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第3章 接近
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「ありがとう……もう大丈夫」
目と目が合う。その表情は、暗闇に慣れた僕の目にもはっきりと分かるほど、いつもの彼女に戻っていた。握り返された手の感触に、彼女のぬくもりと意志がしっかりと伝わってくる。
「……このまま、最後まで引っ張ってくれる?」
微笑む彼女に、僕は黙って頷いた。心臓が、今度は別の理由で早鐘を打ち始める。さっきまでの気まずさなんて、もうどうでもよかった。とにかく彼女が平気そうなら、それで十分だった。
その後、保健室のベッドがもう一度揺れたり、壁に巨大な人形の絵が浮かび上がったりとギミックが続いたけど、繋いだ手と彼女の存在が気になって、もはや驚く余裕なんてどこにもなかった。
再び明るいエリアに出ると、丸い穴が四つ開いた箱のような仕掛けが現れた。横のポスターには「少女のぬいぐるみがあった場所に手を入れろ」と書いてある。穴の下には「教室」「トイレ」などの文字。つまり、そういうことだ。
「もし当てたら、明希君のお願い、一つ聞いてあげてもいいよ」
後ろから身を寄せてきた彼女が、耳元でそっと囁く。鏡越しに映るその表情は、小悪魔のような声音とは裏腹に、どこか柔らかい。重たげなまぶたが描く線と、控えめに上がった口角が、妙に穏やかだった。
「でも、ハズレたら、私のお願い一つ聞いてね」
僕が手を伸ばそうとしたその瞬間、彼女はちゃっかりと条件を足してくる。ズルいなと思いつつも、今さら引き下がる選択肢なんて、どこにもない。
ぬいぐるみを探すという目的なんて、二階に上がった時点ですっかり忘れていた。だからここは、当てずっぽうで行くしかない。どうせハズレなら「プシュー!」ってやつだろう。分かっててもあれはびっくりするんだ。
半ば覚悟を決めて、僕は『理科室』の穴に手を入れた。
『見つけてくれて、ありがとう』
「……あれ?」
女性のアナウンスが流れ、そして何も起こらない。これは……まさか、正解?
「すごっ。やるねえ明希君」
驚き混じりに彼女は笑った。僕はというと、想定外すぎて言葉が出なかった。別に嬉しくもなく、ただ、彼女の“お願い”がどんなものなのか、そればかりが頭を支配していた。
「なにかある?おねがい」
鏡越しに、彼女がやわらかく微笑みながら問いかけてくる。
「……なんでもいいの?」
「いいよ。私ができることなら」
僕はつい、鏡から視線を外して実物の彼女を見つめてしまった。潤んだような瞳。形のいい唇。そして、ゆったりしたTシャツ越しの柔らかな胸のふくらみ——。
ごくり、と喉が鳴った。
なぜこんな提案を彼女がしてきたのか。わからない。でも、あの日の僕を知っていて、それでも「なんでもいい」と言うのなら——そういう意味にも取れてしまう。
「じゃあ——」
言いかけて、僕はふと我に返った。
今日は浩大のための場だ。麻美ちゃんと距離を縮めてもらうための。僕はその場を作る手伝いをしているはずなのに……なにを言おうとしてたんだ?
いくらなんでも、それはダメだろ。
欲に走った罰を、この前受けたばかりじゃないか。もう、忘れたのか——?
