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第2章 接触
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翌日。僕は眠い目を擦りながら、なんとか登校した。
昨夜、麻美ちゃんから“あの一方的な”メッセージを受け取ったせいで、完全に集中力が吹き飛んでしまい、気がつけば空は白んでいた。そこから慌てて英語の予習を済ませたものだから、今の僕はただの寝不足では済まない。いや、正確には少しは寝ているから「寝不足」とも言い難いんだけど。でも、朝起きてから勉強するなんて、定期考査前ですらしたことがない僕にとっては異常事態で、脳の疲れ方はむしろその時以上だった。というか、今は全身が痛い。
朝読書の時間は、案の定ほぼ気絶していた。いつもより早く着いたせいで、そもそもそこからの記憶がない。次に覚えているのは、山本先生の「高須、いつまで逝っとんだ!」という怒号。……多分、一時間近くは寝ていただろう。
「明希、マジで助かったわ。サンキュー」
朝礼後、浩大が颯爽と僕のノートを返してきた。まるで卒業証書授与のような扱いで。僕はそれを同様に右、左と握り、一礼する。いや……そもそも貸した記憶ないが。
「でさ、昨日さっそく立石さんにライン訊いたんだけどよ。あの子、スマホ持ってないらしいわ。そんなことあると思うか?あの見た目だぜ?」
「あ、ああ……そうなんだ」
浩大の問いかけは多少なりとも僕を動揺させた。なんだか、まるで僕が本当のことを知っているかのような口ぶりだ。
咄嗟に絞り出したのは、「親が厳しいのかもね」なんていう、当たり障りのないごまかし。
もちろん、僕は彼女のお母さんにも会ったことはあるけれど、彼女同様に綺麗でとても優しい人だった。厳しくてスマホを持たせないなんてことは、まず考えられない。
「まあ、逆に言えばチャンスだけどな。他のクラスの連中は茶々入れづらいし。廊下側の一番後ろってのが唯一のネックだけども……ったく、斉藤が大人しく替わってりゃよぉ」
「お前、いつまで席替えを根に持ってんだよ」
「オメーは席が当たりだからそんなこと言えんだよ」
それは、まあ、多分その通り。でもだからって、前の席をチラチラ見ながら話すのはやめてほしい。当人が気づいたら、また気まずくなるんだから。
「とにかくよ、俺どうにかして週末デートに誘うから。そんときゃお前も協力してくれ」
「はいはい。何すりゃいいのか知らないけど」
どうやら、一番はそれを伝えたかったらしい。浩大は満足そうに、自分の席へと戻っていった。
この時点で、今日という一日の“イベント”は、正直なところ放課後を待つのみだった。予習に全エネルギーを注ぎ込んだおかげで、もはや力尽きている。午後ならまだしも、今日の英語は一限目。朝っぱらから全力疾走させられた気分だ。
ところが、その一限目の終盤に予想外の展開が待っていた。
溜まった疲労と安堵で“落ちる”寸前だった僕の眠気を、先生の思いつきが打ち砕く。
「時間が余ったな。……そうだ、お前たちそろそろ受験も意識しとるはずだが、リスニングの対策はやっとるか?一番大事なのは音読だ。自分で声に出せん単語は聞き取れんからな。というわけで、残りは音読の時間にしよう」
——ここまでは、まあ許容範囲だった。問題は、その“次”だ。
「よし、ペア作るぞ。そことそこ、はい移動。そっちも……そこは一人休んどるから、こっちに移動して……最後、そことそこな。んじゃ一文ずつ読み合っていけ」
最後に「そことそこ」で指されたのは——僕と河西栞だった。
なぜだ?ペアを作るだけなら僕が欠席者のところに移動すれば済む話なのに……いや、そうか。どうやら「男女」のペアを作る意図があったらしい。同性だと真面目にやらないだろうっていう先生の読みか。
当然、教室にはざわざわと困惑した空気が流れ始めていた。小っ恥ずかしさと、気まずさ。そして、本当にやるの?という実感のない動揺。
席が後ろの僕は、どちらにしてもただじっと待つしかない。もし前後逆だったら……考えるだけで緊張する。本来なら喜ぶべき状況だろうが、苦手な英語となれば話は別。男なら、こういう時に好きな子を前にして無様な姿は晒したくないものだ。
そんな中、周囲からぽつぽつと英語の音読が始まり、やがて彼女もゆっくりと体の向きを変えた。椅子は動かすことなく、サイドフレームに両足を乗せ、脚を抱え込むように座り直す。
僕はこの景色を、何度も見てきた。中休みや昼休み、机を介して話をする時、彼女はいつもこの体勢で、パッチリした目で僕を見つめてくるんだ。あの頃は当たり前のように直視できた。でも、今は——
「明希くんから、どうぞ」
不意に、目と目が合う。彼女は試すような笑みで僕を見ていた。昔と同じ姿勢なのに、その眼差しはどこか大人びて見えた。
