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第11章 熟す
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「あの頃は麻ちゃんの方が背高かったけど、今はもう明希くんの方が大きいやろうねえ。ほんと、立派になった」
「あ、ありがとうございます」
「あれからもう七年やから……来年は、高校生かね?」
「そうですね。あと……五ヶ月くらいで、卒業ですね」
「そうかそうか。それじゃあ受験勉強も大変やろうね」
「いやまあ……正直、大してやってないけど……」
「はっはっ。よかよか。大事なのは中身やけえ、勉強は二の次でええんよ」
「そ、そんなもんですかねえ……」
苦笑いを浮かべながらも、僕はますます驚かされた。表情も話す内容もしっかりしているし、じんわりと、強さを含んだ優しさが滲み出ている。加齢によるボケはおろか、五年以上一人で暮らしてきた人には見えない。ましてや、今年大事な家族を亡くしたとは——。
「生きていく上で、勉強より大事なことなんていくらでもある。明希くんくらいの歳で一番大切なのは……心と体を守ることやからね」
「……そうかもしれませんね」
たぶん、何も知らない中学生には、他人事のように聞こえるだろう。現実はそんなに単純じゃない。それで上手くいくなら、ここまで悩まない。将来に不安がある人ほど、きっとそう思う。けれど、今のは間違いなくお婆ちゃんの本心だろうし、実際にそれが正しいのだろう。
「それじゃあ、気いつけて帰りんさいよ。暗い坂道は危ないけえ、事故にだけは遭わんように」
「あ……はい。ありがとうございます」
お婆ちゃんは、それ以上僕を長く引き止めることもなく、悠々とまた坂を下っていった。
僕はお辞儀をして、お婆ちゃんの姿が見えなくなってから、再び坂を登り始めた。街灯が照らす先には、今度こそもう誰もいなかった。
改めて一人になってみると、飽和していたはずの感情が、いつの間にかリセットされていることに気づいた。ここに来て話したこと、起きたこと、思ったこと——それらが不思議と、胸の奥にしんと沈んでいた。
お婆ちゃんと話したおかげなのか、それとも、短時間で色々ありすぎてショートしただけなのか……よくわからない。でも、とりあえず、今やるべきことは決まっている。さっさと家に帰って、ご飯を食べて、さっさと寝る。そして——明日に備えるんだ。色々あったけど、僕は栞ちゃんの彼氏で、明日は付き合って最初のデート。それだけは、間違いない。
————はずだった。
翌朝、僕は九時過ぎに目を覚ました。表現としては飛び起きたという方が正しいかもしれない。あまりにも熟睡していたせいで、僕はあわや寝坊したのではと焦った。
スマホの画面には、『栞がスタンプを送信しました』と『明日は何時ごろがいいかな?』の二件の通知があった。時刻は『21:15』。僕がラインに気づかなかったということは、ちょうどそのあたりで寝落ちしたらしい。そうなると……僕は十二時間近く寝ていたことになる。
昨日の疲労はもちろんあるだろうけど、それ以上に、ここ数日の精神的な疲労が蓄積していたのだろう。ホッとして、途端に疲れが出たんだ。でも、おかげで頭も体もスッキリしている。昨日意気込んだ通り、体調は万全だ。
【ごめん寝落ちしてた。何時でもいいですよ】
【スタンプ(お辞儀)】
朝食を食べ終えてから、僕はしばらく頭を悩ませた。ここにきて、デートに相応しい服がないことに気づいてしまったからだ。考えてみれば、これまでは服装を気にする必要がほとんどなかった。夏という気候に助けられていたけど、今日はそうはいかない。二人きりでいるところを、ほぼ確実に、学校の誰かに見られる。明日にはすぐ噂が広まる。僕はもう、そこまで考えて行動しなきゃいけない。
結局、悩みに悩んで選んだのが、オレンジ色のトレーナーにストレートデニム。浩大に「たまにはこういう色も着てみろよ」と言われて安易に買ったものの、サイズがデカくて去年は一度も着なかった。初デートで初めて着るのもどうかと思うけど、ここはもうヤツのセンスを信じるしかない。
【栞:じゃあ、十三時に中学校前のバス停で】
【栞:栞がスタンプを送信しました】
返信は、十一時近くになってようやく送られてきた。彼女のことだから、もしかしたら遅くまで僕の返事を待ってくれていたのかもしれない。まさか、九時過ぎに寝てるとは思わないだろうから。
そのすぐ後——。またしてもスマホの通知音が鳴った。僕はベッドに寝転んだまま、彼女から追加のラインが来たのだろうと画面を見た。けれどそれは……僕の想定とは全く違う文面だった。
【麻美:十三時に、図書館来れる?】
僕は驚きのあまり飛び起きた。何度見返しても、それは麻美ちゃんだった。
一週間ぶりの接触。
鼓動がじわじわと早くなっていく。体調、もういいのか……?いや、それよりも今は、返信しないと……あの時みたいに、また取り消されたら困る。
けれど、どうすれば……十三時は約束と被る。でも、かと言って——彼女のことも放っておけない。一週間学校に来なかった彼女が、突然僕を呼んでいるんだ。もしかしたら、『負の感情』とやらに悩まされているのかもしれないし、それなら、デートなんてしてる場合じゃない。
【なにするの?】
送った瞬間、既読はついた。
【ちょっと、言えないこと】
い、言えない……?
言えないってなんだ……?やっぱり、ただ話すだけじゃないのか……?