「おーい立石さーん、明希ー、大丈夫かー?」
不意に下から聞こえてきた浩大の声。それによって、僕はのんびりしすぎていたことに今更気づいた。
「……とりあえず、下りよっか。また考えといてね」
彼女の手の感触がすっと離れる。理性と欲望の狭間で揺れていた僕は、情けなくも、安堵と未練が入り混じった気持ちでその場を後にした。
浩大らと合流した後、僕らは例のラーメン屋へ向かった。色々あったものの、結果的に僕は成功。浩大は……栞ちゃん曰く、最後の穴で「プシュー」の餌食になったらしい。つまり失敗。言い出しっぺが罰を受けるという、見事なオチだ。
「こりゃ食いもんじゃねえぞ!?」
嗚咽混じりに叫ぶ浩大に、店員さんは思わず笑っていた。正直僕は呆れていた。知り合って三年目、食べる機会が無かったというのもあるけど、まさか激辛が苦手なタイプだとは。
「なんでコレにしたんだよ。ラーメン奢るとかで良かったじゃん」
「バーロー。そんなんじゃ罰ゲームになんねえだろ。それに、まるで俺がレディ二人の分払うのも“罰”みたいじゃねえか」
「ん?え、なんでお前が二人分払うのよ。僕も払うって」
「……ちょっと待って、なんか私たち奢ってもらう流れになってない?」
戸惑う僕と、さらに戸惑う栞ちゃんと、結局最後は四人でコメディのような押し問答に発展した。実は女子の二人も、今日遊園地に行くという話をしてそれなりにお金を貰ったらしい。でも、母さんから“奢り用に”とお金を渡されている手前、僕も引き下がるわけにはいかず、結局は浩大の最後の一言で僕らの折半となった。
「次!次また四人で遊ぶ時のために、今日は俺らに払わせてくれ」
たかがラーメン一杯にしては大げさなセリフだけど、その言葉は不思議と重たく響いた。というのも、浩大はすでに別のところでも“負担”していたからだ。
それは、朝の窓口で払った特別切符。あの時は浩大が四人分まとめて払ったのだけれど、その後僕たちから集めた金額は、あのネット情報より二千円ほど少なかった。本人は「割引されてた」と誤魔化してたけど、電車に乗る直前に「お前は後日追徴な」って言われたから、間違いない。
きっと彼の頭の中には、“予算一万円”という言葉が残っていたんだと思う。ギリギリにしてしまえば、次のハードルが上がる。多分それを避けたくて、あえて自腹を切ったんだ。
今までの浩大は、女子と遊ぶ時にそこまで頭を回すタイプではなかったのに。
目と目が合う。その表情は、暗闇に慣れた僕の目にもはっきりと分かるほど、いつもの彼女に戻っていた。握り返された手の感触に、彼女のぬくもりと意志がしっかりと伝わってくる。
「……このまま、最後まで引っ張ってくれる?」
微笑む彼女に、僕は黙って頷いた。心臓が、今度は別の理由で早鐘を打ち始める。さっきまでの気まずさなんて、もうどうでもよかった。とにかく彼女が平気そうなら、それで十分だった。
その後、保健室のベッドがもう一度揺れたり、壁に巨大な人形の絵が浮かび上がったりとギミックが続いたけど、繋いだ手と彼女の存在が気になって、もはや驚く余裕なんてどこにもなかった。
再び明るいエリアに出ると、丸い穴が四つ開いた箱のような仕掛けが現れた。横のポスターには「少女のぬいぐるみがあった場所に手を入れろ」と書いてある。穴の下には「教室」「トイレ」などの文字。つまり、そういうことだ。
「もし当てたら、明希君のお願い、一つ聞いてあげてもいいよ」
後ろから身を寄せてきた彼女が、耳元でそっと囁く。鏡越しに映るその表情は、小悪魔のような声音とは裏腹に、どこか柔らかい。重たげなまぶたが描く線と、控えめに上がった口角が、妙に穏やかだった。
「でも、ハズレたら、私のお願い一つ聞いてね」
僕が手を伸ばそうとしたその瞬間、彼女はちゃっかりと条件を足してくる。ズルいなと思いつつも、今さら引き下がる選択肢なんて、どこにもない。
ぬいぐるみを探すという目的なんて、二階に上がった時点ですっかり忘れていた。だからここは、当てずっぽうで行くしかない。どうせハズレなら「プシュー!」ってやつだろう。分かっててもあれはびっくりするんだ。
半ば覚悟を決めて、僕は『理科室』の穴に手を入れた。
『見つけてくれて、ありがとう』
「……あれ?」
女性のアナウンスが流れ、そして何も起こらない。これは……まさか、正解?
