黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実

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第2章 接触

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「う、奪うって……?」

「そう。本気でその人をならね」

 その笑みは罪悪感もためらいもなく、まるで応援するかのように爽やかだった。

「まあ、恋人がいようがどうせ大半は別れるんだから、それまで待つのも一つの手だけど。私はさ、不確かな未来を当てにして、何もしないまま毎日を消費する方が、よっぽど勿体ないと思うよ」

「そりゃあ、その通りだけど……」

 正直、それは麻美ちゃんみたいにの人間だからこそ言える理屈だ。ましてや、相手は年上で、頭も良くて、部活のつながりまである。何より栞ちゃんは、きっと同級生の恋愛とは違う、もっと“大人の恋愛”をしているんじゃないか——そう、どこかで僕は思ってしまっている。

 けれど、そんな僕の迷いすら見透かしたように、彼女は微笑んだ。

「明希君は、堂々としてれば大丈夫だよ。昔みたいに」





 その日の夜、僕は懸命に英語の予習を進めていた。この予習は別に明日必要なものではない。だけど、今日の情けない姿を帳消しにしたい気持ちと、ただ時間を持て余していたから——そんな理由で机に向かっていた。
 でも、やっぱり中々集中はできない。原因は間違いなく視界の端にあるスマホ。僕は、心のどこかでまた彼女から連絡が来るのを待っている。突如来るであろう、のラインを。

 そんな半端な集中のせいでダラダラと時間だけが過ぎ、気がつけば二十三時前。さすがに寝ようかと考え始めた頃——ついにスマホが鳴った。でも、それはメッセージの通知音ではなく、ラインの着信音。

「で、電話……?」

 緊張しながら画面を覗くと、表示されていた名前は『浩大』。麻美ちゃんじゃないと分かった瞬間、力が抜けた。なんだろう、この落差。期待してた分だけ、落ち込みも大きい。

「もしもし」

『おお、起きてたか』

 その第一声は、まるで夜型の人間が朝型の人間にマウントを取るときの口ぶり。だけど、実際はいかにも寝起き丸出しのガラガラ声で、思わず吹き出してしまった。

『なに笑ってんだ?』

「あーいや、なんでもない。で、こんな夜中にどうしたんだよ」

 コイツがこんな時間に電話してくるなんて珍しい。寝落ち後にわざわざかけてきたってことは、きっと何かある。

『実はよ、上手くいったんだわ』

「ん?何が?」

『何がってお前、もう忘れたのか?立石さんをデートに誘うって話したろ?』

 そこまで言われて、ようやく朝の会話を思い出した。眠気で半分聞き流していたけど、「週末デート」って言葉だけは微かに記憶に残っている。
 と、そこでようやく理解が追いついた。遅れて、心臓が大きく鼓動する。上手くいったってことは、つまり——。

「誘えたのか……?」

『おうよ。まあ条件付きでな。条件というか、いきなり二人はハードル高えから俺が固め打ちした感じなんだが』

「というと?」

『わざわざ連絡入れてる時点で察しがつくかもしれんが、複数人で遊ぶってことになった。で、そのうちの一人がお前な』

「ああ、まあ……僕は別にいいけど」

 ——別にいいけど、か。

『でよ、それなら四人の方がキリいいだろ?だからお前、河西さん誘ってみてくれよ』

「なっ、僕が!?なんでだよ」

 あまりにも理屈が無茶苦茶だ。そりゃ、四人で遊ぶなら僕としても栞ちゃんが一番嬉しい。でも流石に無理がある。週末って言っても、明日は木曜だぞ?来週末ならまだしも、そんな直前に誘うなんて非常識だろ。

 そんな僕の困惑を悟ったかのように、浩大は付け足した。

『別に無理なら無理で仕方ねえさ。でも誘うだけならタダだろ?ダメならまた今度で済む話だ。な?物は試しってやつよ。じゃ、頼んだぜ』

「頼んだぜって、おい!」

 僕の叫びも虚しく、スマホは既にロック画面に切り替わっていた。
 はあ、と脱力して椅子にもたれかかり、念のためラインを開く。麻美ちゃんからの連絡は……やっぱり無い。

「ったく、簡単に言ってくれる……」

 今日、数年ぶりに名前を呼んだばかりなのに、その翌日に「僕らと遊ばない?」だって?そりゃ誘う分にはタダかもしれないけど、断られた後の空気は、タダじゃ済まないんだぞ?



 すっかり集中力を削がれた僕は、その後も予習は手につかず、麻美ちゃんからの連絡もないまま、ただ睡眠時間だけを削って翌朝を迎えた。
 カーテンを開け、スマホで天気予報を確認して、ようやく腑に落ちた。今日は午後から小雨らしい。だから、連絡が来なかったのかもしれない。そう思うと少しだけ安心する。でも、裏を返せば「ニケツできないなら、一緒に帰る意味はない」と思われてる可能性もあるわけで、それは連絡が来ないことよりもある意味ショックだ。
 ——こんなことで落ち込むこと自体、厚かましいってのに。

 教室に入ると、すぐに栞ちゃんの姿が目に飛び込んできた。まだ時間はあるのに、彼女はもう本に目を落としている。窓際の席で、朝の涼しげな日差しを浴びながら静かにページをめくる姿はどこか優美で、不意に風が吹き抜けて髪を揺らすと、彼女はそれをそっと耳にかけた。その仕草に、目が奪われないわけがない。
 
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