【十三時からはちょっと……約束が】
【けっこうかかる?】
これも即既読がついて、けれど今度は少し間が空いた。
【じゃあ、十二時から二時間だけ】
【私にちょうだい】
十二時から、二時間……。それなら、約束を一時間ズラすだけで済む——。
「あ、ありがとうございます」
「あれからもう七年やから……来年は、高校生かね?」
「そうですね。あと……五ヶ月くらいで、卒業ですね」
「そうかそうか。それじゃあ受験勉強も大変やろうね」
「いやまあ……正直、大してやってないけど……」
「はっはっ。よかよか。大事なのは中身やけえ、勉強は二の次でええんよ」
「そ、そんなもんですかねえ……」
苦笑いを浮かべながらも、僕はますます驚かされた。表情も話す内容もしっかりしているし、じんわりと、強さを含んだ優しさが滲み出ている。加齢によるボケはおろか、五年以上一人で暮らしてきた人には見えない。ましてや、今年大事な家族を亡くしたとは——。
「生きていく上で、勉強より大事なことなんていくらでもある。明希くんくらいの歳で一番大切なのは……心と体を守ることやからね」
「……そうかもしれませんね」
たぶん、何も知らない中学生には、他人事のように聞こえるだろう。現実はそんなに単純じゃない。それで上手くいくなら、ここまで悩まない。将来に不安がある人ほど、きっとそう思う。けれど、今のは間違いなくお婆ちゃんの本心だろうし、実際にそれが正しいのだろう。
「それじゃあ、気いつけて帰りんさいよ。暗い坂道は危ないけえ、事故にだけは遭わんように」
「あ……はい。ありがとうございます」
お婆ちゃんは、それ以上僕を長く引き止めることもなく、悠々とまた坂を下っていった。
僕はお辞儀をして、お婆ちゃんの姿が見えなくなってから、再び坂を登り始めた。街灯が照らす先には、今度こそもう誰もいなかった。
改めて一人になってみると、飽和していたはずの感情が、いつの間にかリセットされていることに気づいた。ここに来て話したこと、起きたこと、思ったこと——それらが不思議と、胸の奥にしんと沈んでいた。
お婆ちゃんと話したおかげなのか、それとも、短時間で色々ありすぎてショートしただけなのか……よくわからない。でも、とりあえず、今やるべきことは決まっている。さっさと家に帰って、ご飯を食べて、さっさと寝る。そして——明日に備えるんだ。色々あったけど、僕は栞ちゃんの彼氏で、明日は付き合って最初のデート。それだけは、間違いない。
————はずだった。
翌朝、僕は九時過ぎに目を覚ました。表現としては飛び起きたという方が正しいかもしれない。あまりにも熟睡していたせいで、僕はあわや寝坊したのではと焦った。
スマホの画面には、『栞がスタンプを送信しました』と『明日は何時ごろがいいかな?』の二件の通知があった。時刻は『21:15』。僕がラインに気づかなかったということは、ちょうどそのあたりで寝落ちしたらしい。そうなると……僕は十二時間近く寝ていたことになる。
昨日の疲労はもちろんあるだろうけど、それ以上に、ここ数日の精神的な疲労が蓄積していたのだろう。ホッとして、途端に疲れが出たんだ。でも、おかげで頭も体もスッキリしている。昨日意気込んだ通り、体調は万全だ。
【ごめん寝落ちしてた。何時でもいいですよ】
【スタンプ(お辞儀)】
朝食を食べ終えてから、僕はしばらく頭を悩ませた。ここにきて、デートに相応しい服がないことに気づいてしまったからだ。考えてみれば、これまでは服装を気にする必要がほとんどなかった。夏という気候に助けられていたけど、今日はそうはいかない。二人きりでいるところを、ほぼ確実に、学校の誰かに見られる。明日にはすぐ噂が広まる。僕はもう、そこまで考えて行動しなきゃいけない。
結局、悩みに悩んで選んだのが、オレンジ色のトレーナーにストレートデニム。浩大に「たまにはこういう色も着てみろよ」と言われて安易に買ったものの、サイズがデカくて去年は一度も着なかった。初デートで初めて着るのもどうかと思うけど、ここはもうヤツのセンスを信じるしかない。
【栞:じゃあ、十三時に中学校前のバス停で】
【栞:栞がスタンプを送信しました】
返信は、十一時近くになってようやく送られてきた。彼女のことだから、もしかしたら遅くまで僕の返事を待ってくれていたのかもしれない。まさか、九時過ぎに寝てるとは思わないだろうから。
そのすぐ後——。またしてもスマホの通知音が鳴った。僕はベッドに寝転んだまま、彼女から追加のラインが来たのだろうと画面を見た。けれどそれは……僕の想定とは全く違う文面だった。
【麻美:十三時に、図書館来れる?】
僕は驚きのあまり飛び起きた。何度見返しても、それは麻美ちゃんだった。
一週間ぶりの接触。
鼓動がじわじわと早くなっていく。体調、もういいのか……?いや、それよりも今は、返信しないと……あの時みたいに、また取り消されたら困る。
けれど、どうすれば……十三時は約束と被る。でも、かと言って——彼女のことも放っておけない。一週間学校に来なかった彼女が、突然僕を呼んでいるんだ。もしかしたら、『負の感情』とやらに悩まされているのかもしれないし、それなら、デートなんてしてる場合じゃない。
【なにするの?】
送った瞬間、既読はついた。
【ちょっと、言えないこと】
い、言えない……?
言えないってなんだ……?やっぱり、ただ話すだけじゃないのか……?
【十三時からはちょっと……約束が】
【けっこうかかる?】
これも即既読がついて、けれど今度は少し間が空いた。
【じゃあ、十二時から二時間だけ】
【私にちょうだい】
十二時から、二時間……。それなら、約束を一時間ズラすだけで済む——。
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