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第1章 秘密とヒミツ
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「ふふ。私は嫌いじゃないよ?明希君みたいな純粋な変態さん」
「ああ……それはどうも」
慰めてるのか馬鹿にしてるのか……でも、どちらにせよその一言で沈んだ気持ちが紛れるのは事実。僕は純粋というより単純なんだ。
ようやくバックルのパチンという音が聞こえ、確認すると彼女は横乗りから前乗りに座り方を変えていた。露出する太ももに目が行きそうになるも、慌てて目線を上げる。
とても不思議だ。これだけダサいヘルメットなのに、それを浅く被った彼女は相変わらず可愛い。ヘルメットがお洒落に見えるなんて反則だろ。
「いや~、風が気持ちいね」
冷静に考えると、女子とのニケツは初めてかもしれない。男より遥かに漕ぎやすいけれど、やっぱり圧倒的に緊張する。転けて怪我なんて死んでもさせられないから。
そんな僕の内情はお構いなしに、彼女はのびのびと風を受けている。前輪の軽さ的に、きっと今空を見上げるように仰け反っているのだろう。
「放課後さ、田中君に連絡先訊かれたんだ」
「……えっ?」
漕ぐことに集中していた脳が慌てて両手に指令を送る。その反動でヘルメットが首元にゴツンと当たり、不意に、彼女の両手が僕のお腹に触れた。一瞬だけ背中をかすめた柔らかい感触が、さらに記憶を上書きしようとする。
「どうしたの急に?」
「あ、ごめん……なんだっけ?」
「なんだっけって、ふふ。じゃあなんで止まったのよ」
田中君、田中……ああ、そうだ。身内にそう呼ぶ人がいないから、余計に理解が遅れた。田中とは、浩大のことだ。
「浩大に連絡先訊かれたって?」
「うん」
その瞬間、胸の奥に異様な圧がかかる。
「……教えたの?」
「いいや?私スマホ持ってないテイだから」
ああ、そうなんだ。と、何故だかホッとした。そして、ホッとしている自分に、少しだけ嫌気がさす。
「あ、でも止まったついでに明希君には教えてあげる」
「ん?何を?」
「明希君ちゃんと人の話聞いてる?私のライン」
彼女は、まるで空っぽに見えるカバンの中を手探りで探し、白色のスマホを取り出した。それはどうやら最新の機種ながら意外にもシンプルで、本体のカバーどころか画面のフィルムすら貼られていない。クラスの女子は可愛いアクセサリーやカバーを自慢し合ったりしている中で、これはむしろ男より男らしい。
というか、冷静に考えたら持ってないわけがない。僕は昨日、このスマホで写真を撮られているのだから。
「スマホ持ってない“テイ”ってのは……?」
「いろんな子に聞かれるの面倒だからさ、持ってないことにしてるだけ。だから明希君も、私とライン交換したのはヒミツね」
差し出されたQRコードを、流れのままに読み取る。二度くるくると読み込みが入ったあと、画面に表示されたのは『麻美』という名前と灰色のアイコン。ほぼ初期設定と言っていい簡素なプロフィールからも、その言葉に嘘偽りはなさそうだ。
「ちなみに、絶対に守ってほしいことが二つあるの」
彼女はそう言って、僕の目の前にピースサインの指を突き出した。ポップな動きをする二本の指とは対照的に、その声のトーンは少しだけ低く感じた。僕は恐る恐る「なに?」と返す。
「一つは、明希君からは絶対に連絡してこないこと。やりとりする時は、必ず私から。いい?」
「あ、はぁ……?」
つまり、このトーク画面が動くのは、彼女が僕に用がある時だけ——ということだろうか。そう考えると少し冷たいような気もするが……まあ、特に問題はない。そんな縛りをされなくても、僕から連絡することなんて、たぶんないだろうから。
「もう一つは、んー……ちょっと待って」
そのまましばらく待っていると、不意に僕のスマホが震えた。画面には『麻美がスタンプを送信しました』という通知。開いてみると、イラストの女の子が『またね』と笑っているスタンプだった。
「私がこのスタンプを送ったら、やりとりは終了。これ以降は一つ目と同じ。分かった?」
「ま、まあ……」
やりとり一つで、こんなにはっきりとルールを決められたのは初めてだ。ラインの中に女子の『友達』は何人かいるけど、当然そんな注文をつけてくる子はいない。でも、正直僕はこういうルールを作ってくれた方がむしろありがたい。浩大や翔一みたいな男友達相手なら気を遣うこともないけど、女子相手だと、やりとりをどこで終わらせるかいつも迷ってしまうから。
「でも、思ったんだけど……立石さんから僕に——」
言いかけたところで、彼女が突然僕の口を塞いだ。正確に言えば、人差し指と中指の二本で、そっと唇に触れるように。
「その、『立石さん』っての、やめて。まるで他人みたいだから」
その目は、昨日ベランダで僕を止めてくれた時と似ていた。僕は黙って頷く。すると彼女の指は少しだけ下がり、今度は下唇を優しく挟んできた。
「もう一度」
「……あさみ、ちゃん——?」
恐る恐るそう呟くと、ようやく彼女の指は離れ、表情がふっと和らぐ。
