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第11章 熟す
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栞ちゃんはなんて思うだろう。怒る……かな?
いや、違う。むしろこれはチャンスだ。僕はもう、彼女に隠し事をする理由なんてない。今日、麻美ちゃんと話し合ってくる——きちんとそう伝えれば、彼女ならきっと、わかってくれるはずだ。
【わかった】
【よかった】
【あ、動きやすい格好で来てね】
彼女は最後にそう付け加えて、間髪入れず、例のスタンプを送ってきた。まるで「これ以上は訊いてくれるな」と言われているみたいだった。
動きやすい格好……また、自転車でどこかに行くってことなのか?制服じゃないなら、今回は学校じゃない。でも食彩館に行った時は、そんな指定してこなかった。……山にでも登るつもりなのか……?
まあ、どこに行くにしても、もう後には引けない。今さら何がどうなっても、彼女との関係には、けじめをつけるしかない。
約束の正午過ぎ。図書館の前に着くと、彼女はすでに入口で僕を待っていた。俯いた顔を見て、一瞬心配したけど、僕に気づくとその表情は和らいだ。それから慌てたように近づいてきて僕の手を取り、今度はむくれたような顔を見せた。
「明希君遅いって!乗り遅れるかと思ったじゃん」
「あ、え?あ、ごめんちょっと……え?ニケツでどっか行くんじゃ——」
「今日はバス。時間がないから」
あまりに想定と違う展開に、感情が追いつかない。まずは体調を気遣うはずが、訳がわからないまま、次の瞬間にはぐいぐいと手を引っ張られていた。時間がないってのは……僕のせい?いやでも、じゃあ何のために僕は、わざわざワイドパンツに履き替えて来たんだ……?
結局、僕らは五百メートルほどの距離を走りきって、ギリギリ十三分発のバスに乗り込んだ。せっかく、やることがなくてシャワーを浴びてきたのに、これじゃ本末転倒だ。
「危なかったー。これ乗れなかったら、次目的地に着くの、十三時だったからね?まったく」
「いや、まさか、バスに乗るとは思ってなくて……って、どこ行くの……?」
「それは着いてからのお楽しみ」
不敵な笑みが、鼓動をさらに早めた。学校前のバス停であれば、十中八九イオンだ。でも、今回はもっと先の、役場前のバス停から乗った。僕はこっちから乗ったことは一度もない。何となく察しがつくのは、隣町に向かっているということだけ。
今日の彼女は、黒のオーバーサイズシャツに淡いグレーのフレアスカートという格好。これだけじゃ、さっぱりわからない。一見、彼女も動きやすそうだけど、靴はフラットサンダルだから散歩って感じでもないし……てか、よくその脱げそうなサンダルであの距離走れたな……。
「それで?私が休んでる間に、何かあった?」
息が整ったところで、窓側に座る彼女がそう切り出した。
「な、何かとは?」
「え?そのまんまの意味だけど?私一週間休んでたんだから、その間のこと知らないし」
「あ、ああ……まあ、実は——」
栞ちゃんと、付き合うことになったよ——。
その言葉が喉まで出かけて——でも、咄嗟に飲み込んだ。今はそれより、共有すべきことがある。それに、訊きたいことだって……。
だから僕は、ひとまず木曜日の出来事と、昨日栞ちゃんに打ち明けたことを話した。水着を見られたことから始まり、体操服のこと、実は連絡を取っていたこと、水着を受け取ったタイミング……そして、今日この後会うってことも。彼女は最初こそ驚いたけれど、そのあとはずっと微笑んだまま、僕の話を聞いていた。
「……それってつまり、前よりイイ感じになったってこと、だよね?」
聞き終えてからの第一声は、僕が想像していたどれでもなかった。焦っている様子も、困った様子もない。どうして……どうしてこんなに、冷静なんだろう。
「え……まあ、うん」
「そっか、良かった。……にしても明希君、大人になったね。あのことを自分から言うなんて」
「いやっ、そんなんじゃないよ。それ以外の選択肢が無かっただけで——」
「そうなった時に全部投げ出そうとしたのが、ちょっと前までの明希君だよ」
彼女は、不自然なほど自然な笑みで、僕を見つめた。まるで僕の心を包み込むような、あたたかい瞳で。
「それよりさ、木曜日はなんでしーちゃんが家に来たの?」
「えっ!?さ、さあ……暇だったから、じゃないかなあ?」
「ふーん。ロッカーの鍵、かけてなかったの?」
「いや、まあ……はい」
「バカだなあ。そりゃあ明希君が無防備すぎるって。何にもない部屋にポツンと怪しいものあったら、そりゃ開きたくなるでしょ」
「そ、そんなものかなあ」
鍵はもちろんかけてあったし、彼女が来た理由も明白だ。もし水着が見られてなかったら、あのあと僕らは……。けれど、それを麻美ちゃんには言えない。それは僕にとって、なによりも隠したい事実だった。知られるのも嫌だし、仮にそれを知って「良かったじゃん」なんて表情をされるのも嫌だった。隠したところで、仕方がないのに——。
「ま、誤解が解けて良かったよ。二人には行くとこまで行ってもらわないと」
「行くとこって?」
「付き合うところまでだよ。今の目標は、とりあえずそこでしょ?」
彼女は、まるでそれが本音だとばかりに語りかけてくる。
——訊くなら今しかない。これを訊く為に、今日ここに来たんだから。
「……来年、引っ越すからなの?来年いなくなるから、引っつけようとしてくれてるの?」
いや、違う。むしろこれはチャンスだ。僕はもう、彼女に隠し事をする理由なんてない。今日、麻美ちゃんと話し合ってくる——きちんとそう伝えれば、彼女ならきっと、わかってくれるはずだ。
【わかった】
【よかった】
【あ、動きやすい格好で来てね】
彼女は最後にそう付け加えて、間髪入れず、例のスタンプを送ってきた。まるで「これ以上は訊いてくれるな」と言われているみたいだった。
動きやすい格好……また、自転車でどこかに行くってことなのか?制服じゃないなら、今回は学校じゃない。でも食彩館に行った時は、そんな指定してこなかった。……山にでも登るつもりなのか……?
