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第3章 接近
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二階へ上がると、浩大の情報通り、三階へ進めないようにバリケードと『立入禁止』の張り紙が設置されていた。入る前に浩大が教えてくれたのは、その理由だ。
「ここの四階とエレベーターはマジで『出る』らしいから、上の階は閉鎖されたんだと。足首掴まれて転びそうになったって口コミが多発したらしいわ」
閉鎖されていたら『出る』もクソもないだろ、とその時は拍子抜けした。でも今となっては、むしろ感謝すら覚える。順路の矢印に従って足を踏み入れた途端、階段までの明るい空間が一変し、不気味な暗闇へと姿を変えた。さすがに麻美ちゃんを先に行かせるわけにもいかず、僕が率先して前を歩いているけれど、我ながら情けないほど足がすくむ。しかも厄介なことに、その怯えた姿を彼女に見られるわけにもいかなくて、まるでさっき乗ったトロッコのように半ば強制的に進まざるを得なかった。
カクカクとした通路を慎重に進んでいると、突然「キーンコーンカーンコーン」と、まるで今から始まりますよと言わんばかりのチャイムが響き渡った。僕は肩こそびくつかせたものの、ギリギリのところで声は我慢した。ここで“アウト”をくらえば気が抜けて残りビビり散らかしそうだし、よく耐えたと思う。「ふう」と一度呼吸を整え、鼓動を落ち着かせる。
次いで折り返しの廊下へ入ると、なお一層視界は暗く、不穏な空気が全身を包んだ。
「く、暗いね……」
さすがにたまりかねて、僕は声を漏らした。恐怖を感じた時に自分の声で誤魔化すあの手法に近い。それにしても異様だ。足音は洞窟のように響くのに、声は反響せず壁に吸い取られる。恐怖で聴覚が機能不全にでもなったのだろうか。
細長い通路故に、左手に現れた空間は教室を模しているのかと思えば、なぜかそれは古びた和式便所。蛍光灯がチラつく一基目には謎の妖怪、二基目は暗いまま何もなく、そしてはっきりと照らされた三基目には、人間の生首が……。その前を通過しようとしたタイミングで、今度は照明が消え「キャー!」という女性の叫び声が通路に響き渡った。心臓が飛び出そうになる、とはこういう時に使うのだろう。それがスピーカーから流れる作り物の音だろうが、こんな静寂の中不意に大音量で飛ばされたら、構えていてもびっくりしてしまう。
最後の四基目には、赤いランドセルが置かれ長髪の少女が体操座りをしていた。長髪と言っても明らかに手入れのされていない質感で、ボサボサの髪の毛が顔を薄ら隠しつつも黙ってある一点を凝視しているように見える。
「これが、さっき言ってた少女なのかな」
妖怪やら生首やらはいまいち関連性が分からないけれども、なんとなくそれだけは理解できた。
トイレを通過しきると若干広い空間に変わった。ベッドが置かれていることからどうやら保健室らしい。そこで二度目の「キャー!」が響いたかと思えば、そのベッドが「ガタガタガタ」と激しく音を立てて揺れた。畳み掛けてくる廃校のギミックに恐怖を通り越して怒りが込み上げてきそうになる。というか、一周まわってもはや声が出ない。
「栞ちゃんたち、よくこれ進んだな——」
と、ここで僕はようやくある異変に気がついた。ついさっきまで明るく話していた彼女が、やけに静かすぎる。それに、さっきから僕が呟いても、それが本当に僕の独り言にしかなっていない。
何か嫌な予感がして、恐る恐る振り返る。
そこに、彼女はいなかった。
「麻美ちゃん?」
名前を呼んでも、反応はない。足音すら聞こえない。
途端に、足元から脳天を突き抜けるような恐怖に襲われた。
怖い。恐ろしく、怖い。
——いや、待てよ……もしかすると、ドッキリか?
ふとそう思って、平静を装いながら通路を覗く。それでも、手前の個室から漏れた光の先にさえ、彼女の姿は見えなかった。いやそもそも、彼女は昔から“他人が本気で嫌がるようなこと”をするタイプではない。と、いうことは……まさか、本当に何かが起こった?