今の僕は、彼女の目にどう映っているんだろう。必死に動揺を隠して、平然を装おうとしているこの僕の姿は。
昨夜、麻美ちゃんから“あの一方的な”メッセージを受け取ったせいで、完全に集中力が吹き飛んでしまい、気がつけば空は白んでいた。そこから慌てて英語の予習を済ませたものだから、今の僕はただの寝不足では済まない。いや、正確には少しは寝ているから「寝不足」とも言い難いんだけど。でも、朝起きてから勉強するなんて、定期考査前ですらしたことがない僕にとっては異常事態で、脳の疲れ方はむしろその時以上だった。というか、今は全身が痛い。
朝読書の時間は、案の定ほぼ気絶していた。いつもより早く着いたせいで、そもそもそこからの記憶がない。次に覚えているのは、山本先生の「高須、いつまで逝っとんだ!」という怒号。……多分、一時間近くは寝ていただろう。
「明希、マジで助かったわ。サンキュー」
朝礼後、浩大が颯爽と僕のノートを返してきた。まるで卒業証書授与のような扱いで。僕はそれを同様に右、左と握り、一礼する。いや……そもそも貸した記憶ないが。
「でさ、昨日さっそく立石さんにライン訊いたんだけどよ。あの子、スマホ持ってないらしいわ。そんなことあると思うか?あの見た目だぜ?」
「あ、ああ……そうなんだ」
浩大の問いかけは多少なりとも僕を動揺させた。なんだか、まるで僕が本当のことを知っているかのような口ぶりだ。
咄嗟に絞り出したのは、「親が厳しいのかもね」なんていう、当たり障りのないごまかし。
もちろん、僕は彼女のお母さんにも会ったことはあるけれど、彼女同様に綺麗でとても優しい人だった。厳しくてスマホを持たせないなんてことは、まず考えられない。
「まあ、逆に言えばチャンスだけどな。他のクラスの連中は茶々入れづらいし。廊下側の一番後ろってのが唯一のネックだけども……ったく、斉藤が大人しく替わってりゃよぉ」
「お前、いつまで席替えを根に持ってんだよ」
「オメーは席が当たりだからそんなこと言えんだよ」
それは、まあ、多分その通り。でもだからって、前の席をチラチラ見ながら話すのはやめてほしい。当人が気づいたら、また気まずくなるんだから。
「とにかくよ、俺どうにかして週末デートに誘うから。そんときゃお前も協力してくれ」
「はいはい。何すりゃいいのか知らないけど」
どうやら、一番はそれを伝えたかったらしい。浩大は満足そうに、自分の席へと戻っていった。
この時点で、今日という一日の“イベント”は、正直なところ放課後を待つのみだった。予習に全エネルギーを注ぎ込んだおかげで、もはや力尽きている。午後ならまだしも、今日の英語は一限目。朝っぱらから全力疾走させられた気分だ。
ところが、その一限目の終盤に予想外の展開が待っていた。
溜まった疲労と安堵で“落ちる”寸前だった僕の眠気を、先生の思いつきが打ち砕く。
「時間が余ったな。……そうだ、お前たちそろそろ受験も意識しとるはずだが、リスニングの対策はやっとるか?一番大事なのは音読だ。自分で声に出せん単語は聞き取れんからな。というわけで、残りは音読の時間にしよう」
——ここまでは、まあ許容範囲だった。問題は、その“次”だ。
「よし、ペア作るぞ。そことそこ、はい移動。そっちも……そこは一人休んどるから、こっちに移動して……最後、そことそこな。んじゃ一文ずつ読み合っていけ」
最後に「そことそこ」で指されたのは——僕と河西栞だった。
なぜだ?ペアを作るだけなら僕が欠席者のところに移動すれば済む話なのに……いや、そうか。どうやら「男女」のペアを作る意図があったらしい。同性だと真面目にやらないだろうっていう先生の読みか。
当然、教室にはざわざわと困惑した空気が流れ始めていた。小っ恥ずかしさと、気まずさ。そして、本当にやるの?という実感のない動揺。
席が後ろの僕は、どちらにしてもただじっと待つしかない。もし前後逆だったら……考えるだけで緊張する。本来なら喜ぶべき状況だろうが、苦手な英語となれば話は別。男なら、こういう時に好きな子を前にして無様な姿は晒したくないものだ。
そんな中、周囲からぽつぽつと英語の音読が始まり、やがて彼女もゆっくりと体の向きを変えた。椅子は動かすことなく、サイドフレームに両足を乗せ、脚を抱え込むように座り直す。
僕はこの景色を、何度も見てきた。中休みや昼休み、机を介して話をする時、彼女はいつもこの体勢で、パッチリした目で僕を見つめてくるんだ。あの頃は当たり前のように直視できた。でも、今は——
「明希くんから、どうぞ」
不意に、目と目が合う。彼女は試すような笑みで僕を見ていた。昔と同じ姿勢なのに、その眼差しはどこか大人びて見えた。
今の僕は、彼女の目にどう映っているんだろう。必死に動揺を隠して、平然を装おうとしているこの僕の姿は。
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