスカートを揺らし、乾燥した空気が鼻を抜ける——この場所には、完全な“秋”が訪れているんだ。

 東屋あずまやの影に隠れたベンチに腰掛けると、彼女はパーカーの中にしまっていた長い髪を外に靡かせた。先程とは違い、目の前のフェンスは木々に覆われ、向こう側の景色はほとんど見えない。園内にある遠くの街灯が、僕らのシルエットを照らすのみ。

「ごめんね、こんな時間で。何も言われなかった?」

「いやっ、僕は全然。大丈夫だよ」

「そっか。……どうしても、面と向かって話す勇気が出なくて」

 その一言が、冷たい隙間風のように心に入り込んでくる。

「僕の方こそ、ごめん。ずっと隠してて。とても、栞ちゃん“本人には”……話せなかった」

 僕の言葉に違和感を覚えたのだろう。彼女のシルエットが首を傾げている。

「本人って……?水着と私、関係あるの?」

「いや、直接は関係ない。でも——」


 覚悟を決めるように、僕は大きく深呼吸して、言った。


「元を辿ったら、始まりは栞ちゃんなんだ」

 僕がどうして麻美ちゃんの水着を持っているのか——それ自体は、そこまで後ろめたい話でもない。けれど、それを説明したところで、それはもはや根本の解決にはならない。あくまで、彼女が抱いている疑問のが、解消されるだけ。

 誠意を示すにはもう、事のを話すしかない。

「……どういう、こと?」

「僕は、麻美ちゃんに、秘密を知られてるんだ」

 そこまで言った途端に——吐きそうになるほどの緊張に襲われた。

「な、なに……?」

 怪訝な口調が、さらに次の言葉を躊躇わせる。


 ——でも、ここまで話したら、もう引き返せない。


「始業式の日の放課後……撮られたんだ。僕が、栞ちゃんの体操服を匂ってるところ」


 言いながら、自分でも改めて気持ち悪いと思った。不快、なんてもんじゃない。人によっては、「生理的に無理」とすぐさま僕と距離を取るだろう。それくらいのことを、僕は犯したんだ。


 はっきりと表情は見えないのに、僕は彼女を直視できなかった。下を向いて、ただ彼女の言葉を待った。
 判決を待つ犯罪者とは、こんな心境なのだろうか——。
 時間の感覚が狂うほどの長い数秒間で、そんなことを思った。



「……ふふっ。それで?」


 心臓の鼓動が、止まった気がした。
 ここまで頭が混乱したのは、生まれて初めてかもしれない。

 僕は口をぽかんと開けて、今度は彼女を見ていた。彼女も僕を見ていた。首を傾げたままだった。

「そ、それで……?」

「話、終わりなの?」

「あ、いや——そうじゃなくて……」

 全神経で身構えていた分、次の言葉の準備なんてしていなかった。

 そんな僕に、彼女は囁くように言った。

「私別に、そんなことで驚かないよ?彼氏に『男はこういうもんだ』って話、色々聞かされてたから。まあ、さすがに先生とか、大の大人にそれされたら嫌だけど」

 一気に、全身の力が抜けた。ずっと心の片隅にあった彼女への後ろめたさが、まさかこんな形で消えるとは——想像すらしていなかった。
 そして、こんなこと死んでも思いたくなかったけれど……その一点だけに関しては、どうやらあの先輩に感謝しなければならないらしい。

「それよりさ、それいつからしてたの?」

「いや……その、一回だけ」

「えっ?たまたまその一回を、麻美ちゃんに見られたってこと?」

「……はい。その通りです」

「ふふ、そっか。じゃあ、バチが当たったんだ」

 彼女は、まるで他人事のように笑う。

「でも、なるほどね。じゃあ明希くんは、あの白いスマホで写真?を撮られたんだ。麻美ちゃんがスマホ持ってることは、やっぱり知ってたんだね」

「あ、うん。……え?やっぱり?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

高校生なのに娘ができちゃった!?

まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!? そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?

宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。 栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。 その彼女に脅された。 「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」 今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。 でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる! しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ?? 訳が分からない……。それ、俺困るの?

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

陰キャの俺が学園のアイドルがびしょびしょに濡れているのを見てしまった件

暁ノ鳥
キャラ文芸
陰キャの俺は見てしまった。雨の日、校舎裏で制服を濡らし恍惚とする学園アイドルの姿を。「見ちゃったのね」――その日から俺は彼女の“秘密の共犯者”に!? 特殊な性癖を持つ彼女の無茶な「実験」に振り回され、身も心も支配される日々の始まり。二人の禁断の関係の行方は?。二人の禁断の関係が今、始まる!

処理中です...