「よくできました」
そして、今度ははっきりと、彼女は笑顔を見せた。
「ああ……それはどうも」
慰めてるのか馬鹿にしてるのか……でも、どちらにせよその一言で沈んだ気持ちが紛れるのは事実。僕は純粋というより単純なんだ。
ようやくバックルのパチンという音が聞こえ、確認すると彼女は横乗りから前乗りに座り方を変えていた。露出する太ももに目が行きそうになるも、慌てて目線を上げる。
とても不思議だ。これだけダサいヘルメットなのに、それを浅く被った彼女は相変わらず可愛い。ヘルメットがお洒落に見えるなんて反則だろ。
「いや~、風が気持ちいね」
冷静に考えると、女子とのニケツは初めてかもしれない。男より遥かに漕ぎやすいけれど、やっぱり圧倒的に緊張する。転けて怪我なんて死んでもさせられないから。
そんな僕の内情はお構いなしに、彼女はのびのびと風を受けている。前輪の軽さ的に、きっと今空を見上げるように仰け反っているのだろう。
「放課後さ、田中君に連絡先訊かれたんだ」
「……えっ?」
漕ぐことに集中していた脳が慌てて両手に指令を送る。その反動でヘルメットが首元にゴツンと当たり、不意に、彼女の両手が僕のお腹に触れた。一瞬だけ背中をかすめた柔らかい感触が、さらに記憶を上書きしようとする。
「どうしたの急に?」
「あ、ごめん……なんだっけ?」
「なんだっけって、ふふ。じゃあなんで止まったのよ」
田中君、田中……ああ、そうだ。身内にそう呼ぶ人がいないから、余計に理解が遅れた。田中とは、浩大のことだ。
「浩大に連絡先訊かれたって?」
「うん」
その瞬間、胸の奥に異様な圧がかかる。
「……教えたの?」
「いいや?私スマホ持ってないテイだから」
ああ、そうなんだ。と、何故だかホッとした。そして、ホッとしている自分に、少しだけ嫌気がさす。
「あ、でも止まったついでに明希君には教えてあげる」
「ん?何を?」
「明希君ちゃんと人の話聞いてる?私のライン」
彼女は、まるで空っぽに見えるカバンの中を手探りで探し、白色のスマホを取り出した。それはどうやら最新の機種ながら意外にもシンプルで、本体のカバーどころか画面のフィルムすら貼られていない。クラスの女子は可愛いアクセサリーやカバーを自慢し合ったりしている中で、これはむしろ男より男らしい。
というか、冷静に考えたら持ってないわけがない。僕は昨日、このスマホで写真を撮られているのだから。
「スマホ持ってない“テイ”ってのは……?」
「いろんな子に聞かれるの面倒だからさ、持ってないことにしてるだけ。だから明希君も、私とライン交換したのはヒミツね」
差し出されたQRコードを、流れのままに読み取る。二度くるくると読み込みが入ったあと、画面に表示されたのは『麻美』という名前と灰色のアイコン。ほぼ初期設定と言っていい簡素なプロフィールからも、その言葉に嘘偽りはなさそうだ。
「ちなみに、絶対に守ってほしいことが二つあるの」
彼女はそう言って、僕の目の前にピースサインの指を突き出した。ポップな動きをする二本の指とは対照的に、その声のトーンは少しだけ低く感じた。僕は恐る恐る「なに?」と返す。
「一つは、明希君からは絶対に連絡してこないこと。やりとりする時は、必ず私から。いい?」
「あ、はぁ……?」
つまり、このトーク画面が動くのは、彼女が僕に用がある時だけ——ということだろうか。そう考えると少し冷たいような気もするが……まあ、特に問題はない。そんな縛りをされなくても、僕から連絡することなんて、たぶんないだろうから。
「もう一つは、んー……ちょっと待って」
そのまましばらく待っていると、不意に僕のスマホが震えた。画面には『麻美がスタンプを送信しました』という通知。開いてみると、イラストの女の子が『またね』と笑っているスタンプだった。
「私がこのスタンプを送ったら、やりとりは終了。これ以降は一つ目と同じ。分かった?」
「ま、まあ……」
やりとり一つで、こんなにはっきりとルールを決められたのは初めてだ。ラインの中に女子の『友達』は何人かいるけど、当然そんな注文をつけてくる子はいない。でも、正直僕はこういうルールを作ってくれた方がむしろありがたい。浩大や翔一みたいな男友達相手なら気を遣うこともないけど、女子相手だと、やりとりをどこで終わらせるかいつも迷ってしまうから。
「でも、思ったんだけど……立石さんから僕に——」
言いかけたところで、彼女が突然僕の口を塞いだ。正確に言えば、人差し指と中指の二本で、そっと唇に触れるように。
「その、『立石さん』っての、やめて。まるで他人みたいだから」
その目は、昨日ベランダで僕を止めてくれた時と似ていた。僕は黙って頷く。すると彼女の指は少しだけ下がり、今度は下唇を優しく挟んできた。
「もう一度」
「……あさみ、ちゃん——?」
恐る恐るそう呟くと、ようやく彼女の指は離れ、表情がふっと和らぐ。
「よくできました」
そして、今度ははっきりと、彼女は笑顔を見せた。
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