黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実

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第1章 秘密とヒミツ

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「ほら、なにボケっとしてるの?行くよ」

 二人のやりとりをただ眺めていた僕に、彼女はあっさりした口調で言い放つ。澄んだ笑顔が余計に僕を困惑させる。『放課後待ってる』としか言われてないはずだけど、何処かに行く約束なんてしたっけ?でも、彼女がここに長居するのもそれはそれで困る(昨日の所業が暗にバレかねない)から、とりあえず彼女に合わせて「うん」と呟いた。

 こういう時に翔一は男らしくて助かる。浩大みたいに根掘り葉掘り訊いてくることもなく、空気を読んでくれるから。まあ、ちょっとニヤニヤはしてるんだけど。無言で右手を挙げる翔一に、僕も右手で返し生徒会室を後にした。

「翔一くん、変わらないね」

 次に彼女が口を開いたのは、人気の無い昇降口。新品の上靴を仕舞って靴を取り出すその仕草に、反応するより先に思わず言葉が漏れる。

「ど、何処行くの?」

「え?何処って、帰らないの?」

 きょとんとする彼女に、思わず拍子抜けしてしまった。ああ、帰るだけか、と。

 僕は、もしかして何か期待していたのだろうか。その『何か』が何なのかもイメージできていなかったけれど。

「それとも、何処か行きたかった?」

 僕の動揺に気づいたのか、彼女は声のトーンを落として囁くように言った。その響きは、昨日の“あの”麻美ちゃんそのままだ。

「い、いや別に」

「『別に』なんだ。ふーん」

 トントンッと軽い音を立ててローファーに足を通すと、彼女はそのままの勢いで外へ向かっていく。上靴は新調してるのに、靴はそのままなんだ——なんてどうでも良いところに気を取られたせいで、耳障りな音を昇降口いっぱいに響き渡らせてしまった。僕と彼女は、いちいち対照的だ。小悪魔の彼女には全てに余裕があって、踊らされている僕にはそれが無い。

「明希君自転車で来てるよね?私歩きだから助かるー」

「助かるって……もしかしてニケツするの?」

「もちろん。自転車の意味なくなるじゃん」

「でもバレたら怒られるよ?」

「昨日あんなことしといてそこ気にする?」

 それを引き合いに出されたら、もう何も言えるわけがない。例え『副会長が女子とニケツしてた』とチクられて先生に呼び出されようとも、昨日の所業に比べたら全てが瑣末なことに感じてしまう。彼女は誰にも言わないと言ってくれたけど、あの瞬間の写真が残っていることを忘れてはいけない。何かがきっかけでその気が変わる可能性もゼロではないわけだし。
 まあ幸い、校門を出て一つ道に入れば生徒にも大人にもほとんど会うことはないから、そこから乗ればいいだろう。

 いや、待て……大事なところが一つ抜け落ちているぞ——?

「今の家って、どの辺なの?」

「あっ……そういえば、言ってなかったね」

 思い出したように、彼女は答えた。

「明希君家から四百メートルくらい離れたところかな。だからけっこうなご近所さんだよ」

 四百メートルというと、陸上トラックの一周にあたる。それはたしかに近い。なるほど、だから今日“待ってて”と言われたのか。——いや、それよりも、彼女が僕の家の場所を覚えていることの方が意外だ。たった一度、あの日しか来たことがないはずなのに。

 大通りを避けて細道に入ると、彼女もそれを察したように、タイミングよく荷台にちょこんと腰かけた。途端に自転車が左右にふらつき、腕にずっしりとした重みが伝わる。

 ——でも軽い。

 サッカー部連中とニケツしてた時とは比較にならない。さすが、女子だ。

「てか、いつまで押してるの?早く漕いでよ」

 待ちきれない小学生のように足をぶらぶらと動かしていた彼女が、堪りかねてか肩をツンツンと突いてくる。乗せてすぐ、『あ、これならバレても問題ないじゃん』と閃いたんだけど、やっぱりそうはいかないか。

「じゃあ、せめてこれ被って。万が一怪我されたら困るから」

 僕はそう言って、籠の中に入れていた通学用のヘルメットを渡した。白基調のクソダサヘルメット、正直本当にダサいから可能なら被りたくない。これを被りたくないから徒歩通学を選んでる奴もいるくらいだ。

 当然、彼女も「え、めっちゃダサい」とそのフォルムにすかさずツッコミを入れた。でも、これは申し訳ないが譲れない。さすがに女子を差し置いて自分の頭だけ守るわけにはいかないから。

「んー、意外と無臭だなあ」

 そりゃまあ、そうだろう……って、え?

「ちょ、ちょっと!」

 嫌な予感がして振り返ると、彼女はヘルメットに顔を突っ込み、思いっきり息を吸い込んでいた。僕は反射的に、それを彼女の手から取り上げる。

「何してんのかと思ったら……」

「えへへ。どう?恥ずかしい?」

「いや、うん。ん?どう、なんだろ」

 恥ずかしいのか?いや恥ずかしいというより、『臭い』と思われるのが嫌だったのか。頭皮の臭いとか……しかもそれを女子に嗅がれるなんて、それは何か嫌だ。

「多分、も、今の明希くんと同じ気持ちになると思うよ」

 そう言われると、途端に返す言葉を失ってしまう。自分の行為は棚に上げて他人にはやるな……なんて、どの口が言ってんだって話だし。つまるところ、客観的には僕が注意すべきところなのに、出た言葉は「反省してます」だった。
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