6 / 102
序 章 華
6
しおりを挟む目を閉じた。
そこにいるわけでもないのに、彼女の気配が、すぐ隣に迫るような錯覚。
気がつけば、鼻先が生地に触れていた。ふんわりとした綿の感触と、かすかに染みついた香りが、脳に染み込んでくる。
これは、やばい。
そう、心のどこかが警鐘を鳴らしている。それでも、もう一歩だけ深く、その感覚に沈んでみたくなる。これはもはや、麻薬に近い。頭の中が、ふわふわと浮く。体の芯から熱が広がっていく。“戻れない”と、分かっていながら。
昨日までの僕は、放課後の教室がこんなにも危うい場所だなんて、知らなかった。でも知ってしまった今、もう“知らなかった頃の自分”には戻れない。
呼吸が乱れ、自分の息がうるさく感じるほどに、いつの間にか埋もれていた。乱れた生地を丁寧に整えて、巾着の口を閉じる。そして一度、深く深呼吸をした。この興奮は早々弱まることはないだろうけど、あまり悠長にしていても人が来る可能性が高まってしまう。
背を向けて、今度は河西栞の席に向かう。彼女の机は、麻美ちゃんのそれとは違っていろんな物で埋まっていた。教科書、筆記用具、ティッシュ、手鏡、リップクリーム。
そのリップを見た瞬間、背筋に冷たいものが走る。
「それは……さすがにバチが当たる」
言い聞かせるように、無意識につぶやいた。
視線を外し、他に何かないかと手探りしていたとき、数学の教科書の中から、何やら折り畳まれた紙がひらりと落ちた。
拾い上げたそれは、手紙だった。そういえば今日の終礼前、水泳部の三角さんがサッと来て何か渡していた気がする。あれか。女子って、授業の合間にこうして手紙をやり取りする文化がまだ残ってるらしい。今どき中学生の大半はスマホを持っているはずなのに。
でもまあ、登校中は使えないし、ラインより“手紙”ってほうが何かこう、秘密っぽくていいのかもしれない。僕からしたら「直接しゃべればよくない?」って思うけど、たぶんそれが野暮なんだろう。女子の世界って、そういうもんらしい。
……でも、こうなると、間違っていたのは僕の方だ。だって、この手紙を——僕は今、見ようとしているのだから。
中には、もしかしたら恋愛のことが書かれているかもしれない。「〇〇が〇〇くんのこと好きらしい」とか、あるいは「委員長がキモい」とか、もっと救えない何かかもしれない。そんなことを想像しながら、僕は誰にも見られていないことを確かめてから、そっと紙を開きはじめた。
複雑に折られていて、まるで何かを隠すように仕舞われているそれを丁寧に、慎重にほどいていく。何が書いてあるんだろう。こんなふうに隠されてたくらいだ、きっと、大切なことに違いない——。
そう思った矢先。目に飛び込んできた中身を見て、僕は唖然とした。
【しおり久しぶりだね!あれから結構経つけど、大丈夫?何かあったらいつでも電話してね!私もするから!笑】
読み終えた瞬間、ため息が漏れた。これは……正直、ガッカリだ。
いや、別に過度な期待をしていたわけじゃない。けど、もっとこう……何かあってもいいじゃないか。これはさすがに、『秘密っぽくて良い』とかいうレベルじゃない。少なくとも、リスクを取ってまで覗く内容ではなかった——。
……って、あれ?待てよ。これ、どうやって折られてたっけ?
たしかに丁寧に折り目を確認したはずなのに、開いた途端その手順が全部吹っ飛んだ。やばい。やばいやばい。元通りにできるか、かなり怪しい。いやいや、落ち着け。今どきネットで『女子 手紙 折り方』とかで調べたら出るはずだ。焦るな、高須明希。
深呼吸。少しだけ心拍を整える。
……で、僕の目は、無意識に次を探していた。河西栞の机の両サイド。何も入っていないのは最初に確認済み。つまり、彼女の私物も、例の場所にある可能性が——。
あった。やっぱり、あった。
見慣れた巾着袋。選択教科の美術道具もすでに入ってるあたり、抜け目ないなと思う。でも、それはどうでもいい。
僕は、もう躊躇なんてしなかった。無意識のように彼女の巾着を手に取り、紐を引く。袋の中には、丁寧に畳まれた体操服。しかも、おしぼりのように取り出しやすく戻しやすい。本当に、そういうところが女子ってすごい。
そっと、袋から取り出し、そして広げる。胸元に刺繍された『河西』の名前が、目に飛び込んできた。
たったそれだけで、息が乱れる。
『河西栞とも、一線を超えるのか?』
同時に、理性の自分が問いかけてくる。
でも、そんな警告はハエよりも小さな抵抗にしかならなかった。ここまできて引き返せるわけがない。ゆっくりと、鼻元へ近づける。
目を閉じる。思い出すのは、今日のあの一瞬。麻美ちゃんとは全然違う、でも優しい、ふわりと香るラベンダー系の匂い。
目の前にいるような錯覚。脳の奥が、じんわり溶けていく。
鼻先が布に触れ、そのまま顔全体を包み込む。
香りが、肌を刺す。
頭が、ボーッとする。
気持ちいい。怖い。止まらない。
その、とき——。
カシャッ
鼓膜の奥に、音が刺さった。
2
あなたにおすすめの小説
高校生なのに娘ができちゃった!?
まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!?
そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?
宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。
栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。
その彼女に脅された。
「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」
今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。
でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる!
しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ??
訳が分からない……。それ、俺困るの?
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。
陰キャの俺が学園のアイドルがびしょびしょに濡れているのを見てしまった件
暁ノ鳥
キャラ文芸
陰キャの俺は見てしまった。雨の日、校舎裏で制服を濡らし恍惚とする学園アイドルの姿を。「見ちゃったのね」――その日から俺は彼女の“秘密の共犯者”に!? 特殊な性癖を持つ彼女の無茶な「実験」に振り回され、身も心も支配される日々の始まり。二人の禁断の関係の行方は?。二人の禁断の関係が今、始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる