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第11章 熟す
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栞ちゃんの言う公園とは、町で一番大きな運動公園のことだ。その辺にある小規模な公園とは違って、敷地面積はかなり広い。遊具広場に野球場、多目的グラウンド、それに芝スキー場まで揃っている。
予定の二十分前に着いた僕は、グラウンド脇の少し奥まったところから、街の景色を眺めていた。山を切り崩してできたような地形だから、ずっと先の都心部まで見渡せる。夕方と夜の境界が水平線上で交差するこの瞬間は、とても幻想的で、張り詰めた気持ちを少しだけ緩めてくれる。
「もう来てたんだ」
彼女が姿を見せたのは、ちょうど太陽が沈んだ頃だった。
天然芝に覆われた地面のせいか、僕は彼女の足音に気づかなかった。第一声は昨日から決めていたのに、その突然の近さに「うおッ!」と声を荒げてしまった。
「ふふ。こないだの仕返し」
夜景がうっすら照らす表情も、その声も、僕が思っていた以上に穏やかだった。無邪気な色はないけれど、おっとりとしていて、いつもよりずっと落ち着いて見える。
「疲れたでしょ。向こうのベンチに行こ」
「あ、うん」
ゆっくりと歩く彼女の後ろを、僕は無言でついて行った。長袖のパーカーにロングスカートという、見慣れない格好。それは、大人びた雰囲気をより強くしているのは間違いない。けれど、同時に、僕は言いようもない哀愁を感じてしまう。冷たい風がスカートを揺らし、乾燥した空気が鼻を抜ける——この場所には、完全な“秋”が訪れているんだ。
東屋の影に隠れたベンチに腰掛けると、彼女はパーカーの中にしまっていた長い髪を外に靡かせた。先程とは違い、目の前のフェンスは木々に覆われ、向こう側の景色はほとんど見えない。園内にある遠くの街灯が、僕らのシルエットを照らすのみ。
「ごめんね、こんな時間で。何も言われなかった?」
「いやっ、僕は全然。大丈夫だよ」
「そっか。……どうしても、面と向かって話す勇気が出なくて」
その一言が、冷たい隙間風のように心に入り込んでくる。
「僕の方こそ、ごめん。ずっと隠してて。とても、栞ちゃん“本人には”……話せなかった」
僕の言葉に違和感を覚えたのだろう。彼女のシルエットが首を傾げている。
「本人って……?水着と私、関係あるの?」
「いや、直接は関係ない。でも——」
覚悟を決めるように、僕は大きく深呼吸して、言った。
「元を辿ったら、始まりは栞ちゃんなんだ」
僕がどうして麻美ちゃんの水着を持っているのか——それ自体は、そこまで後ろめたい話でもない。けれど、それを説明したところで、それはもはや根本の解決にはならない。あくまで、彼女が抱いている疑問の一つが、解消されるだけ。
誠意を示すにはもう、事の始まりを話すしかない。
「……どういう、こと?」
「僕は、麻美ちゃんに、秘密を知られてるんだ」
そこまで言った途端に——吐きそうになるほどの緊張に襲われた。
「な、なに……?」
怪訝な口調が、さらに次の言葉を躊躇わせる。
——でも、ここまで話したら、もう引き返せない。
「始業式の日の放課後……撮られたんだ。僕が、栞ちゃんの体操服を匂ってるところ」
言いながら、自分でも改めて気持ち悪いと思った。不快、なんてもんじゃない。人によっては、「生理的に無理」とすぐさま僕と距離を取るだろう。それくらいのことを、僕は犯したんだ。
はっきりと表情は見えないのに、僕は彼女を直視できなかった。下を向いて、ただ彼女の言葉を待った。
判決を待つ犯罪者とは、こんな心境なのだろうか——。
時間の感覚が狂うほどの長い数秒間で、そんなことを思った。
「……ふふっ。それで?」
心臓の鼓動が、止まった気がした。
ここまで頭が混乱したのは、生まれて初めてかもしれない。
僕は口をぽかんと開けて、今度は彼女を見ていた。彼女も僕を見ていた。首を傾げたままだった。
「そ、それで……?」
「話、終わりなの?」
「あ、いや——そうじゃなくて……」
全神経で身構えていた分、次の言葉の準備なんてしていなかった。
そんな僕に、彼女は囁くように言った。
「私別に、そんなことで驚かないよ?前の彼氏に『男はこういうもんだ』って話、色々聞かされてたから。まあ、さすがに先生とか、大の大人にそれされたら嫌だけど」
一気に、全身の力が抜けた。ずっと心の片隅にあった彼女への後ろめたさが、まさかこんな形で消えるとは——想像すらしていなかった。
そして、こんなこと死んでも思いたくなかったけれど……その一点だけに関しては、どうやらあの先輩に感謝しなければならないらしい。
「それよりさ、それいつからしてたの?」
「いや……その、一回だけ」
「えっ?たまたまその一回を、麻美ちゃんに見られたってこと?」
「……はい。その通りです」
「ふふ、そっか。じゃあ、バチが当たったんだ」
彼女は、まるで他人事のように笑う。
