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第2章 接触
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「なーに突っ立ってんの?」
肩をポンと叩かれた瞬間、僕はそれが浩大だと思い、さっそく昨日の文句でも言ってやろうかと思った。でも、その不意をつく囁きで感情が一気に反転する。
「麻美ちゃん——」
「おーはよっ。うん、今の自然だった」
教室で言葉を交わしたのは、初日以来かもしれない。クラスの連中が居る中ではやはり勝手が違う。ここ数日二人で過ごしたこともあって、今の彼女の笑顔や声のトーンはどこか作っているように思えた。そうなると、こちらとしても「おはよう」以上のことは言えない。本来なら、二言目には僕の視線の先を理解してはイジってくるはずなのに、意味深な微笑みだけを浮かべて目の前を通りすぎる。それが妙に、歯がゆい。
何はともあれ、話の流れに違和感を持たせないためには、この朝の開口一番で話題を振るのがベストだった。
だけど、席に着いて、いざ肩を叩こうと脳が指令を出しても——肝心の手が、なぜか動かない。肩の叩き方なら今麻美ちゃんに教わったはずだか……なんて考えても、意味はない。言うなれば、神経を抜かれたような感じだった。登校中に組み立てた会話の順序を再度なぞってみたり、不慣れな腹式呼吸をしてみたりでなんとかそれを取り戻そうとしたけれど……結局、無情にもチャイムは鳴った。
そこからは刻一刻と時間は過ぎた。狙っていた朝礼前は三角さんに邪魔されて話しかけられず、しかも何故か浩大は来てないし。何だかんだ、アイツが絡んでくれば僕の出番は無くなると思ってたのに。まさかの無責任っぷりには、呆れを通り越して笑えてくる。その後はタイミング悪く選択授業で教室は別々。三限目を迎えた時点で「もう昼休みでいいじゃん」と脳は逃げに走った。
そして、勝負の昼休み。幸運にも外はまだ曇り空で、こうなると男連中は皆こぞって外へと出て行く。この別館横のテニスコートでドッジボールをする組と、その更に横のグラウンドでサッカーをする組に分かれて、それはもう全力で運動に励む。僕もたまにドッチボールに混ざるけど、今日は「昼寝する」と言って断った。ありがたいのは、男子の視線を気にせずに済むこと。それに、彼らが騒いでくれているおかげで、教室での会話が周囲に聞かれにくいという点だ。僕は、断られる覚悟なんてとっくにできていた。重要なのは、誘ったという事実と、その後のフォロー。会話をササッと済ませれば、他の女子に変に勘ぐられることもないはずだ。幸い、朝の集中している状態とは違って、今彼女はウトウトとし始めたタイミング。その柔らかい雰囲気が、「今しかない」と僕の背中を押す。
麻美ちゃんにもらったあの感覚を思い出しながら、うたた寝する彼女の肩を、そっと叩いた。
「しおりちゃん、ちょっといい?」
少し間をおいて、彼女は不思議そうに振り返った。僕から話しかけたのは、これが初めてだ。だから、その表情も無理はない。
「あのさ、実は……ちょっと、遊びに誘われてて。あ、浩大に」
「……うん?」
ぽかんとしたまま、それでもゆっくりと体をこちらに向け、両足をサイドフレームに乗せた。
しっかりと向き合われると、やっぱり気恥ずかしくなる。でももう、引き返すわけにはいかない。
「えっと、元々は麻美ちゃんを誘ったらしいんだけど、さすがに二人きりはアレだろってことで、僕も巻き込まれて……それで、麻美ちゃんも女子がいた方が楽しめるかなって……」
上を向いていた視線をそっと下に戻すと、彼女は膝を枕にして、蕩けた目でこちらを見ていた。その視線に、胸が締めつけられる。
「えっと、だから、その……」
目が合ったまま、言葉が喉の奥で詰まった。何をどこまで話したのか、一瞬で曖昧になっていく。彼女が何も言わずに見つめてくるから、余計に焦ってしまう。
「……もしかして、誘ってくれてる?」
口元をほんのり緩め、やわらかい声で尋ねてきた。僕は少し前のめりになって、小刻みに頷く。
「いつ?」
「こ、今週末……」
「ふふっ、急だね。土曜?日曜?」
「あ……それ、聞いてないや」
「え?ちなみに何するの?」
「うーん……それも聞いてない」
「ふふっ。明希くん、何も知らないじゃん」
彼女はゆっくり髪を耳にかけて、今度はいたずらっぽく笑った。
考えてみればおっしゃる通り。誘う云々の前に、僕は必要最低限の情報さえもらってない。『浩大』に慣れ過ぎて、肝心なこと何一つ聞いていないじゃないか……。
と、その時だった——。
「なーに話してるのー?」
突然両肩に重みがのしかかり、同時に僕の頭上から聞き慣れた声が降ってきた。
「麻美ちゃん……」
彼女は、はっと目を見開いた。まるで夢から引き戻されたみたいに、眠気の膜が一瞬で剥がれ落ちた。
「お邪魔だった?なんか、私の名前が聞こえた気がして」
声の矛先は自然と僕に向かってくる。……緊張して早口になったのがマズかったか?麻美ちゃんの名前も、無意識に強調してしまってたかもしれない。
いや、それ以前に——彼女、どこに居たんだ……視界を巡らせても見当たらなかったはず。まさか、ベランダ?だとしたら……最初から、聞かれてたのか?
