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第11章 熟す
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出口から広場までは、歩いてもザッと五分はかかる。でも、火照った頭を冷やすには、むしろ全然足りない。この数十分の間、精神だけがジェットコースターに乗せられたような感覚で、今は降りた直後。喜びと動揺と後ろめたさ——いくつもの感情が、脳内を駆け回っている。
栞ちゃんが、僕の彼女……いまだに信じられないし、嬉しい。けれど、僕にはやはり全てを曝け出す勇気がなかった。それが、「信じるから」と言ってくれた彼女への“裏切り”のような気がして、大きな罪悪感として、胸の奥に残っている。
あの話に嘘はない。けれど——核となる部分は、ほとんど伏せてしまった。
告白したその子に対して、“好意”がないわけじゃなかった。可愛いなとは思ったし、話していて楽しかった。でも、好意だけで言えば、同じクラスの子の方が上だった。栞ちゃんを除いて、もし付き合えるなら、僕はその子がよかった。まあ……あくまで妄想の話だけど。
そんな感情の中で、ある時から、僕は度々男子から持てはやされるようになった。その別クラスの子が、僕のことを好きらしい——そんな噂が流れている、と。
噂が流れ始めたとき、実際にそれが事実だったのかは分からない。けれど、一度それが耳に入れば、当然意識してしまう。それは向こうも同じだったと思う。段々その子の雰囲気は変わっていった。確かに、僕に好意を持ってくれているようだった。
問題なのは、こういう一度高ぶった空気感は、そう長くは続かないってこと。それは、入学早々に起こったあのくだらないイベントのお陰で、既に知っていた。浩大がそうだったように、タイミングというのはすごく重要なんだ。
つまり——僕は“その子と付き合うかどうか”という選択に迫られた。
多少の好意があったのは、間違いない。けれど、それ以上に……僕はその子に、“性の欲”を抱いていた。近くにいると意識してしまう。体が触れるとドキドキする。目を逸らそうとしても、つい見てしまう。——それは、昔と似ているようで、違う感覚だった。“好き”という感情とは、明らかに違った。その感覚のズレは、日を追うごとに大きくなった。いつの間にか、キスしてみたい。もっと奥に触れてみたい。そんな欲で、頭がいっぱいになっていた。
もっとも、その子だけに対してじゃない。もう一人も同様だった。“好意”と“性の欲”の割合が二対八か、三対七か。その程度の違いでしかなかった。会話している間も、頭のどこかではずっと、その欲望がまとわりついていた。僕にとって二人は、確かに友達だけど、それ以上に“性の対象”だった。
付き合えば、その欲を満たせる——。
悩んだ末に、僕は告白した。結局、その欲に勝てなかった。“好き”が先行したのではなく、“性の欲”が先行した不純な告白。あの告白の後で、裏ではどんな会話がされていたのか……今となってはどうでもいい。何がどうであれ、バチが当たったことに変わりはないんだ。
「こんばんは」
小さく掠れた声が、風のように通り抜けた。遅れて我に返る。
僕は、遊具広場横の坂を登っているところだった。
パッと周りを見渡しても——誰もいない。けれど、後ろを振り返ってようやく気づいた。たった一人、坂を下っていくお年寄りの姿があった。年相応に丸みのある体つきで、背中や腰にも年齢の重みが出ている、白髪のお婆さんだった。
どうやら、あの人に挨拶されたらしい。いまさら返すのも変だし、黙って進むべきか——。
そんなことを考えながらも、僕は無意識にそのお婆さんを目で追っていた。違和感というか、どこか引っかかるものがあった。軽やかな服装に、履き込まれたスニーカー。どう見ても、散歩だ。この時間に、こんな場所を、一人で……。
——お婆ちゃん、中々アクティブだな。
瞬間、生徒会室での会話が、脳裏を掠めた。
……まさか、あの人——。
「あの、こんばんは」
僕は坂を下って、お婆さんの前に回り込んだ。街灯の光が、その顔をはっきりと照らす。
——やはり、あの違和感は正しかった。
「おや、わざわざどうも」
追いかけてまで挨拶したのが意外だったのか、お婆さんはにこりと笑った。髪の色はすっかり変わってしまってるけど、この包み込むような表情は、昔のままだ。
間違いない。この人は……麻美ちゃんのお婆ちゃんだ。
「あの、僕……麻美ちゃんの友達の、高須明希です。小学生の時に何度か……さすがに、覚えてないですよね」
「……麻ちゃんの……」
お婆ちゃんはしばらくポカンとしてたけど、急に目を見開いた。
「明希くん、麻ちゃんと仲良うしてくれとった明希くんか。こりゃあ驚いた……大きくなったねえ」
「お、覚えていらっしゃるんですか?」
「もちろん。学校終わり、いつも迎えを一緒に待ってくれとったやろ?麻ちゃん、家でもよう明希くんの話しとったよ」