今度は慌てて通路を進んだ。内側から来る恐怖、というよりは、彼女の身を案じての恐怖。そっちの方が、どうやら僕の体は動くらしい。
一基目のトイレの前まで行くとそこでようやく、彼女らしきシルエットを確認できた。でも、まるで置物のように、動きがない。
「あさみ、ちゃん……?」
立ち尽くす彼女の表情はよく見えない。けれど、明らかにさっきまでとは違う。
目の前まで近づくと、やはり彼女で間違いなかった。そして、同時に気がついた。彼女の体が、かすかに震えている。左腕を押さえる右手には無意識に力が入り、踏ん張った足元は頼りなく揺れていた。
「大丈夫?怖い?」
彼女のこんな表情を見たのは、間違いなく初めてだ。小学生の頃でさえ見たことはない。俯いたまま目を見開いて、ただただ何もない遠くを眺めているような、意識はあるのにここにはいないような——。
「手、握って……」
目を伏せたまま、彼女がそっと左手を差し出す。
僕は何も言わず、その手を静かに包み込んだ。細くて冷たい指先はかすかに震えていて、暗がりの中、彼女の呼吸だけがやけに鮮明に胸へと染み込んでくる。そのひと息ごとに、僕の心には静かな波紋が何層にも広がっていった。
やがて訪れた数十秒の沈黙。震えていた彼女の身体が、少しずつ静まっていくのを感じた。焦点の合っていなかった目に、元の色が戻ってくる。
彼女はそっと目を閉じ、深く息を吐いた。まるで、自分の中に溜まっていた何かを、静かに、でも確かに手放すように——。
「ここの四階とエレベーターはマジで『出る』らしいから、上の階は閉鎖されたんだと。足首掴まれて転びそうになったって口コミが多発したらしいわ」
閉鎖されていたら『出る』もクソもないだろ、とその時は拍子抜けした。でも今となっては、むしろ感謝すら覚える。順路の矢印に従って足を踏み入れた途端、階段までの明るい空間が一変し、不気味な暗闇へと姿を変えた。さすがに麻美ちゃんを先に行かせるわけにもいかず、僕が率先して前を歩いているけれど、我ながら情けないほど足がすくむ。しかも厄介なことに、その怯えた姿を彼女に見られるわけにもいかなくて、まるでさっき乗ったトロッコのように半ば強制的に進まざるを得なかった。
カクカクとした通路を慎重に進んでいると、突然「キーンコーンカーンコーン」と、まるで今から始まりますよと言わんばかりのチャイムが響き渡った。僕は肩こそびくつかせたものの、ギリギリのところで声は我慢した。ここで“アウト”をくらえば気が抜けて残りビビり散らかしそうだし、よく耐えたと思う。「ふう」と一度呼吸を整え、鼓動を落ち着かせる。
次いで折り返しの廊下へ入ると、なお一層視界は暗く、不穏な空気が全身を包んだ。
「く、暗いね……」
さすがにたまりかねて、僕は声を漏らした。恐怖を感じた時に自分の声で誤魔化すあの手法に近い。それにしても異様だ。足音は洞窟のように響くのに、声は反響せず壁に吸い取られる。恐怖で聴覚が機能不全にでもなったのだろうか。
細長い通路故に、左手に現れた空間は教室を模しているのかと思えば、なぜかそれは古びた和式便所。蛍光灯がチラつく一基目には謎の妖怪、二基目は暗いまま何もなく、そしてはっきりと照らされた三基目には、人間の生首が……。その前を通過しようとしたタイミングで、今度は照明が消え「キャー!」という女性の叫び声が通路に響き渡った。心臓が飛び出そうになる、とはこういう時に使うのだろう。それがスピーカーから流れる作り物の音だろうが、こんな静寂の中不意に大音量で飛ばされたら、構えていてもびっくりしてしまう。
最後の四基目には、赤いランドセルが置かれ長髪の少女が体操座りをしていた。長髪と言っても明らかに手入れのされていない質感で、ボサボサの髪の毛が顔を薄ら隠しつつも黙ってある一点を凝視しているように見える。
「これが、さっき言ってた少女なのかな」
妖怪やら生首やらはいまいち関連性が分からないけれども、なんとなくそれだけは理解できた。
トイレを通過しきると若干広い空間に変わった。ベッドが置かれていることからどうやら保健室らしい。そこで二度目の「キャー!」が響いたかと思えば、そのベッドが「ガタガタガタ」と激しく音を立てて揺れた。畳み掛けてくる廃校のギミックに恐怖を通り越して怒りが込み上げてきそうになる。というか、一周まわってもはや声が出ない。
「栞ちゃんたち、よくこれ進んだな——」
と、ここで僕はようやくある異変に気がついた。ついさっきまで明るく話していた彼女が、やけに静かすぎる。それに、さっきから僕が呟いても、それが本当に僕の独り言にしかなっていない。
何か嫌な予感がして、恐る恐る振り返る。
そこに、彼女はいなかった。
「麻美ちゃん?」
名前を呼んでも、反応はない。足音すら聞こえない。
途端に、足元から脳天を突き抜けるような恐怖に襲われた。
怖い。恐ろしく、怖い。
——いや、待てよ……もしかすると、ドッキリか?
ふとそう思って、平静を装いながら通路を覗く。それでも、手前の個室から漏れた光の先にさえ、彼女の姿は見えなかった。いやそもそも、彼女は昔から“他人が本気で嫌がるようなこと”をするタイプではない。と、いうことは……まさか、本当に何かが起こった?
今度は慌てて通路を進んだ。内側から来る恐怖、というよりは、彼女の身を案じての恐怖。そっちの方が、どうやら僕の体は動くらしい。
一基目のトイレの前まで行くとそこでようやく、彼女らしきシルエットを確認できた。でも、まるで置物のように、動きがない。
「あさみ、ちゃん……?」
立ち尽くす彼女の表情はよく見えない。けれど、明らかにさっきまでとは違う。
目の前まで近づくと、やはり彼女で間違いなかった。そして、同時に気がついた。彼女の体が、かすかに震えている。左腕を押さえる右手には無意識に力が入り、踏ん張った足元は頼りなく揺れていた。
「大丈夫?怖い?」
彼女のこんな表情を見たのは、間違いなく初めてだ。小学生の頃でさえ見たことはない。俯いたまま目を見開いて、ただただ何もない遠くを眺めているような、意識はあるのにここにはいないような——。
「手、握って……」
目を伏せたまま、彼女がそっと左手を差し出す。
僕は何も言わず、その手を静かに包み込んだ。細くて冷たい指先はかすかに震えていて、暗がりの中、彼女の呼吸だけがやけに鮮明に胸へと染み込んでくる。そのひと息ごとに、僕の心には静かな波紋が何層にも広がっていった。
やがて訪れた数十秒の沈黙。震えていた彼女の身体が、少しずつ静まっていくのを感じた。焦点の合っていなかった目に、元の色が戻ってくる。
彼女はそっと目を閉じ、深く息を吐いた。まるで、自分の中に溜まっていた何かを、静かに、でも確かに手放すように——。
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