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第11章 熟す
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「そう。田中君とカラオケ行く予定だからさ、その練習で明希君に付き添ってもらったってことで。それなら、角が立たないでしょ?」
「あ、ああまあ……確かに」
すると、突然モニターの画面が切り替わり、スピーカーから前奏が流れ始めた。思ったより音が大きくて、部屋の空気は一気に変わった。完全に、歌から逃げられない空間だ。
練習……それが、今日の目的——。
それが本当の目的なら、表面上は何も問題ない。栞ちゃんにも、そのまま伝えれば大丈夫だろうし、仮に浩大に知られても、むしろ喜ぶかもしれない。
僕は——どうなんだろう。
目的を知っても、胸の奥のモヤは取れないままだ。いやむしろ、目的を知ったからこそ取れないのかもしれない。
次は浩大とここに来るつもりだから、それが引っ掛かっているのか?……まあ、それは間違ってない。でも、この感情は、もっと厄介なところにある。
彼女と話をしたいから?それもある。僕にとってはそれが一番の目的だった。ただ、僕にはもう、伝えることはあっても訊けることはない。それに、伝える内容も一言で済む。帰りのバスだけで、事足りる。
じゃあ、この感情はなんだんだ?なぜ僕は焦っている?なぜ、無意識に残り時間を計算しているんだ?
——実は何かを期待していたんだろ?
脳裏で、僕自身の声が問いかけてくる。理由なんてわかっているだろう、とばかりに。
確かに……それもある。ここに来た時点で、僕は何かを期待していた。それは事実だ。でも、全部じゃない。些細な欲であって、全てなんか望んでない。本当だ。だから、このわだかまりは、そんな欲望だらけの感情とはまた違う。
「どうしたの?大丈夫?」
横から彼女の囁き声が聞こえて、ふと我に返った。
いつの間にか、歌は終わっていた。大きな音で耳が麻痺したのか、ラジオトークのような音声が異様に小さく感じる。
「とりあえずこれ飲んで」
言われるがまま、僕は渡されたジュースを一口飲んだ。——甘い。というか……
「これッ、いちごミルクじゃん」
「おいしいでしょ?」
悪戯を仕掛けた子供のように笑ってみせ、それから彼女も一口飲んだ。
「で、どうしたの?なんか思い詰めたような顔してたけど」
「いや……別に」
「別に?絶対『別に』じゃないよね?今度こそ」
彼女は、わずかな隙間を埋めるように座り直した。今度は肩だけじゃない。腰から、太もも、脚の先までが密着する。
「なんでも言ってよ。こんな機会、もう無いかもしれないよ?」
覗き込んでくる彼女を、小窓からさす白光が優しく照らす。その表情に、僕は一瞬、あの時の栞ちゃんを重ねた。全てを受け入れてくれそうな、あたたかい笑み——。でも、僕はまだ混乱の中にいる。何をどう言えばいいのか、何が正解なのか……僕自身がわかっていないんだ。
「麻美ちゃんはさ、浩大のこと、どう思ってるの?」
「どうって?」
「いや、その……」
何を言えばいいかわからないまま、言葉を選んでいるうちに——口が先に動いていた。
「浩大にしようって言われたら、するの?」
自分でも、なんでこんなこと言い出したのか、よくわからない。何か言わなきゃいけない空気に押されて、ふと心の声が漏れてしまったのかもしれない。
「そうだなあ……それは明希君次第かな」
「僕、次第……?」
「私もね、訊きたいことあったんだ」
そう言って、彼女はタブレットをまた操作しながら、まるでクイズを出すように続けた。
「『事が上手くいかない』のって、罪なのか罰なのか、どっちだと思う?」
「……え?」
「何度試しても、何故か思うようにいかないことってあるでしょ。どっちだと思う?」
『罪』か『罰』か。それは、食彩館へ行く途中でやった、言葉遊びだ。
「なんで、それを今——」
「いいから、答えて」
横顔は笑っていた。けれど声だけは、冗談にしては少し硬かった。
その質問に、どういう意図があるのか、まったくわからない。それは、彼女自身の話なのだろうか——。
直感的には『罰』だ。努力が報われないという意味なら、それ以上の罰はない。でも、彼女の言い回しには、どこか引っかかった。
事が上手くいかない……なんで、そんな言い回しをするんだ?