まあ、どこに行くにしても、もう後には引けない。今さら何がどうなっても、彼女との関係には、けじめをつけるしかない。
約束の正午過ぎ。図書館の前に着くと、彼女はすでに入口で僕を待っていた。俯いた顔を見て、一瞬心配したけど、僕に気づくとその表情は和らいだ。それから慌てたように近づいてきて僕の手を取り、今度はむくれたような顔を見せた。
「明希君遅いって!乗り遅れるかと思ったじゃん」
「あ、え?あ、ごめんちょっと……え?ニケツでどっか行くんじゃ——」
「今日はバス。時間がないから」
あまりに想定と違う展開に、感情が追いつかない。まずは体調を気遣うはずが、訳がわからないまま、次の瞬間にはぐいぐいと手を引っ張られていた。時間がないってのは……僕のせい?いやでも、じゃあ何のために僕は、わざわざワイドパンツに履き替えて来たんだ……?
結局、僕らは五百メートルほどの距離を走りきって、ギリギリ十三分発のバスに乗り込んだ。せっかく、やることがなくてシャワーを浴びてきたのに、これじゃ本末転倒だ。
「危なかったー。これ乗れなかったら、次目的地に着くの、十三時だったからね?まったく」
「いや、まさか、バスに乗るとは思ってなくて……って、どこ行くの……?」
「それは着いてからのお楽しみ」
不敵な笑みが、鼓動をさらに早めた。学校前のバス停であれば、十中八九イオンだ。でも、今回はもっと先の、役場前のバス停から乗った。僕はこっちから乗ったことは一度もない。何となく察しがつくのは、隣町に向かっているということだけ。
今日の彼女は、黒のオーバーサイズシャツに淡いグレーのフレアスカートという格好。これだけじゃ、さっぱりわからない。一見、彼女も動きやすそうだけど、靴はフラットサンダルだから散歩って感じでもないし……てか、よくその脱げそうなサンダルであの距離走れたな……。
「それで?私が休んでる間に、何かあった?」
息が整ったところで、窓側に座る彼女がそう切り出した。
「な、何かとは?」
「え?そのまんまの意味だけど?私一週間休んでたんだから、その間のこと知らないし」
「あ、ああ……まあ、実は——」
栞ちゃんと、付き合うことになったよ——。
その言葉が喉まで出かけて——でも、咄嗟に飲み込んだ。今はそれより、共有すべきことがある。それに、訊きたいことだって……。
だから僕は、ひとまず木曜日の出来事と、昨日栞ちゃんに打ち明けたことを話した。水着を見られたことから始まり、体操服のこと、実は連絡を取っていたこと、水着を受け取ったタイミング……そして、今日この後会うってことも。彼女は最初こそ驚いたけれど、そのあとはずっと微笑んだまま、僕の話を聞いていた。
「……それってつまり、前よりイイ感じになったってこと、だよね?」
聞き終えてからの第一声は、僕が想像していたどれでもなかった。焦っている様子も、困った様子もない。どうして……どうしてこんなに、冷静なんだろう。
「え……まあ、うん」
「そっか、良かった。……にしても明希君、大人になったね。あのことを自分から言うなんて」
「いやっ、そんなんじゃないよ。それ以外の選択肢が無かっただけで——」
「そうなった時に全部投げ出そうとしたのが、ちょっと前までの明希君だよ」
彼女は、不自然なほど自然な笑みで、僕を見つめた。まるで僕の心を包み込むような、あたたかい瞳で。
「それよりさ、木曜日はなんでしーちゃんが家に来たの?」
「えっ!?さ、さあ……暇だったから、じゃないかなあ?」
「ふーん。ロッカーの鍵、かけてなかったの?」
「いや、まあ……はい」
「バカだなあ。そりゃあ明希君が無防備すぎるって。何にもない部屋にポツンと怪しいものあったら、そりゃ開きたくなるでしょ」
「そ、そんなものかなあ」
鍵はもちろんかけてあったし、彼女が来た理由も明白だ。もし水着が見られてなかったら、あのあと僕らは……。けれど、それを麻美ちゃんには言えない。それは僕にとって、なによりも隠したい事実だった。知られるのも嫌だし、仮にそれを知って「良かったじゃん」なんて表情をされるのも嫌だった。隠したところで、仕方がないのに——。
「ま、誤解が解けて良かったよ。二人には行くとこまで行ってもらわないと」
「行くとこって?」
「付き合うところまでだよ。今の目標は、とりあえずそこでしょ?」
彼女は、まるでそれが本音だとばかりに語りかけてくる。
——訊くなら今しかない。これを訊く為に、今日ここに来たんだから。
「……来年、引っ越すからなの?来年いなくなるから、引っつけようとしてくれてるの?」
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