「……ふふっ。ちょうど“かわいいね”って話してたんだよ?」
「えー?それにしては、しーちゃんすっごい眠そうな顔してたけどなあ」
栞ちゃんは一瞬ポカンとしたあと、僕に視線を移した。私ってそんな顔してた?とでも言いたかったのだろうか……。
肩をポンと叩かれた瞬間、僕はそれが浩大だと思い、さっそく昨日の文句でも言ってやろうかと思った。でも、その不意をつく囁きで感情が一気に反転する。
「麻美ちゃん——」
「おーはよっ。うん、今の自然だった」
教室で言葉を交わしたのは、初日以来かもしれない。クラスの連中が居る中ではやはり勝手が違う。ここ数日二人で過ごしたこともあって、今の彼女の笑顔や声のトーンはどこか作っているように思えた。そうなると、こちらとしても「おはよう」以上のことは言えない。本来なら、二言目には僕の視線の先を理解してはイジってくるはずなのに、意味深な微笑みだけを浮かべて目の前を通りすぎる。それが妙に、歯がゆい。
何はともあれ、話の流れに違和感を持たせないためには、この朝の開口一番で話題を振るのがベストだった。
だけど、席に着いて、いざ肩を叩こうと脳が指令を出しても——肝心の手が、なぜか動かない。肩の叩き方なら今麻美ちゃんに教わったはずだか……なんて考えても、意味はない。言うなれば、神経を抜かれたような感じだった。登校中に組み立てた会話の順序を再度なぞってみたり、不慣れな腹式呼吸をしてみたりでなんとかそれを取り戻そうとしたけれど……結局、無情にもチャイムは鳴った。
そこからは刻一刻と時間は過ぎた。狙っていた朝礼前は三角さんに邪魔されて話しかけられず、しかも何故か浩大は来てないし。何だかんだ、アイツが絡んでくれば僕の出番は無くなると思ってたのに。まさかの無責任っぷりには、呆れを通り越して笑えてくる。その後はタイミング悪く選択授業で教室は別々。三限目を迎えた時点で「もう昼休みでいいじゃん」と脳は逃げに走った。
そして、勝負の昼休み。幸運にも外はまだ曇り空で、こうなると男連中は皆こぞって外へと出て行く。この別館横のテニスコートでドッジボールをする組と、その更に横のグラウンドでサッカーをする組に分かれて、それはもう全力で運動に励む。僕もたまにドッチボールに混ざるけど、今日は「昼寝する」と言って断った。ありがたいのは、男子の視線を気にせずに済むこと。それに、彼らが騒いでくれているおかげで、教室での会話が周囲に聞かれにくいという点だ。僕は、断られる覚悟なんてとっくにできていた。重要なのは、誘ったという事実と、その後のフォロー。会話をササッと済ませれば、他の女子に変に勘ぐられることもないはずだ。幸い、朝の集中している状態とは違って、今彼女はウトウトとし始めたタイミング。その柔らかい雰囲気が、「今しかない」と僕の背中を押す。
麻美ちゃんにもらったあの感覚を思い出しながら、うたた寝する彼女の肩を、そっと叩いた。
「しおりちゃん、ちょっといい?」
少し間をおいて、彼女は不思議そうに振り返った。僕から話しかけたのは、これが初めてだ。だから、その表情も無理はない。
「あのさ、実は……ちょっと、遊びに誘われてて。あ、浩大に」
「……うん?」
ぽかんとしたまま、それでもゆっくりと体をこちらに向け、両足をサイドフレームに乗せた。
しっかりと向き合われると、やっぱり気恥ずかしくなる。でももう、引き返すわけにはいかない。
「えっと、元々は麻美ちゃんを誘ったらしいんだけど、さすがに二人きりはアレだろってことで、僕も巻き込まれて……それで、麻美ちゃんも女子がいた方が楽しめるかなって……」
上を向いていた視線をそっと下に戻すと、彼女は膝を枕にして、蕩けた目でこちらを見ていた。その視線に、胸が締めつけられる。
「えっと、だから、その……」
目が合ったまま、言葉が喉の奥で詰まった。何をどこまで話したのか、一瞬で曖昧になっていく。彼女が何も言わずに見つめてくるから、余計に焦ってしまう。
「……もしかして、誘ってくれてる?」
口元をほんのり緩め、やわらかい声で尋ねてきた。僕は少し前のめりになって、小刻みに頷く。
「いつ?」
「こ、今週末……」
「ふふっ、急だね。土曜?日曜?」
「あ……それ、聞いてないや」
「え?ちなみに何するの?」
「うーん……それも聞いてない」
「ふふっ。明希くん、何も知らないじゃん」
彼女はゆっくり髪を耳にかけて、今度はいたずらっぽく笑った。
考えてみればおっしゃる通り。誘う云々の前に、僕は必要最低限の情報さえもらってない。『浩大』に慣れ過ぎて、肝心なこと何一つ聞いていないじゃないか……。
と、その時だった——。
「なーに話してるのー?」
突然両肩に重みがのしかかり、同時に僕の頭上から聞き慣れた声が降ってきた。
「麻美ちゃん……」
彼女は、はっと目を見開いた。まるで夢から引き戻されたみたいに、眠気の膜が一瞬で剥がれ落ちた。
「お邪魔だった?なんか、私の名前が聞こえた気がして」
声の矛先は自然と僕に向かってくる。……緊張して早口になったのがマズかったか?麻美ちゃんの名前も、無意識に強調してしまってたかもしれない。
いや、それ以前に——彼女、どこに居たんだ……視界を巡らせても見当たらなかったはず。まさか、ベランダ?だとしたら……最初から、聞かれてたのか?
「……ふふっ。ちょうど“かわいいね”って話してたんだよ?」
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