「……両方、だと思う」
「どうして?」
「良いことをしていて報われないなら、罰かもしれない。でも、それが良くないことなら……罪だと思う。罰はその後に来るはずだから」
「……じゃあ、報われない方の罰は、ずっと受け続けると思う?」
彼女の声が、少し寂しげに聞こえた。僕はハッとした。ハッとして、真っ直ぐに答えた。
「……受け続ける罰なんて、ないと思うよ」
きれい事にしか聞こえないかもしれない。でも、そんな問いに、うんとは言えなかった。
僕が答えた瞬間——モニターの画面が消えた。スピーカーから音は出ているのに、画面だけは真っ暗になった。
「……ふふ。私もそう思う。というか、そう思いたい。……じゃないと、私——」
彼女は一瞬だけ俯き、それからゆっくり立ち上がった。そして、ドア横のスイッチをパチンと切った。
「今日ここに来た意味が、なくなるから」
途端に、部屋の中は暗くなった。まだ小窓が残っている分、お互いの表情が分かる程度にはほんのり明るい。でも、たった二つの電光を切っただけで、個室の雰囲気はガラリと変わった。
「意味……?」
「建前は済んだから、ここからが本題」
そう言うと、彼女はシャツの裾に手をかけ、それをゆっくりたくし上げて、かぶるようにして頭から脱ぎはじめた。
シャツの下に隠れていたのは、上着からは想像もできないシルエット。細いウエスト、ピッタリした黒のキャミソール、キャミソール越しに強く主張する胸元、引き締まった肩と腕——。
ゆるい服の下に隠れていたものが、一気に露わになった。
「あ、ああまあ……確かに」
すると、突然モニターの画面が切り替わり、スピーカーから前奏が流れ始めた。思ったより音が大きくて、部屋の空気は一気に変わった。完全に、歌から逃げられない空間だ。
練習……それが、今日の目的——。
それが本当の目的なら、表面上は何も問題ない。栞ちゃんにも、そのまま伝えれば大丈夫だろうし、仮に浩大に知られても、むしろ喜ぶかもしれない。
僕は——どうなんだろう。
目的を知っても、胸の奥のモヤは取れないままだ。いやむしろ、目的を知ったからこそ取れないのかもしれない。
次は浩大とここに来るつもりだから、それが引っ掛かっているのか?……まあ、それは間違ってない。でも、この感情は、もっと厄介なところにある。
彼女と話をしたいから?それもある。僕にとってはそれが一番の目的だった。ただ、僕にはもう、伝えることはあっても訊けることはない。それに、伝える内容も一言で済む。帰りのバスだけで、事足りる。
じゃあ、この感情はなんだんだ?なぜ僕は焦っている?なぜ、無意識に残り時間を計算しているんだ?
——実は何かを期待していたんだろ?