「でも、なるほどね。じゃあ明希くんは、あの白いスマホで写真?を撮られたんだ。麻美ちゃんがスマホ持ってることは、やっぱり知ってたんだね」
「あ、うん。……え?やっぱり?」
予定の二十分前に着いた僕は、グラウンド脇の少し奥まったところから、街の景色を眺めていた。山を切り崩してできたような地形だから、ずっと先の都心部まで見渡せる。夕方と夜の境界が水平線上で交差するこの瞬間は、とても幻想的で、張り詰めた気持ちを少しだけ緩めてくれる。
「もう来てたんだ」
彼女が姿を見せたのは、ちょうど太陽が沈んだ頃だった。
天然芝に覆われた地面のせいか、僕は彼女の足音に気づかなかった。第一声は昨日から決めていたのに、その突然の近さに「うおッ!」と声を荒げてしまった。
「ふふ。こないだの仕返し」
夜景がうっすら照らす表情も、その声も、僕が思っていた以上に穏やかだった。無邪気な色はないけれど、おっとりとしていて、いつもよりずっと落ち着いて見える。
「疲れたでしょ。向こうのベンチに行こ」
「あ、うん」
ゆっくりと歩く彼女の後ろを、僕は無言でついて行った。長袖のパーカーにロングスカートという、見慣れない格好。それは、大人びた雰囲気をより強くしているのは間違いない。けれど、同時に、僕は言いようもない哀愁を感じてしまう。冷たい風がスカートを揺らし、乾燥した空気が鼻を抜ける——この場所には、完全な“秋”が訪れているんだ。
東屋の影に隠れたベンチに腰掛けると、彼女はパーカーの中にしまっていた長い髪を外に靡かせた。先程とは違い、目の前のフェンスは木々に覆われ、向こう側の景色はほとんど見えない。園内にある遠くの街灯が、僕らのシルエットを照らすのみ。
「ごめんね、こんな時間で。何も言われなかった?」
「いやっ、僕は全然。大丈夫だよ」
「そっか。……どうしても、面と向かって話す勇気が出なくて」
その一言が、冷たい隙間風のように心に入り込んでくる。
「僕の方こそ、ごめん。ずっと隠してて。とても、栞ちゃん“本人には”……話せなかった」
僕の言葉に違和感を覚えたのだろう。彼女のシルエットが首を傾げている。
「本人って……?水着と私、関係あるの?」
「いや、直接は関係ない。でも——」
覚悟を決めるように、僕は大きく深呼吸して、言った。
「元を辿ったら、始まりは栞ちゃんなんだ」
僕がどうして麻美ちゃんの水着を持っているのか——それ自体は、そこまで後ろめたい話でもない。けれど、それを説明したところで、それはもはや根本の解決にはならない。あくまで、彼女が抱いている疑問の一つが、解消されるだけ。
誠意を示すにはもう、事の始まりを話すしかない。
「……どういう、こと?」
「僕は、麻美ちゃんに、秘密を知られてるんだ」
そこまで言った途端に——吐きそうになるほどの緊張に襲われた。
「な、なに……?」
怪訝な口調が、さらに次の言葉を躊躇わせる。
——でも、ここまで話したら、もう引き返せない。
「始業式の日の放課後……撮られたんだ。僕が、栞ちゃんの体操服を匂ってるところ」
言いながら、自分でも改めて気持ち悪いと思った。不快、なんてもんじゃない。人によっては、「生理的に無理」とすぐさま僕と距離を取るだろう。それくらいのことを、僕は犯したんだ。
はっきりと表情は見えないのに、僕は彼女を直視できなかった。下を向いて、ただ彼女の言葉を待った。
判決を待つ犯罪者とは、こんな心境なのだろうか——。
時間の感覚が狂うほどの長い数秒間で、そんなことを思った。
「……ふふっ。それで?」
心臓の鼓動が、止まった気がした。
ここまで頭が混乱したのは、生まれて初めてかもしれない。
僕は口をぽかんと開けて、今度は彼女を見ていた。彼女も僕を見ていた。首を傾げたままだった。
「そ、それで……?」
「話、終わりなの?」
「あ、いや——そうじゃなくて……」
全神経で身構えていた分、次の言葉の準備なんてしていなかった。
そんな僕に、彼女は囁くように言った。
「私別に、そんなことで驚かないよ?前の彼氏に『男はこういうもんだ』って話、色々聞かされてたから。まあ、さすがに先生とか、大の大人にそれされたら嫌だけど」
一気に、全身の力が抜けた。ずっと心の片隅にあった彼女への後ろめたさが、まさかこんな形で消えるとは——想像すらしていなかった。
そして、こんなこと死んでも思いたくなかったけれど……その一点だけに関しては、どうやらあの先輩に感謝しなければならないらしい。
「それよりさ、それいつからしてたの?」
「いや……その、一回だけ」
「えっ?たまたまその一回を、麻美ちゃんに見られたってこと?」
「……はい。その通りです」
「ふふ、そっか。じゃあ、バチが当たったんだ」
彼女は、まるで他人事のように笑う。
「でも、なるほどね。じゃあ明希くんは、あの白いスマホで写真?を撮られたんだ。麻美ちゃんがスマホ持ってることは、やっぱり知ってたんだね」
「あ、うん。……え?やっぱり?」
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