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第1章 秘密とヒミツ
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「あ、てか、河西さんは立石さんと仲良かったりしないの?」
ぼんやりしている僕を他所に、浩大が突然、目の前の河西栞に話しかけた。
思わず固まる。なんでよりによって今なんだ。それに『てか』って、それは会話の内側に入ってる人間に使う言葉だろ。
当然、目の前の彼女は「え、私……?」と少し困惑している。でも、次に放った言葉は、僕をさらに驚かせた。
「麻美ちゃんが引っ越す前は、たまに遊んでたよ」
あまりに意外すぎて、僕はつい「えッ」と声を漏らしてしまった。
「マジ!?やっぱ可愛い者同士は引かれ合うんだなあ!なあ、明希!」
「あ、ああ……そうだな」
「ふふっ、なにそれー。でもありがと」
彼女は肩をすくめ、浩大の方を向いたまま笑った。口元に浮かぶ小さな笑み。目尻はやわらかく下がり、ほんのりとした温もりが漂っていた。
——この笑顔を、僕はいつも遠目で見ていた。
けれどこうして正面から向き合ってみると、改めて思う。やっぱり可愛いな、と。
表情はどこか穏やかで、優しさを含んでいる。背中まで伸びたストレートの黒髪がその雰囲気を引き立てて、大きく澄んだ瞳と眼差しには、静かな知性と柔らかい温もりがあった。
でも、何よりもやはり、この自然体の笑顔だ。無理してない、作ってない、懐かしささえ感じる笑顔。
こんな子に、彼氏がいないわけがない。
ふと、そんな言葉が頭を過ぎった。自分でもびっくりするほどリアルな本音だった。
だけど、不思議だ。話してすらいないのに、ほんの少し——心の距離が近づいたような、そんな気がした。話したのは浩大であって、僕と彼女は、この後の終礼まで、一言も言葉を交わしていないというのに。間接的に、浩大を介して同じ話題に触れただけ。あ、あと一つ。プリントを回すときの、彼女の仕草。愛想もなく肩越しに垂らしてくる奴らとは違って、わざわざ体を少し捻って、ちゃんと僕に向けて渡してくれる。たったそれだけでドキドキしてる自分がいるのだから、我ながらなんともおめでたい奴だと思う。
放課後。約束の時間が来たものの、僕は一度生徒会室へ向かった。居残り禁止とはいえ、全員が捌けるまではなんだかんだ二十分くらいかかる。その間ずっと教室に居るのも変だし、そもそもどんな顔して居ればいいのやら分からない。麻美ちゃんと目が合うのもなんか気まずいし。
それに引き換え、この場所はやっぱり一番落ち着く。もう、自分の部屋と言ってもいいくらいだ。
「うい~す。今日も変わらず来てんなあ」
そして相も変わらず、窓から長身細身の男が入ってくる。
「おい翔一、窓を多用するな。そこは一応非常用なんだから」
「いや、今日もヤツがおる気したんよ」
生徒会室の外は普段人が来ない裏庭的な場所に位置している。その上、ドアが施錠されていれば先生も中を覗かないから、この窓は僕ら生徒会メンバーだけが知る『裏の玄関』。忘れ物とかで万が一校内に入る必要が出た時に使う所謂裏ルートなのだけれど、翔一はそれとは別に、正規ルートで来るとやたら部活の顧問に鉢合わせするからという理由。もう引退してんだからいいじゃん、と思えないから僕も強くは言えない。そう思えるヤツは間違いなく、優しい顧問だったに違いないから。
「そういえば、昨日お前が教室行った直後だっけな。例の麻美ちゃんが来たぞ」
ふとした流れで、翔一がさらりと口にする。
「え?何しに?」
「いやお前探しにだよ。会わなかったか?」
それはまた意外な返しだった。何かの手続きとかそんなのではなく、僕個人に会いに来たと。
しかし、そうなるとそうか……コイツのせいで——
いやいや、よそう。あれは僕が悪いんだ。コイツは何も悪くない。
「ついでに暇だったからよ、麻美ちゃんが履いてた来賓用のスリッパ返しといてあげたぜ。履物なのに良い匂いがしてビビったわ」
「やっぱり許せねえ」
「へぇ!?」
もし昨日、彼女の足音に気づいていたら、当然あんな恥辱的な場面は晒さなかった。それに、ベランダから飛び降りようとすることもなければ、彼女に止められることもなかった。
……でも、仮に普通の自分を振る舞っていたら、その後はどうなっていたんだろう。彼女とまた放課後会うなんてことには、なっていない気もする。コイツの些細な気遣いでそこまで展開が変わるって、そんなことあるのか?人生ってそんなに、紙一重なのか?
