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序 章 華
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まず彼女は、間違いなく可愛かった。たぶん、クラスの誰一人として、ここまでの容姿を予想していなかったと思う。そこそこ可愛い……なんて半端な次元じゃない。
髪は全体的に黒で、肩にかかる程度のショートボブ。でも毛先はほんのり赤みがかっていて、歩くたびに、風を孕んだように軽く舞う。その内側の髪にも、やわらかな赤みが差していた。前髪は斜めに流れていて、眉の少し上でぴたりと揃う。整いすぎたその顔立ちは、まるで光を反射するように眩しい。
大きく澄んだ黒い瞳。スッと通った鼻筋。そして、淡いピンク色の、瑞々しさを帯びた唇。控えめだけど、美しい。どこか儚さを纏いながら、でもそこには確かな存在感があった。
ただ、僕が固まったのは、彼女の美貌に見惚れたからじゃない。
その顔に——はっきりと見覚えがあったからだ。
「立石麻美さんです。夏休み中に引っ越してきたそうで、短い間だけども、残り半年この四組の仲間になります。あー、男子はセクハラしないように」
先生の冗談で、張り詰めていた教室の空気が、また少しだけ和らいだ。
「よろしくお願いします」
彼女は短くそう告げて、お辞儀をした。その透き通るような声に心を奪われたのか、浩大がいち早く甲高い拍手を送ると、他の生徒たちもそれに倣った。
それから程よいところで、先生が手で軽く合図を送った。彼女は教壇を降りて、ゆっくりとこちらへ向かって歩き出す。段々近づいてくるけど、もちろん、僕に何か用があるわけじゃない。席が後ろにあるから、それだけのこと。
けれど僕は、彼女を正面から見ることはできなかった。そっと視線を落とし、通り過ぎていくのを待った。
視界の端に紺色のスカートが映る——と同時に、ふわりとフローラルな香りが鼻をかすめた。清潔感のあるその匂いは、どこか懐かしくて……思わず、息を呑む。
——と、そこで気づく。
通り過ぎるはずのスカートが、いつまでも視界から消えない。
目線を上げようとした、その瞬間——。
「久しぶり……明希君」
その声は、やっぱり、彼女のものだった。
教室がまたざわめき出す。けれど僕の意識は、もはや教室の空気なんかに囚われていなかった。
その一言だけで——僕の心臓は、一気に高鳴っていた。
朝礼が終わってからの一日は、思いのほか慌ただしく過ぎていった。
最初は体育館で始業式。次は体操服に着替えて大掃除。さらに制服に着替え直して、二コマ授業。昼休みもあったけど、夏休みのリズムが響いて、気づけば生徒会室で爆睡。もちろん、合間にはあの一言の余波もやってきた。
「とりあえず、説明してもらおうか。んん?」
大掃除後の教室で、待ってましたとばかりに浩大は絡んできた。その「んん?」のイントネーションは、完全にヤンキーのそれだ。
「お前、立石さんと仲良かったのか?」
「え……?まあ、そこそこ」
てっきり「なんでお前ら顔見知りなんだよ」って詰めてくると思っていたから、その問いかけはちょっと意外だった。まあ、僕が生徒会の仕事に追われている間に、女子同士の会話でも聞いたのだろう。
彼女は、小学一・二年生の間……たった二年間だけ、この町に住んでいた。入学直前に戻ってきたのに、三年生になる前の春休み、親の都合でまた引っ越してしまった。
あれは、きつかった。女の子の前で泣いたのは、たぶんあの日が最初で最後だ。
——僕は、彼女のことが好きだった。
いわゆる、初恋。まだ“好き”の意味なんてちゃんと分かってなかったけど、今なら言える。あれは、間違いなく恋だった。
まあ……それはともかく。
だから、あの教室で漂った“空気の揺らぎ”は、僕一人のものじゃなかったと思う。彼女の顔を見て、気づいた人は他にもいただろう。
それにしても——今でも、彼女と再会したことが信じられない。あの頃の面影は確かに残っているのに、まとう空気は、まるで別人だった。
「ラブ、だったのか?」
浩大はニヤニヤしながら、親指と人差し指でハートマークを作って見せてきた。キモいからやめてくれ、と純粋に思った。
「でも、今回はダメだぜ。俺は一目惚れしちゃったからな。ま、お前には河西さんがいるし、関係ねーか」
「ちょっと男子~? 早く着替えてくれる?」
廊下から聞こえた女子の嫌味に舌打ちしながら、浩大は急いで着替えに戻った。
彼女と疎遠になってから、もう七年。今日、こうして再会して——あの頃の気持ちが戻ったかと言われれば、正直、そういうわけでもない。
今の僕が女子に抱く“好意”は、昔ほど単純じゃない。それに、本当に浩大が狙っているのだとしたら、僕に勝ち目なんてあるはずもない。
でも、それでも……浩大の言葉を聞いた時、心の奥にモヤのようなものがかかった。
二コマの授業が終わり、ようやく待ち望んでいたホームルームの時間が訪れた。今回の席替えで、この二学期の座席が決まる。
中学校生活の残りを左右する。……決して、大げさじゃない。少なくとも、僕にとっては。
席替えのやり方は簡単。黒板に書かれた番号を元に、くじ引きのように一人ずつ紙を取っていく。僕は学級委員長だから、不正を疑われないように、最後に残った一枚を手に取る。
「じゃあ、開けてください」
僕の合図で、皆が一斉に紙を開いた。あちこちで歓声やため息が響く中、僕の番号は『31』。今日追加された、窓際の一番奥の席だった。悪くない。当たりだ。問題は、他の皆が——河西栞が、どこに移動するのか。
髪は全体的に黒で、肩にかかる程度のショートボブ。でも毛先はほんのり赤みがかっていて、歩くたびに、風を孕んだように軽く舞う。その内側の髪にも、やわらかな赤みが差していた。前髪は斜めに流れていて、眉の少し上でぴたりと揃う。整いすぎたその顔立ちは、まるで光を反射するように眩しい。
大きく澄んだ黒い瞳。スッと通った鼻筋。そして、淡いピンク色の、瑞々しさを帯びた唇。控えめだけど、美しい。どこか儚さを纏いながら、でもそこには確かな存在感があった。
ただ、僕が固まったのは、彼女の美貌に見惚れたからじゃない。
その顔に——はっきりと見覚えがあったからだ。
「立石麻美さんです。夏休み中に引っ越してきたそうで、短い間だけども、残り半年この四組の仲間になります。あー、男子はセクハラしないように」
先生の冗談で、張り詰めていた教室の空気が、また少しだけ和らいだ。
「よろしくお願いします」
彼女は短くそう告げて、お辞儀をした。その透き通るような声に心を奪われたのか、浩大がいち早く甲高い拍手を送ると、他の生徒たちもそれに倣った。
それから程よいところで、先生が手で軽く合図を送った。彼女は教壇を降りて、ゆっくりとこちらへ向かって歩き出す。段々近づいてくるけど、もちろん、僕に何か用があるわけじゃない。席が後ろにあるから、それだけのこと。
けれど僕は、彼女を正面から見ることはできなかった。そっと視線を落とし、通り過ぎていくのを待った。
視界の端に紺色のスカートが映る——と同時に、ふわりとフローラルな香りが鼻をかすめた。清潔感のあるその匂いは、どこか懐かしくて……思わず、息を呑む。
——と、そこで気づく。
通り過ぎるはずのスカートが、いつまでも視界から消えない。
目線を上げようとした、その瞬間——。
「久しぶり……明希君」
その声は、やっぱり、彼女のものだった。
教室がまたざわめき出す。けれど僕の意識は、もはや教室の空気なんかに囚われていなかった。
その一言だけで——僕の心臓は、一気に高鳴っていた。
朝礼が終わってからの一日は、思いのほか慌ただしく過ぎていった。
最初は体育館で始業式。次は体操服に着替えて大掃除。さらに制服に着替え直して、二コマ授業。昼休みもあったけど、夏休みのリズムが響いて、気づけば生徒会室で爆睡。もちろん、合間にはあの一言の余波もやってきた。
「とりあえず、説明してもらおうか。んん?」
大掃除後の教室で、待ってましたとばかりに浩大は絡んできた。その「んん?」のイントネーションは、完全にヤンキーのそれだ。
「お前、立石さんと仲良かったのか?」
「え……?まあ、そこそこ」
てっきり「なんでお前ら顔見知りなんだよ」って詰めてくると思っていたから、その問いかけはちょっと意外だった。まあ、僕が生徒会の仕事に追われている間に、女子同士の会話でも聞いたのだろう。
彼女は、小学一・二年生の間……たった二年間だけ、この町に住んでいた。入学直前に戻ってきたのに、三年生になる前の春休み、親の都合でまた引っ越してしまった。
あれは、きつかった。女の子の前で泣いたのは、たぶんあの日が最初で最後だ。
——僕は、彼女のことが好きだった。
いわゆる、初恋。まだ“好き”の意味なんてちゃんと分かってなかったけど、今なら言える。あれは、間違いなく恋だった。
まあ……それはともかく。
だから、あの教室で漂った“空気の揺らぎ”は、僕一人のものじゃなかったと思う。彼女の顔を見て、気づいた人は他にもいただろう。
それにしても——今でも、彼女と再会したことが信じられない。あの頃の面影は確かに残っているのに、まとう空気は、まるで別人だった。
「ラブ、だったのか?」
浩大はニヤニヤしながら、親指と人差し指でハートマークを作って見せてきた。キモいからやめてくれ、と純粋に思った。
「でも、今回はダメだぜ。俺は一目惚れしちゃったからな。ま、お前には河西さんがいるし、関係ねーか」
「ちょっと男子~? 早く着替えてくれる?」
廊下から聞こえた女子の嫌味に舌打ちしながら、浩大は急いで着替えに戻った。
彼女と疎遠になってから、もう七年。今日、こうして再会して——あの頃の気持ちが戻ったかと言われれば、正直、そういうわけでもない。
今の僕が女子に抱く“好意”は、昔ほど単純じゃない。それに、本当に浩大が狙っているのだとしたら、僕に勝ち目なんてあるはずもない。
でも、それでも……浩大の言葉を聞いた時、心の奥にモヤのようなものがかかった。
二コマの授業が終わり、ようやく待ち望んでいたホームルームの時間が訪れた。今回の席替えで、この二学期の座席が決まる。
中学校生活の残りを左右する。……決して、大げさじゃない。少なくとも、僕にとっては。
席替えのやり方は簡単。黒板に書かれた番号を元に、くじ引きのように一人ずつ紙を取っていく。僕は学級委員長だから、不正を疑われないように、最後に残った一枚を手に取る。
「じゃあ、開けてください」
僕の合図で、皆が一斉に紙を開いた。あちこちで歓声やため息が響く中、僕の番号は『31』。今日追加された、窓際の一番奥の席だった。悪くない。当たりだ。問題は、他の皆が——河西栞が、どこに移動するのか。
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