「すごっ。やるねえ明希君」
驚き混じりに彼女は笑った。僕はというと、想定外すぎて言葉が出なかった。別に嬉しくもなく、ただ、彼女の“お願い”がどんなものなのか、そればかりが頭を支配していた。
「なにかある?おねがい」
鏡越しに、彼女がやわらかく微笑みながら問いかけてくる。
「……なんでもいいの?」
「いいよ。私ができることなら」
僕はつい、鏡から視線を外して実物の彼女を見つめてしまった。潤んだような瞳。形のいい唇。そして、ゆったりしたTシャツ越しの柔らかな胸のふくらみ——。
ごくり、と喉が鳴った。
なぜこんな提案を彼女がしてきたのか。わからない。でも、あの日の僕を知っていて、それでも「なんでもいい」と言うのなら——そういう意味にも取れてしまう。
「じゃあ——」
言いかけて、僕はふと我に返った。
今日は浩大のための場だ。麻美ちゃんと距離を縮めてもらうための。僕はその場を作る手伝いをしているはずなのに……なにを言おうとしてたんだ?
いくらなんでも、それはダメだろ。
欲に走った罰を、この前受けたばかりじゃないか。もう、忘れたのか——?
「おーい立石さーん、明希ー、大丈夫かー?」
不意に下から聞こえてきた浩大の声。それによって、僕はのんびりしすぎていたことに今更気づいた。
「……とりあえず、下りよっか。また考えといてね」
彼女の手の感触がすっと離れる。理性と欲望の狭間で揺れていた僕は、情けなくも、安堵と未練が入り混じった気持ちでその場を後にした。
浩大らと合流した後、僕らは例のラーメン屋へ向かった。色々あったものの、結果的に僕は成功。浩大は……栞ちゃん曰く、最後の穴で「プシュー」の餌食になったらしい。つまり失敗。言い出しっぺが罰を受けるという、見事なオチだ。
「こりゃ食いもんじゃねえぞ!?」
嗚咽混じりに叫ぶ浩大に、店員さんは思わず笑っていた。正直僕は呆れていた。知り合って三年目、食べる機会が無かったというのもあるけど、まさか激辛が苦手なタイプだとは。
「なんでコレにしたんだよ。ラーメン奢るとかで良かったじゃん」
「バーロー。そんなんじゃ罰ゲームになんねえだろ。それに、まるで俺がレディ二人の分払うのも“罰”みたいじゃねえか」
「ん?え、なんでお前が二人分払うのよ。僕も払うって」
「……ちょっと待って、なんか私たち奢ってもらう流れになってない?」
戸惑う僕と、さらに戸惑う栞ちゃんと、結局最後は四人でコメディのような押し問答に発展した。実は女子の二人も、今日遊園地に行くという話をしてそれなりにお金を貰ったらしい。でも、母さんから“奢り用に”とお金を渡されている手前、僕も引き下がるわけにはいかず、結局は浩大の最後の一言で僕らの折半となった。
「次!次また四人で遊ぶ時のために、今日は俺らに払わせてくれ」
たかがラーメン一杯にしては大げさなセリフだけど、その言葉は不思議と重たく響いた。というのも、浩大はすでに別のところでも“負担”していたからだ。
それは、朝の窓口で払った特別切符。あの時は浩大が四人分まとめて払ったのだけれど、その後僕たちから集めた金額は、あのネット情報より二千円ほど少なかった。本人は「割引されてた」と誤魔化してたけど、電車に乗る直前に「お前は後日追徴な」って言われたから、間違いない。
きっと彼の頭の中には、“予算一万円”という言葉が残っていたんだと思う。ギリギリにしてしまえば、次のハードルが上がる。多分それを避けたくて、あえて自腹を切ったんだ。
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