脳裏で、僕自身の声が問いかけてくる。理由なんてわかっているだろう、とばかりに。
確かに……それもある。ここに来た時点で、僕は何かを期待していた。それは事実だ。でも、全部じゃない。些細な欲であって、全てなんか望んでない。本当だ。だから、このわだかまりは、そんな欲望だらけの感情とはまた違う。
「どうしたの?大丈夫?」
横から彼女の囁き声が聞こえて、ふと我に返った。
いつの間にか、歌は終わっていた。大きな音で耳が麻痺したのか、ラジオトークのような音声が異様に小さく感じる。
「とりあえずこれ飲んで」
言われるがまま、僕は渡されたジュースを一口飲んだ。——甘い。というか……
「これッ、いちごミルクじゃん」
「おいしいでしょ?」
悪戯を仕掛けた子供のように笑ってみせ、それから彼女も一口飲んだ。
「で、どうしたの?なんか思い詰めたような顔してたけど」
「いや……別に」
「別に?絶対『別に』じゃないよね?今度こそ」
彼女は、わずかな隙間を埋めるように座り直した。今度は肩だけじゃない。腰から、太もも、脚の先までが密着する。
「なんでも言ってよ。こんな機会、もう無いかもしれないよ?」
覗き込んでくる彼女を、小窓からさす白光が優しく照らす。その表情に、僕は一瞬、あの時の栞ちゃんを重ねた。全てを受け入れてくれそうな、あたたかい笑み——。でも、僕はまだ混乱の中にいる。何をどう言えばいいのか、何が正解なのか……僕自身がわかっていないんだ。
「麻美ちゃんはさ、浩大のこと、どう思ってるの?」
「どうって?」
「いや、その……」
何を言えばいいかわからないまま、言葉を選んでいるうちに——口が先に動いていた。
「浩大にしようって言われたら、するの?」
自分でも、なんでこんなこと言い出したのか、よくわからない。何か言わなきゃいけない空気に押されて、ふと心の声が漏れてしまったのかもしれない。
「そうだなあ……それは明希君次第かな」
「僕、次第……?」
「私もね、訊きたいことあったんだ」
そう言って、彼女はタブレットをまた操作しながら、まるでクイズを出すように続けた。
「『事が上手くいかない』のって、罪なのか罰なのか、どっちだと思う?」
「……え?」
「何度試しても、何故か思うようにいかないことってあるでしょ。どっちだと思う?」
『罪』か『罰』か。それは、食彩館へ行く途中でやった、言葉遊びだ。
「なんで、それを今——」
「いいから、答えて」
横顔は笑っていた。けれど声だけは、冗談にしては少し硬かった。
その質問に、どういう意図があるのか、まったくわからない。それは、彼女自身の話なのだろうか——。
直感的には『罰』だ。努力が報われないという意味なら、それ以上の罰はない。でも、彼女の言い回しには、どこか引っかかった。
事が上手くいかない……なんで、そんな言い回しをするんだ?
「……両方、だと思う」
「どうして?」
「良いことをしていて報われないなら、罰かもしれない。でも、それが良くないことなら……罪だと思う。罰はその後に来るはずだから」
「……じゃあ、報われない方の罰は、ずっと受け続けると思う?」
彼女の声が、少し寂しげに聞こえた。僕はハッとした。ハッとして、真っ直ぐに答えた。
「……受け続ける罰なんて、ないと思うよ」
きれい事にしか聞こえないかもしれない。でも、そんな問いに、うんとは言えなかった。
僕が答えた瞬間——モニターの画面が消えた。スピーカーから音は出ているのに、画面だけは真っ暗になった。
「……ふふ。私もそう思う。というか、そう思いたい。……じゃないと、私——」
彼女は一瞬だけ俯き、それからゆっくり立ち上がった。そして、ドア横のスイッチをパチンと切った。
「今日ここに来た意味が、なくなるから」
途端に、部屋の中は暗くなった。まだ小窓が残っている分、お互いの表情が分かる程度にはほんのり明るい。でも、たった二つの電光を切っただけで、個室の雰囲気はガラリと変わった。
「意味……?」
「建前は済んだから、ここからが本題」
そう言うと、彼女はシャツの裾に手をかけ、それをゆっくりたくし上げて、かぶるようにして頭から脱ぎはじめた。
シャツの下に隠れていたのは、上着からは想像もできないシルエット。細いウエスト、ピッタリした黒のキャミソール、キャミソール越しに強く主張する胸元、引き締まった肩と腕——。
ゆるい服の下に隠れていたものが、一気に露わになった。
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