黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実

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第3章 接近

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 昼食後は、やや早足で園内を回った。何せアトラクションの数は日本最大級。遥々県を跨いでやってきたのだから、多く乗るに越したことはない。ただ、ここで僕は何故夏の時期が閑散期にあたるのかを思い知った。某夢の国も夏は比較的空いているらしい。それもそのはずだ、こりゃ暑過ぎて乗り物どころじゃない。三十分待つだけでも地獄。待ち時間と移動の度に滴る汗が、Tシャツを鬱陶しくも濡らしていく。

 一つ二つ乗っては園内中央付近にある『マイナス三十度の世界』へ避難する、ということを繰り返したせいもあって、気づけば時刻はもう十五時を回っていた。時間的に、あと乗れても二つといったところだ。

「絶叫のラストはあれだな」

 浩大が指さしたのは、ピンクと水色が並んだツインコースター。朝、浩大が気になると言っていたやつだ。ピンクは座り乗り、水色は立ち乗りで、テーマは『天の川』らしい。それにあやかるなら、男女で分かれるのが筋だけど——。

「考えてみりゃ、まだ“ここ”と“ここ”で組んでねえな。そのペアで行くか」

 その指の動きは、浩大と麻美ちゃん、そして僕と栞ちゃんを結んでいた。

 彼女は、無言で僕の目を見て、小さく相槌を打つ。そのほんの少しだけ恥ずかしそうに見せる笑顔が……余計に僕を緊張させた。
 


「やっと二人っきりになれたね」

 ピンク色の列に並び始めて、彼女はぽつりとつぶやいた。その上目遣いと、柔らかな声と、まさかの一言で、言わずもがな僕の心臓は弾けそうになった。

「今日って、本当は田中くんが麻美ちゃんとデートしたかったんだよね? 私、途中で別行動になるのかなって思ってたんだけど」

「あ、あー……。確かに」

 ——彼女も、なかなか罪なことをしてくれる。

 そこでようやく、最初のセリフの主語が『浩大と麻美ちゃん』だと気づいた。決して“僕ら”ではなかった。勝手にぬか喜びした自分が悪い……んだけど、やっぱりその言い方はずるいと思う。冷静になって考えれば、彼氏がいる子が、そんな期待させるようなこと、言うはずないんだけど——。

「お化け屋敷で何かあった?」

 一拍置いてからの質問は、まさかの角度から飛んできた。

「……えっ?ななんで?」

「んー、なんか、ちょっと遅かったなーって思って」

 彼女は下唇を指で挟みながら、わざとらしく首をかしげる。

 ——確かに、あった。けれど、人に話すほどのことかは分からない。

 麻美ちゃんが怖がって固まって……と説明すれば、多分それで済む。嘘ではないし。
 だけど、あれはただの恐怖だったのか? それにしては彼女の様子が、違いすぎた。あんな表情、僕は見たことがなかった。もしかして、本当に……霊にでも取り憑かれていたんじゃ。

「ちょっとゆっくり進みすぎただけだよ。……ほら、ぬいぐるみ探せって書いてあったし」

「あー……そういえば、明希くんたちは当てたんだっけ」

 結局、自分でもなぜ嘘をついたのか、よくわからなかった。でも、それで彼女が納得してくれたのなら、今はそれでいい気がした。

 待ち列が進み、乗り場手前の階段に差しかかったところで、先を登っていた彼女がふと振り返った。

「そういえば田中くん、もうの話してたよね」

「あ、ああ。アイツ、せっかちだから……。というか、次も行く気なの?」

「だって、二人とも結構負担してくれてるんでしょ? それで断るのはちょっとね。まあ、麻美ちゃんが良いなら、だけど」

 軽く肩をすくめて、彼女は微笑んだ。
 その口調からして、やっぱり彼女もなんとなく察しているようだった。そして僕は、心の奥でそっと拳を握る。“次もある”——つまり、また四人で遊べるってことだ。その事実が嬉しすぎて、思わず頬がゆるむ。

 でも、そんな喜びとは裏腹に、ずっと引っかかっていた疑問が頭をもたげてきた。自然に訊けるのは、たぶん今しかない。

「あ、でもさ……か、彼氏は何も言わないの?」

 ずっと避けてきた話題だった。怖くて聞けなかった。けれど、今の栞ちゃんが、どんな気持ちでここにいるのか——ちゃんと知っておきたかった。

 少しの沈黙のあと、彼女は一段降りて僕の目線に合わせ、静かに口を開いた。

「明希くん、知ってたんだ。彼氏のこと」

「あ……まあ、風の噂で」

 彼女はふと階段の向こうに視線を向けた。少しの間、遠くをぼんやりと眺め、それからまた僕の方へと顔を戻す。

「実はね……今、ほとんど会ってないんだ。連絡もたまにするくらいで」

「えっ……?」

 その言葉と一緒に浮かんだ表情は、どこか切なげで、それでいてどこか吹っ切れたようでもあった。真意までは読み取れないけれど、少なくとも、順風満帆とは言えないようだった。

「そう、なんだ……」

 訊いておきながら、僕はどう顔を作ればいいのか分からなかった。心の中ではガッツポーズをしているくせに、そんなこと表に出せるはずもなく。かといって曇った顔をしても、まるで「興味ありません」と言っているみたいで、それも良くない気がする。結局、感情の置き所を失ったまま、曖昧な顔で固まってしまった僕を見て、彼女が慌てて言葉を足す。

「あっ、ごめんね。別にいいの。このまま別れても。元々、好きで付き合ったわけじゃなかったし」

 思考が止まりかけた。その間にも、現実の待ち列はまた少しだけ前に進んでいく。
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