黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実

文字の大きさ
26 / 102
第3章 接近

しおりを挟む
 二階へ上がると、浩大の情報通り、三階へ進めないようにバリケードと『立入禁止』の張り紙が設置されていた。入る前に浩大が教えてくれたのは、その理由だ。

「ここの四階とエレベーターはマジで『出る』らしいから、上の階は閉鎖されたんだと。足首掴まれて転びそうになったって口コミが多発したらしいわ」

 閉鎖されていたら『出る』もクソもないだろ、とその時は拍子抜けした。でも今となっては、むしろ感謝すら覚える。順路の矢印に従って足を踏み入れた途端、階段までの明るい空間が一変し、不気味な暗闇へと姿を変えた。さすがに麻美ちゃんを先に行かせるわけにもいかず、僕が率先して前を歩いているけれど、我ながら情けないほど足がすくむ。しかも厄介なことに、その怯えた姿を彼女に見られるわけにもいかなくて、まるでさっき乗ったトロッコのように半ば強制的に進まざるを得なかった。

 カクカクとした通路を慎重に進んでいると、突然「キーンコーンカーンコーン」と、まるで今から始まりますよと言わんばかりのチャイムが響き渡った。僕は肩こそびくつかせたものの、ギリギリのところで声は我慢した。ここで“アウト”をくらえば気が抜けて残りビビり散らかしそうだし、よく耐えたと思う。「ふう」と一度呼吸を整え、鼓動を落ち着かせる。
 次いで折り返しの廊下へ入ると、なお一層視界は暗く、不穏な空気が全身を包んだ。

「く、暗いね……」

 さすがにたまりかねて、僕は声を漏らした。恐怖を感じた時に自分の声で誤魔化すあの手法に近い。それにしても異様だ。足音は洞窟のように響くのに、声は反響せず壁に吸い取られる。恐怖で聴覚が機能不全にでもなったのだろうか。

 細長い通路故に、左手に現れた空間は教室を模しているのかと思えば、なぜかそれは古びた和式便所。蛍光灯がチラつく一基目には謎の妖怪、二基目は暗いまま何もなく、そしてはっきりと照らされた三基目には、人間の生首が……。その前を通過しようとしたタイミングで、今度は照明が消え「キャー!」という女性の叫び声が通路に響き渡った。心臓が飛び出そうになる、とはこういう時に使うのだろう。それがスピーカーから流れる作り物の音だろうが、こんな静寂の中不意に大音量で飛ばされたら、構えていてもびっくりしてしまう。

 最後の四基目には、赤いランドセルが置かれ長髪の少女が体操座りをしていた。長髪と言っても明らかに手入れのされていない質感で、ボサボサの髪の毛が顔を薄ら隠しつつも黙ってある一点を凝視しているように見える。

「これが、さっき言ってた少女なのかな」

 妖怪やら生首やらはいまいち関連性が分からないけれども、なんとなくそれだけは理解できた。

 トイレを通過しきると若干広い空間に変わった。ベッドが置かれていることからどうやら保健室らしい。そこで二度目の「キャー!」が響いたかと思えば、そのベッドが「ガタガタガタ」と激しく音を立てて揺れた。畳み掛けてくる廃校のギミックに恐怖を通り越して怒りが込み上げてきそうになる。というか、一周まわってもはや声が出ない。

「栞ちゃんたち、よくこれ進んだな——」

 と、ここで僕はある異変に気がついた。ついさっきまで明るく話していた彼女が、やけに静かすぎる。それに、さっきから僕が呟いても、それが本当に僕の独り言にしかなっていない。
 何か嫌な予感がして、恐る恐る振り返る。


 そこに、彼女はいなかった。


「麻美ちゃん?」

 名前を呼んでも、反応はない。足音すら聞こえない。

 途端に、足元から脳天を突き抜けるような恐怖に襲われた。
 怖い。恐ろしく、怖い。

 ——いや、待てよ……もしかすると、ドッキリか?

 ふとそう思って、平静を装いながら通路を覗く。それでも、手前の個室から漏れた光の先にさえ、彼女の姿は見えなかった。いやそもそも、彼女は昔から“他人が本気で嫌がるようなこと”をするタイプではない。と、いうことは……まさか、本当にが起こった?

 今度は慌てて通路を進んだ。内側から来る恐怖、というよりは、彼女の身を案じての恐怖。そっちの方が、どうやら僕の体は動くらしい。

 一基目のトイレの前まで行くとそこでようやく、彼女らしきシルエットを確認できた。でも、まるで置物のように、がない。

「あさみ、ちゃん……?」

 立ち尽くす彼女の表情はよく見えない。けれど、明らかにさっきまでとは違う。

 目の前まで近づくと、やはり彼女で間違いなかった。そして、同時に気がついた。彼女の体が、かすかに震えている。左腕を押さえる右手には無意識に力が入り、踏ん張った足元は頼りなく揺れていた。

「大丈夫?怖い?」

 彼女のこんな表情を見たのは、間違いなく初めてだ。小学生の頃でさえ見たことはない。俯いたまま目を見開いて、ただただ何もない遠くを眺めているような、意識はあるのにここにはいないような——。

「手、握って……」

 目を伏せたまま、彼女がそっと左手を差し出す。

 僕は何も言わず、その手を静かに包み込んだ。細くて冷たい指先はかすかに震えていて、暗がりの中、彼女の呼吸だけがやけに鮮明に胸へと染み込んでくる。そのひと息ごとに、僕の心には静かな波紋が何層にも広がっていった。
 やがて訪れた数十秒の沈黙。震えていた彼女の身体が、少しずつ静まっていくのを感じた。焦点の合っていなかった目に、元の色が戻ってくる。

 彼女はそっと目を閉じ、深く息を吐いた。まるで、自分の中に溜まっていた何かを、静かに、でも確かに手放すように——。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

高校生なのに娘ができちゃった!?

まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!? そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?

宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。 栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。 その彼女に脅された。 「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」 今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。 でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる! しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ?? 訳が分からない……。それ、俺困るの?

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

陰キャの俺が学園のアイドルがびしょびしょに濡れているのを見てしまった件

暁ノ鳥
キャラ文芸
陰キャの俺は見てしまった。雨の日、校舎裏で制服を濡らし恍惚とする学園アイドルの姿を。「見ちゃったのね」――その日から俺は彼女の“秘密の共犯者”に!? 特殊な性癖を持つ彼女の無茶な「実験」に振り回され、身も心も支配される日々の始まり。二人の禁断の関係の行方は?。二人の禁断の関係が今、始まる!

処理中です...