僕が呟きの真意を置いてけぼりにしたまま天井を眺めていると、不意に勢いよく生徒会室のドアが開いた。
「見つけた。いつの間にかいなくなったと思ったら」
現れたのは、無造作に肩からカバンを下げた麻美ちゃんだった。まるで重さを感じさせないそれを背中に預け、物珍しそうに見回しながら中に入ってくる。
「おっ麻美ちゃん、今日は上靴履いてんだな」
「あ、翔一くん昨日はありがと!今日はね、ちゃんと忘れずに持ってきたよ」
彼女のその仕草と声のトーンは、昨日今日クラスで見せていたそれよりもずっと柔らかくて、どこか懐かしかった。クールな色が弱っまって、その分明るくなったような、幼馴染とは違うけど昔からの知り合いに話すような……いや事実そうなのか。
ぼんやりしている僕を他所に、浩大が突然、目の前の河西栞に話しかけた。
思わず固まる。なんでよりによって今なんだ。それに『てか』って、それは会話の内側に入ってる人間に使う言葉だろ。
当然、目の前の彼女は「え、私……?」と少し困惑している。でも、次に放った言葉は、僕をさらに驚かせた。
「麻美ちゃんが引っ越す前は、たまに遊んでたよ」
あまりに意外すぎて、僕はつい「えッ」と声を漏らしてしまった。
「マジ!?やっぱ可愛い者同士は引かれ合うんだなあ!なあ、明希!」
「あ、ああ……そうだな」
「ふふっ、なにそれー。でもありがと」
彼女は肩をすくめ、浩大の方を向いたまま笑った。口元に浮かぶ小さな笑み。目尻はやわらかく下がり、ほんのりとした温もりが漂っていた。
——この笑顔を、僕はいつも遠目で見ていた。
けれどこうして正面から向き合ってみると、改めて思う。やっぱり可愛いな、と。
表情はどこか穏やかで、優しさを含んでいる。背中まで伸びたストレートの黒髪がその雰囲気を引き立てて、大きく澄んだ瞳と眼差しには、静かな知性と柔らかい温もりがあった。
でも、何よりもやはり、この自然体の笑顔だ。無理してない、作ってない、懐かしささえ感じる笑顔。
こんな子に、彼氏がいないわけがない。
ふと、そんな言葉が頭を過ぎった。自分でもびっくりするほどリアルな本音だった。
だけど、不思議だ。話してすらいないのに、ほんの少し——心の距離が近づいたような、そんな気がした。話したのは浩大であって、僕と彼女は、この後の終礼まで、一言も言葉を交わしていないというのに。間接的に、浩大を介して同じ話題に触れただけ。あ、あと一つ。プリントを回すときの、彼女の仕草。愛想もなく肩越しに垂らしてくる奴らとは違って、わざわざ体を少し捻って、ちゃんと僕に向けて渡してくれる。たったそれだけでドキドキしてる自分がいるのだから、我ながらなんともおめでたい奴だと思う。
放課後。約束の時間が来たものの、僕は一度生徒会室へ向かった。居残り禁止とはいえ、全員が捌けるまではなんだかんだ二十分くらいかかる。その間ずっと教室に居るのも変だし、そもそもどんな顔して居ればいいのやら分からない。麻美ちゃんと目が合うのもなんか気まずいし。
それに引き換え、この場所はやっぱり一番落ち着く。もう、自分の部屋と言ってもいいくらいだ。
「うい~す。今日も変わらず来てんなあ」
そして相も変わらず、窓から長身細身の男が入ってくる。
「おい翔一、窓を多用するな。そこは一応非常用なんだから」
「いや、今日もヤツがおる気したんよ」
生徒会室の外は普段人が来ない裏庭的な場所に位置している。その上、ドアが施錠されていれば先生も中を覗かないから、この窓は僕ら生徒会メンバーだけが知る『裏の玄関』。忘れ物とかで万が一校内に入る必要が出た時に使う所謂裏ルートなのだけれど、翔一はそれとは別に、正規ルートで来るとやたら部活の顧問に鉢合わせするからという理由。もう引退してんだからいいじゃん、と思えないから僕も強くは言えない。そう思えるヤツは間違いなく、優しい顧問だったに違いないから。
「そういえば、昨日お前が教室行った直後だっけな。例の麻美ちゃんが来たぞ」
ふとした流れで、翔一がさらりと口にする。
「え?何しに?」
「いやお前探しにだよ。会わなかったか?」
それはまた意外な返しだった。何かの手続きとかそんなのではなく、僕個人に会いに来たと。
しかし、そうなるとそうか……コイツのせいで——
いやいや、よそう。あれは僕が悪いんだ。コイツは何も悪くない。
「ついでに暇だったからよ、麻美ちゃんが履いてた来賓用のスリッパ返しといてあげたぜ。履物なのに良い匂いがしてビビったわ」
「やっぱり許せねえ」
「へぇ!?」
もし昨日、彼女の足音に気づいていたら、当然あんな恥辱的な場面は晒さなかった。それに、ベランダから飛び降りようとすることもなければ、彼女に止められることもなかった。
……でも、仮に普通の自分を振る舞っていたら、その後はどうなっていたんだろう。彼女とまた放課後会うなんてことには、なっていない気もする。コイツの些細な気遣いでそこまで展開が変わるって、そんなことあるのか?人生ってそんなに、紙一重なのか?
僕が呟きの真意を置いてけぼりにしたまま天井を眺めていると、不意に勢いよく生徒会室のドアが開いた。
「見つけた。いつの間にかいなくなったと思ったら」
現れたのは、無造作に肩からカバンを下げた麻美ちゃんだった。まるで重さを感じさせないそれを背中に預け、物珍しそうに見回しながら中に入ってくる。
「おっ麻美ちゃん、今日は上靴履いてんだな」
「あ、翔一くん昨日はありがと!今日はね、ちゃんと忘れずに持ってきたよ」
彼女のその仕草と声のトーンは、昨日今日クラスで見せていたそれよりもずっと柔らかくて、どこか懐かしかった。クールな色が弱っまって、その分明るくなったような、幼馴染とは違うけど昔からの知り合いに話すような……いや事実そうなのか。
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