1 / 102
序 章 華
1
しおりを挟む
中学三年の夏休みは、“受験の天王山”らしい。終業式が近づくにつれ、先生たちはそう言っては、やたらと気合を入れてきた。でも、本気で勉強してるやつなんて、僕のまわりにはほとんどいなかった。
公立に行けりゃ、それでいい。
みんなその程度の考えで、正直、僕もそれ以上を求める気なんてなかった。
それより大事なのは——この夏をどう“青春っぽく”過ごすか。ほとんどのやつが、そっちに全神経を注いでたと思う。
「オーッス明希!元気しとったか?」
「……なんで“久しぶり”みたいなテンション?一昨日も会ったよな」
廊下を歩いていた僕に絡んできたのは、田中浩大。僕を名前で呼び捨てにする、数少ない存在だ。一七四センチと結構大柄で、いつもイカつい感じに肩を組んでくる。けど、見た目ほどガラが悪いわけでもない。
「結局さ、俺たちって部活とゲームしかしてねーじゃん。あーあ、もったいねー夏だったわ」
「一応、海も行ったし、祭りにも行っただろ」
「バーロー。女のいないイベントはノーカンだっつーの。やっぱ、休み前に彼女つくっとくべきだった~」
その理屈だと、もはや何もしていないことになるんだけど……。まあ、期待値が高かった分、その後悔は僕よりも強かったんだろう。
夏が近づくにつれて、浩大にアプローチする女子は少しずつ増えていった。正直、それを横目で見ながら、僕はどこかで羨ましく思っていた。当の本人は、「いやー、ヤるだけなら良いけど、付き合うまではなあ」なんて飄々と語っていたけれど、結局は選り好みが祟って、この有様だ。
僕は、性に貪欲すぎるのは、良くないと思っている。
だって、それでうまくいってる奴を、見たことがないから。……僕を含めて。
神様なんて信じていない。それでも——僕らを見張っている“何か”は、きっとある。欲に流れた奴には、必ず何かが返ってくる。それが、いわゆる『バチが当たる』ってやつなんだと思う。
「で、お前は結局どうなったんだ? 河西さんとは」
不意に、浩大が耳元で囁いてきた。その浮ついた声だけで、どんな表情をしているかなんて、手に取るようにわかる。僕は「またそれかよ」とつぶやきながら、虫でも払うように腕を振った。
浩大は、定期的に『河西栞』の話題を持ち出してくる。きっかけ——というか、その噂の出どころは、今もよくわからない。けれど、いつの間にか「僕が河西栞を好きらしい」という話が広まっていた。
こんな閉塞感に満ちたド田舎じゃ、ゴシップは些細なことで噴き出して、あっという間に学校中に広がっていく。それが本当かどうかなんて、誰も気にしない。
でも、その噂は——半分は誤りで、半分は事実だった。
たしかに、僕は過去に彼女を好きになったことがある。最初にそう感じたのは、小学三年生のころ。クラスが一緒になって、ただ純粋に「可愛いな」と思った。
整った顔立ちも、優しい性格も。ときどき見せてくれる、ちょっとしたスキンシップも。そのすべてが、僕の胸の奥をじんわりと熱くした。
そのころの僕は、もう自分のその気持ちが“好き”だとはっきりわかっていた。小学生の僕にとって、“好き”という感情は、人生で一度か二度しかない特別なものだと思っていたから……そのぶん、少しだけ複雑だった。
五年生になってからは別のクラスで、中学に上がっても変わらなかった。
クラスが変わった途端に会話が途切れて、僕は思い知らされた。僕らを繋いでいたのは、結局“同じクラス”っていう理由だけだったんだと。そう気づいたとき、ひどく虚しくなった。
『明希くん』『栞ちゃん』と呼び合っていたのが懐かしくて、そして——情けない。せっかく今年、最後の最後で同じクラスになれたというのに、僕はまだ彼女の名前すら呼べずにいる。
つまり、最後のやり取りから……もう四年以上、経っているんだ。
「半分は誤り」っていうのにも、理由がある。
この疎遠になっていたあいだに、僕の気持ちは一度、ちゃんと落ち着いていた。
中学生になってからは、可愛いと思う女子が自然と増えていった。でも、それは小学生の頃に抱いていた、あの“好き”とは違う。いつの間にか僕は、性的な目線で異性を見るようになっていた。もちろん、誰でもいいわけじゃない。けれど——“性の欲”と“好意”は、決して比例するものじゃなかった。
つまり、この二年半のあいだ、僕は河西栞に執着していたわけじゃない。それに、彼女には一つ年上の彼氏がいる。去年の夏から付き合っているという、元・部活の先輩だ。その話を聞いたときは、さすがにショックだった。でも……これが“繋がりのある人間”と、そうでない人間の差なんだって。そうやって、自分に言い聞かせるしかなかった。
「もう河西さんの水着姿見れねえの、辛えなあ」
僕の気持ちを代弁したつもりなのか、それとも本心なのか。真意の分からないその一言には、もういちいち反応しなかった。浩大の口癖は「水泳部って巨乳いねえよな」だ。たぶん、前者だろう。
僕らはサッカー部で、水泳部の練習はよく見えた。プールが、隣の野球部ベンチのすぐ上にある構造だからだ。迷惑な噂が広まり始めたのも、きっと僕が河西栞をよく目で追っていたから——そんなとこだろう。……いや、もちろん僕にそんな意識はなかったけれど。
彼女に彼氏がいることくらい皆わかっているはずなのに、“一方通行の想い”はやたら噂にしたがる。……本当に、気まずいから勘弁してほしい。
公立に行けりゃ、それでいい。
みんなその程度の考えで、正直、僕もそれ以上を求める気なんてなかった。
それより大事なのは——この夏をどう“青春っぽく”過ごすか。ほとんどのやつが、そっちに全神経を注いでたと思う。
「オーッス明希!元気しとったか?」
「……なんで“久しぶり”みたいなテンション?一昨日も会ったよな」
廊下を歩いていた僕に絡んできたのは、田中浩大。僕を名前で呼び捨てにする、数少ない存在だ。一七四センチと結構大柄で、いつもイカつい感じに肩を組んでくる。けど、見た目ほどガラが悪いわけでもない。
「結局さ、俺たちって部活とゲームしかしてねーじゃん。あーあ、もったいねー夏だったわ」
「一応、海も行ったし、祭りにも行っただろ」
「バーロー。女のいないイベントはノーカンだっつーの。やっぱ、休み前に彼女つくっとくべきだった~」
その理屈だと、もはや何もしていないことになるんだけど……。まあ、期待値が高かった分、その後悔は僕よりも強かったんだろう。
夏が近づくにつれて、浩大にアプローチする女子は少しずつ増えていった。正直、それを横目で見ながら、僕はどこかで羨ましく思っていた。当の本人は、「いやー、ヤるだけなら良いけど、付き合うまではなあ」なんて飄々と語っていたけれど、結局は選り好みが祟って、この有様だ。
僕は、性に貪欲すぎるのは、良くないと思っている。
だって、それでうまくいってる奴を、見たことがないから。……僕を含めて。
神様なんて信じていない。それでも——僕らを見張っている“何か”は、きっとある。欲に流れた奴には、必ず何かが返ってくる。それが、いわゆる『バチが当たる』ってやつなんだと思う。
「で、お前は結局どうなったんだ? 河西さんとは」
不意に、浩大が耳元で囁いてきた。その浮ついた声だけで、どんな表情をしているかなんて、手に取るようにわかる。僕は「またそれかよ」とつぶやきながら、虫でも払うように腕を振った。
浩大は、定期的に『河西栞』の話題を持ち出してくる。きっかけ——というか、その噂の出どころは、今もよくわからない。けれど、いつの間にか「僕が河西栞を好きらしい」という話が広まっていた。
こんな閉塞感に満ちたド田舎じゃ、ゴシップは些細なことで噴き出して、あっという間に学校中に広がっていく。それが本当かどうかなんて、誰も気にしない。
でも、その噂は——半分は誤りで、半分は事実だった。
たしかに、僕は過去に彼女を好きになったことがある。最初にそう感じたのは、小学三年生のころ。クラスが一緒になって、ただ純粋に「可愛いな」と思った。
整った顔立ちも、優しい性格も。ときどき見せてくれる、ちょっとしたスキンシップも。そのすべてが、僕の胸の奥をじんわりと熱くした。
そのころの僕は、もう自分のその気持ちが“好き”だとはっきりわかっていた。小学生の僕にとって、“好き”という感情は、人生で一度か二度しかない特別なものだと思っていたから……そのぶん、少しだけ複雑だった。
