黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実

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第11章 熟す

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「私のベッドでスマホ見つけた時、なんかぎこちなかったから」

 安心したのも束の間、今度は胸の奥がすっと冷えた。

 彼女は人をよく見ている——それは分かっているつもりだった。でも、どうやら彼女は、僕が思っていた以上に鋭かった。あれで気づくなら……僕はいったい、今までいくつ疑問を抱かれていたんだ?

「じゃあ明希くんは、ずっと連絡取ってたの?麻美ちゃんと」

 逃げ場のない問いが、飛んできた。

 昨日、ずっと頭の中で整理していたけれど、僕が口止めされていることは——実はほとんど無い。ただ、そのうちの一つが“ライン”だ。今更それを隠して何になる?とは正直思う。でも、残っている秘密が少ないからこそ、そう易々とは白状できない。

「うん……でもで。それに、麻美ちゃんが連絡してきた時だけだから、片手で数える程度だけど」

 “ライン”を“電話”に変えたところで、特に矛盾が生じることはない。それでも、ここにきてまだウソをつくのは、心が痛む。今は表情が見えないというのが……せめてもの救いだ。

「そっかそっか。……なんとなーく、繋がってきた。今までのこと」

 彼女は立ち上がり、ゆっくりとフェンスへ近づいていく。

「麻美ちゃんは、私たちの仲を良くしてくれようとしてたんだね」

「……うん。そうだと思う」

「昼休み、四人目に私を誘ってくれたのも……プールで二人きりになるよう仕向けたのも……お見舞いの時、急に私を一人で行かせたのも……全部、そういうことだったんだ」

 まるで独り言のように、彼女は呟いた。僕に話しているというより、風に揺れる枝葉に語りかけているようだった。

「なんか、それ知ったら……あとはどうでも良くなってきた」

「……え?」

 言うなり、今度はクルッと振り返って、フェンスに体を預ける。

「ロッカーの番号を私の誕生日にしてたのは、麻美ちゃんの指示?」

「いや、それは僕が……そうしてただけ」

「水着を入れてたのは?」

「えっと……『預かってて』って、渡されたから」

「プール行った日に?」

「え……?そう、だけど」

「だよね。うん……もう十分」

 彼女は変に納得した様子だった。でも、僕は逆に混乱した。何がどう十分なのか、全然理解できない。

 そんな混乱をよそに、彼女は僕に詰め寄り、僕の手を取った。

「明希くんは、ただ麻美ちゃんの言う通りにしてただけ。そうでしょ?」

「あ……うん」

 彼女の手が、僕をベンチから引っ張り上げ、そのまま東屋の外に連れ出す。出た瞬間——見えなかったはずの素顔を、夜へと傾いたばかりの空が、うっすら照らした。

「麻美ちゃんに気持ちがあるわけじゃ、ないんだよね?」

 穏やかに、でも確認するように、つぶやいた。薄暗がりの中でも、僕の目をじっと見つめて、離さない。

 僕は、首を縦に振った。

 その直後——。彼女の体がフェンスに達し、その勢いのまま、僕は彼女を包み込んだ。鼻をかすめる髪の匂い、触れ合う頬の温もり、胸に響く心臓の鼓動……それらが、一気に伝わってくる。

「昨日、私思ったんだ。ちゃんと順序踏まなかったから、バチが当たったのかなって」

 密着した頬が、ゆっくりと離れていく。

「明希くん……私を見て」

 彼女が、息を混ぜるように囁いた。唇が触れそうな距離で、僕は——彼女を見た。



「私と……付き合ってくれますか?」



 その表情は、僕が今まで見たどの瞬間よりも——優しくて、綺麗で……幻想的だった。


「……うん。……こちらこそ」


 僕は、風にかき消されそうなほどの声で、答えた。

 頭の中は、まだ落ち着いてない。けど、もう……何も考える必要なんてない。悩む理由も、もうない。ここで断る理由は、もう微塵も無いんだ。
 これは、僕がずっと——望んでいた結果なんだから。

「……ふふっ。やっとさんだ」

 彼女は、表情を緩めて笑った。自然と僕も笑みが溢れた。
 一昨日のような、あんな悲しい表情はもうさせられない。この笑顔を、僕は守らないといけない。瞬間的に、そう思わされた。

「明希くんって、なんか……近いと無口になるね?」

「あっ、ごめん。いや……いまいち実感がなくて」

「……私も、一年前はそんな感じだったよ。今回は、ちゃんとだけど」

 彼女の口から初めてその言葉を聞いて、僕はいよいよ実感が湧かなくなった。これは夢なんじゃないか、という疑問が何度も頭に反響する。今日ここに来た理由を考えたら、そんなの当然かもしれないけど。


 それから、僕はまた彼女に引っ張られながら、最初の場所に戻った。
 やっぱり、ここから見る景色は綺麗だ。それだけじゃない。彼女の素顔も、より鮮明に、より綺麗に映る。

「さて。それじゃ、話してもらおうかな。始業式の日のこと」

 彼女の雰囲気は、今日初めて会った時とは別人のようだった。全てを受け入れてくれそうなその表情に、僕もつい甘えそうになった。でも、さすがに言えないこともある。
 僕は、その線引きをしつつ、彼女が疑問に思ってそうなことをかいつまんで話した。なぜあの日、手を出してしまったのか。なぜ麻美ちゃんが、教室に来たのか。なぜ、彼女の存在に気づかなかったのか——。
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