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第1章 秘密とヒミツ
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しおりを挟む昨日はあれから、ずっと頭の中がふわふわしていた。ご飯を食べているときも、英語の予習をしているときも、何をするにしても手に力が入らない。
意思が首より下に降りてこないような、とにかく上の空ってやつだった。
——その代わり、代償は払ってもらうね。
あの時の彼女の声が、頭の中をぐるぐると回り続ける。
『代償』の意味をずっと考えてみるけど、結局わからないまま。
「誰にもバラさないから〇〇してね」とか、「〇〇が欲しい」とか、そういう取引きなら、それは“代償”じゃなくて——交渉だ。悪く言えば、ただの恐喝。
でも彼女が言ったのは、代償だった。
つまり昨日の出来事と引き換えに、僕が何かを“失う”ということのはず。
僕が失うものってなんだ。プライド? そんなもんは、昨日の時点でとうに無くなっている。
……もしかして、河西栞——?
彼女との関係性そのものを、失うって意味なのか?
教室のドアを開けると、中の空気は昨日と特に変わりなかった。
昨日の、あの姿——あの決定的瞬間が、もしかしたら広められているかもしれない。そんな不安が、頭の片隅にないわけじゃなかった。
でも、どうやら本当に誰にも見せていないらしい。
彼女の周囲に集まる数人の女子たちは、僕に対して一瞥すら寄越さない。
そして、一つ前の席に座る河西栞も、椅子を引いた僕に何の反応も示さなかった。
「明希ク~~ン。昨日は寂しかったぜぇ? ラインも返さねえし!」
席に着いてほっとしたのも束の間、少し遅れて教室に入ってきた浩大が、いつもの調子で絡んでくる。やっぱり、この出っ張った机の位置は、何かと目立つ。
「あ、ごめん。完全に忘れてた」
そう返しながら、昨日の夜に来ていた浩大からのラインを思い出す——
【四組で立石さんと顔馴染みなのは誰なんだ?】
これに関して、僕は決して“無視していた”わけじゃない。僕なりに『誰だっけ?』と必死に思い出そうとして……でも、あの例のフワフワした思考に流されて、そのまま忘れてしまっていたんだ。
麻美ちゃんがこの町に来たのは、小学校に上がる直前。そして、小二の終わりにはまた別の場所へ引っ越してしまった。
つまり、“顔馴染み”と呼べるのは、その間に同じクラスだったごく一部の人間だけ。そして、今このクラスでその条件に当てはまるのは……片手で足りるくらい。
というか、僕を含めて——
「ちょうど、今囲んでる三人と、僕だけだな」
今さらながら気づく。男は僕一人だけじゃないか。それがどうした、って話かもしれないけど、浩大のことをよく知る僕としては、そんな軽い感想では済まない。
「おっしゃ! じゃあやっぱ明希を頼りにするしかねえな!」
ガッチリと肩を組まれる。まるで『心の友よ』的なやつ。
浩大が色恋沙汰でマジになると、ほんとに止まらない。行動力も突破力も、僕とは次元が違う。あれはもう、人生何周やり直しても真似できる気がしない。……まあ、それを実感したのは一度きりなんだけど。
「一応言っとくけど、中一の時みたいに“ぶっ飛ばす”なよ?」
「あ? 俺がいつ女子に手ぇ出したよ?」
「いや、そっちの意味じゃないっての……」
「わーってるわーってる」とか言いながら、肩をバシバシ叩いてくる。本当に分かってるのか、正直かなり怪しい。
僕らが入学して最初の数ヶ月、一種の“争奪戦”が起こった。今思えばガキくさい話だけど、もしかしたら思春期特有のミームみたいなものだったのかもしれない。
それは、いかに早く『彼氏・彼女をつくるか』という、何ともくだらない雰囲気だけのイベント。誰が始めたわけでもない。でも、気がつけばそんな空気が学年中に広まっていて——
こういう空気が一度できあがると、もう皆がそこに向かって動かざるを得なくなる。ある意味で、それは“ヒエラルキー”の一つの指標になってしまっていた。まあ、結局は一部の陽キャか、陽キャになりたい奴らのための祭りみたいなものでしかなかったけど。そしてそのとき、僕は浩大に協力する形で、その波に巻き込まれた。
結果的に、僕は“陽キャと陰キャの違い”をまざまざと思い知らされ、浩大はというと——彼女を作らないという、なんだそれ?っていう結末を迎えた。
「一応訊くけど、今回はどのくらいマジなの?」
「百パーだな。あの見た目、あの体、あの雰囲気……ドンピシャだわ」
女子たちに囲まれている麻美ちゃんを遠目に見ながら、しみじみと呟く。キッパリ“百”と言い切ったあたり、今回は本気度が高いのかもしれない。話していくうちに「やっぱ彼女は違うかな~」とか言い出す可能性もあるけど。
でも、もし昨日の“魅惑的な振る舞い”をコイツがされたら……その線は限りなく薄いだろうな。
あれ?というか僕、今日も放課後に彼女と会う感じなんだよな?昨日の出来事は流石に言えないにしても、コイツの気持ちを知った上で、それを当人に伝えずこっそり会っていいんだろうか。
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