五年生になってからは別のクラスで、中学に上がっても変わらなかった。
クラスが変わった途端に会話が途切れて、僕は思い知らされた。僕らを繋いでいたのは、結局“同じクラス”っていう理由だけだったんだと。そう気づいたとき、ひどく虚しくなった。
『明希くん』『栞ちゃん』と呼び合っていたのが懐かしくて、そして——情けない。せっかく今年、最後の最後で同じクラスになれたというのに、僕はまだ彼女の名前すら呼べずにいる。
つまり、最後のやり取りから……もう四年以上、経っているんだ。
「半分は誤り」っていうのにも、理由がある。
この疎遠になっていたあいだに、僕の気持ちは一度、ちゃんと落ち着いていた。
中学生になってからは、可愛いと思う女子が自然と増えていった。でも、それは小学生の頃に抱いていた、あの“好き”とは違う。いつの間にか僕は、性的な目線で異性を見るようになっていた。もちろん、誰でもいいわけじゃない。けれど——“性の欲”と“好意”は、決して比例するものじゃなかった。
つまり、この二年半のあいだ、僕は河西栞に執着していたわけじゃない。それに、彼女には一つ年上の彼氏がいる。去年の夏から付き合っているという、元・部活の先輩だ。その話を聞いたときは、さすがにショックだった。でも……これが“繋がりのある人間”と、そうでない人間の差なんだって。そうやって、自分に言い聞かせるしかなかった。
「もう河西さんの水着姿見れねえの、辛えなあ」
僕の気持ちを代弁したつもりなのか、それとも本心なのか。真意の分からないその一言には、もういちいち反応しなかった。浩大の口癖は「水泳部って巨乳いねえよな」だ。たぶん、前者だろう。
僕らはサッカー部で、水泳部の練習はよく見えた。プールが、隣の野球部ベンチのすぐ上にある構造だからだ。迷惑な噂が広まり始めたのも、きっと僕が河西栞をよく目で追っていたから——そんなとこだろう。……いや、もちろん僕にそんな意識はなかったけれど。
彼女に彼氏がいることくらい皆わかっているはずなのに、“一方通行の想い”はやたら噂にしたがる。……本当に、気まずいから勘弁してほしい。
3
あなたにおすすめの小説
高校生なのに娘ができちゃった!?
まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!?
そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?
宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。
栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。
その彼女に脅された。
「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」
今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。
でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる!
しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ??
訳が分からない……。それ、俺困るの?
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。
陰キャの俺が学園のアイドルがびしょびしょに濡れているのを見てしまった件
暁ノ鳥
キャラ文芸
陰キャの俺は見てしまった。雨の日、校舎裏で制服を濡らし恍惚とする学園アイドルの姿を。「見ちゃったのね」――その日から俺は彼女の“秘密の共犯者”に!? 特殊な性癖を持つ彼女の無茶な「実験」に振り回され、身も心も支配される日々の始まり。二人の禁断の関係の行方は?。二人の禁断の関係が今、始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる