黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実

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第2章 接触

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「明希君はさ、栞ちゃんとどこまで望んでるの?」

「ど、どこまで……?」

「そう。どこまで」

 その目つきはどこか甘くて、誘うようで、意地悪だった。言葉の意味を理解するまで少し時間がかかって、理解してもなお僕は答えに迷った。
 そんな僕を見かねたのか、彼女が少しだけ問いを変える。

「じゃあ、もし今すぐ付き合えるなら、付き合いたい?」

「んー……まあ、うん」

「だよね。付き合って何したいの?」

「何したいって……デート、とか?」

「でも、デートは別に付き合ってなくてもできるじゃない?今の私たちも、言ってみればデートなわけで。これが栞ちゃんだったら、もう十分ってこと?」

 まあそう言われたら確かに、と素直に思ってしまった。
 彼女は前カゴに腕を預けたまま、いたずらっぽく身を乗り出して僕の顔を覗き込む。

「じゃあ言い方変えようか。明希君的に、彼女とじゃなきゃできないことってある?」

 その長いまつ毛の奥で、小さな光が揺れる。僕の中の何かを試しているような、そんな目だった。

「性行為、とか?」

 彼女は顔色ひとつ変えず、ほんの少しだけ距離を縮めてくる。

「それだけ?」

「あとは……キスとか、ハグとか……なのかな」

「じゃあ、付き合えないけど、エッチはできるって言われたらどうするの?しないの?」

「えっ!?いや……んー……」

 目を逸らしながら宙を仰ぐ。心のどこかで答えを探していると、彼女は「ハハッ」と小さく笑った。
 その笑顔はからかうようでもあり、少しだけ優しさを含んでいた。

「明希君ほんと正直だよね。それが本心なら今のは即答するんだよ?『しない』って」

 僕は何も返せなかった。彼女の言う通り、一瞬でも迷った時点で、さっきの言葉はただの建前に過ぎない。倫理とか理想とか、そういう“こうあるべき”をなぞっただけの答えだ。

「じゃあ最後に一つ。栞ちゃんと結婚したい?」

「い、いや……それは分からないな」

「でしょ」

 彼女はくすりと笑い、上体を起こす。

「恋愛の終着点ってさ、ざっくり四パターンだと思うの。片想いで終わる、別れる、結婚する、もしくは……相手が。その四つだと、普通に考えたらハッピーエンドって“結婚”しかないでしょ?でも、大半はそんなこと考えてないんだよ。少なくとも、中学生の私たちは」

 てことはだよ——

 彼女はゆっくりと僕の背後に回った。

「私が思うに、中学生の恋愛ってさ、所詮はなんだよ」
 
 汗ばんだ僕の背中を、彼女の手がゆっくりと滑っていく。肩から背中、そして背骨をなぞるようにして、腰へ。

「性の、慰め合い……?」

「そう。みんな曖昧な理由でとりあえず付き合って、合わなかったら別れる。それの繰り返し。見た目とか、雰囲気とか、性格が良いとか……まあ、色々言い訳つけるけどさ。根っこにあるのは、“異性に触れたい”っていう欲求。でも、それは認めようとしない。それは『良くない』ってなぜかみんな思ってるから。だから正当な理由が欲しくて、わざわざ付き合うの。周りなんて気にせず、本能で動けばいいのに」

「…………」

 僕は思わず口を開きかけて——結局、何も言えずに閉じた。

 僕が栞ちゃんに抱いている感情は、他の女子に感じるものとは違う。だからこそ、僕は彼女をだと認識しているし、たとえ性行為ができないとしても、付き合えるなら付き合いたいと思う。

 でも、じゃあ今の彼女の言葉を否定できるか?と問われたら、できない。将来のことを見据えず、ただだけ。それはつまり、に過ぎないんじゃないかと——そう言われてしまえば、僕にはもう反論の余地がなかった。
 もしその言葉を否定するなら、僕は今、彼女の手を振り払わなきゃいけなくなる。

 でも——そんなこと、できるわけがない。

「だから私は、今こうして本能で動いてるんだよ。……あの時の明希君みたいに」

 言い終えると、彼女は荷台に腰を下ろし、僕の左腰をそっと包むように掴んだ。

 その最後の言葉の意味は、いまいち理解できなかった。けれど、彼女の手のひらにまで自分の汗が伝わってしまいそうで、僕はもう考えるのをやめて、再び自転車を走らせた。
 いつもより少しだけ速く。風が汗を冷まし、胸の中に渦巻いていたこの高揚だか焦燥だか分からない感情を、少しでも鎮めるために。


「私が言いたいこと、伝わった?」

 Y字路を曲がり、坂を下る手前で、麻美ちゃんがふいに問いかけてきた。

「いや、んー……恋愛は所詮お遊びってこと?」

「ふふ、なかなか良い線いってるね」

 その声に合わせるように、彼女の両手が僕の肩にまわされる。ふっと力が加わり、背中越しにそっと引き寄せられた。

「つまりね、何が言いたいのかというと——」

 耳元に吹きかかる息遣いが、肌を撫でる。

「好きな相手なら、奪っちゃえばいいんだよ」

 風にかき消されそうなほど小さな声。それでいて、どこか艶めいた響きを帯びていた。

 その一言が、体中の神経を一気に引き締めた。手元がわずかに震え、握っていたブレーキレバーを強く引きすぎて、今にも車輪がロックしそうになる。それでも、ギギ、と不安定な音を立てながら、なんとか停車した。
 彼女は横乗りの体勢から、ピョンと軽やかに飛び降りた。僕の急停止なんてまるで意に介さず、涼しい顔で振り返る。
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