僕は純粋に驚いた。その通りだった。お婆ちゃんとこんなふうに話したことはほとんどない。けど、その姿はよく目にしていた。麻美ちゃんを迎えに来てたのは、いつもお婆ちゃんだったから。
栞ちゃんが、僕の彼女……いまだに信じられないし、嬉しい。けれど、僕にはやはり全てを曝け出す勇気がなかった。それが、「信じるから」と言ってくれた彼女への“裏切り”のような気がして、大きな罪悪感として、胸の奥に残っている。
あの話に嘘はない。けれど——核となる部分は、ほとんど伏せてしまった。
告白したその子に対して、“好意”がないわけじゃなかった。可愛いなとは思ったし、話していて楽しかった。でも、好意だけで言えば、同じクラスの子の方が上だった。栞ちゃんを除いて、もし付き合えるなら、僕はその子がよかった。まあ……あくまで妄想の話だけど。
そんな感情の中で、ある時から、僕は度々男子から持てはやされるようになった。その別クラスの子が、僕のことを好きらしい——そんな噂が流れている、と。
噂が流れ始めたとき、実際にそれが事実だったのかは分からない。けれど、一度それが耳に入れば、当然意識してしまう。それは向こうも同じだったと思う。段々その子の雰囲気は変わっていった。確かに、僕に好意を持ってくれているようだった。
問題なのは、こういう一度高ぶった空気感は、そう長くは続かないってこと。それは、入学早々に起こったあのくだらないイベントのお陰で、既に知っていた。浩大がそうだったように、タイミングというのはすごく重要なんだ。
つまり——僕は“その子と付き合うかどうか”という選択に迫られた。
多少の好意があったのは、間違いない。けれど、それ以上に……僕はその子に、“性の欲”を抱いていた。近くにいると意識してしまう。体が触れるとドキドキする。目を逸らそうとしても、つい見てしまう。——それは、昔と似ているようで、違う感覚だった。“好き”という感情とは、明らかに違った。その感覚のズレは、日を追うごとに大きくなった。いつの間にか、キスしてみたい。もっと奥に触れてみたい。そんな欲で、頭がいっぱいになっていた。
もっとも、その子だけに対してじゃない。もう一人も同様だった。“好意”と“性の欲”の割合が二対八か、三対七か。その程度の違いでしかなかった。会話している間も、頭のどこかではずっと、その欲望がまとわりついていた。僕にとって二人は、確かに友達だけど、それ以上に“性の対象”だった。
付き合えば、その欲を満たせる——。
悩んだ末に、僕は告白した。結局、その欲に勝てなかった。“好き”が先行したのではなく、“性の欲”が先行した不純な告白。あの告白の後で、裏ではどんな会話がされていたのか……今となってはどうでもいい。何がどうであれ、バチが当たったことに変わりはないんだ。
「こんばんは」
小さく掠れた声が、風のように通り抜けた。遅れて我に返る。
僕は、遊具広場横の坂を登っているところだった。
パッと周りを見渡しても——誰もいない。けれど、後ろを振り返ってようやく気づいた。たった一人、坂を下っていくお年寄りの姿があった。年相応に丸みのある体つきで、背中や腰にも年齢の重みが出ている、白髪のお婆さんだった。
どうやら、あの人に挨拶されたらしい。いまさら返すのも変だし、黙って進むべきか——。
そんなことを考えながらも、僕は無意識にそのお婆さんを目で追っていた。違和感というか、どこか引っかかるものがあった。軽やかな服装に、履き込まれたスニーカー。どう見ても、散歩だ。この時間に、こんな場所を、一人で……。
——お婆ちゃん、中々アクティブだな。
瞬間、生徒会室での会話が、脳裏を掠めた。
……まさか、あの人——。
「あの、こんばんは」
僕は坂を下って、お婆さんの前に回り込んだ。街灯の光が、その顔をはっきりと照らす。
——やはり、あの違和感は正しかった。
「おや、わざわざどうも」
追いかけてまで挨拶したのが意外だったのか、お婆さんはにこりと笑った。髪の色はすっかり変わってしまってるけど、この包み込むような表情は、昔のままだ。
間違いない。この人は……麻美ちゃんのお婆ちゃんだ。
「あの、僕……麻美ちゃんの友達の、高須明希です。小学生の時に何度か……さすがに、覚えてないですよね」
「……麻ちゃんの……」
お婆ちゃんはしばらくポカンとしてたけど、急に目を見開いた。
「明希くん、麻ちゃんと仲良うしてくれとった明希くんか。こりゃあ驚いた……大きくなったねえ」
「お、覚えていらっしゃるんですか?」
「もちろん。学校終わり、いつも迎えを一緒に待ってくれとったやろ?麻ちゃん、家でもよう明希くんの話しとったよ」
僕は純粋に驚いた。その通りだった。お婆ちゃんとこんなふうに話したことはほとんどない。けど、その姿はよく目にしていた。麻美ちゃんを迎えに来てたのは、いつもお婆ちゃんだったから。
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