黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実

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第3章 接近

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 アトラクションの絶叫度は、まあそこそこだった。恐竜よりは激しいけど、僕でも乗れる程度。これの前に乗ったヤバいやつ(浩大が気になっていたもう一つのジェットコースター)が想像以上にヤバかったせいで、だいぶ感覚が麻痺しているのかもしれない。立ち乗りなら、また違ったスリルを味わえたのかもしれないけれど……まあ、それは次の機会にでも。

 乗り場を降りると、浩大たちはすでに待ち構えていた。「巻きで!」とでも言いたげに、腕時計もない手首を二本指でカンカンと叩いている。

「遅かったなおい!おもろかったか? とりあえず最後行くぞ!」

「なにそんな慌ててるんだよ。もう大体乗ったし、別に無理して最後行かなくても……」

「バーロー。遊園地っつったら、外せねえのあるだろ?」

 遊園地で、外せないもの……?一通り乗り尽くした気でいる僕には、すぐにピンとこなかった。
 でも、視界の端で、段々と近づいてくるそれを見て、ある意味納得した。

「なるほど、それで急いでたのか」

「おうよ。一周十五分かかるらしいからな」

 聳え立つそれは、赤・橙・黄色を基調とした巨大な観覧車。確かに、遊園地『デート』であれば定番中の定番だ。

「よーし、じゃあ最後はで決めっか!」

 まさかの提案に、今度ばかりは思わず驚いた。せっかくのチャンスを、なぜあえて運任せに?

「お前、それでいいのか?」

「せっかく男女四人で来てんだから、その方がおもろいだろ」

 女子の方に目をやると、麻美ちゃんも栞ちゃんも「任せるよ」といった表情。
 仕方ない。どっちになっても、別に……構わないし。

「じゃあ行くぞ? 裏か表で別れましょっ! しょっ! しょッ!——」









「……で、なんで最後の最後に裏表なんかにしたわけ?」

 静寂の中、頭を抱える浩大を前に、僕は堪りかねて切り出した。

「まさかここで三分の一のハズレ引くとは思わねえだろ」

「いや三分の一はまあまあな確率だろ」

 と、言いつつ僕もこの展開は想定外だった。『どちらでもいい』とは思っていたけど、それはあくまで“二択”だった場合の話であって……この状況は勘定に入れていない。

「てか、化け屋敷の時から謎だったんだよ。潔く『立石さん行こうぜ』とか言うのかと思ってたのに」

「いや、最初は俺もそのつもりだった。けどやっぱ、方針変えたんだわ」

「なんだよ方針って」

 浩大は握っていた飲みかけのコーラを一気に飲み干す。

「今日を事実上のデートにした場合よ、今日一日はハッピーに過ごせるわ。でも、次に立石さんが乗ってくれるかは分からねえ。恋愛ってのは、急ぐのは禁物だ。向こうも、俺が狙ってんのは薄々気づいてるはず。そこで今日のこのギャップよ。あえて運任せの展開にした方が意外性も出るし、“余裕ある男感”も演出できる。それに——」

 ゲフッと、大きなゲップを間に挟み、続けた。

誘い文句の方が、次につながるってわけ」

「……ん?今日を踏まえた?」

 浩大はドヤ顔で答える。

「お前、河西さんと二人きりになれたのって、実質あのジェットコースターくらいだろ?だから次は、西って名目で誘えばいい。そうすれば自然と俺は立石さんとペアになる。完璧だろ?」

「……つまり、僕をダシにしてるってことじゃん」

「ご名答!」

 ヤツはペットボトルを軽く叩きながら、悪びれもせずに笑った。

「ついでに言うと、さっきの待ち時間にそのうたい文句で誘っといたから」

「なんだそりゃ……さっきの未来形の口調は何だったんだよ」

「まあまあ。それはそれとして——」

 浩大は背もたれに寄りかかり、窓の外へと視線を投げる。

「本当は、この観覧車で次のデートスポットの調査をしようと思ってたんだがなあ。と言っても、俺の中ではもう決まってるから上手い具合に誘うだけだったんだが」

「なんだよそれ。で、どこよ?」

「決まってんだろ?」

 ニヤリと笑い、沈みかけた夕日に視線を重ねる。

「九月とはいえこの雰囲気……まだ夏は終わっちゃいねえ。『夏』『デート』っつったら——」




 帰りのバスと電車は、四人そろって爆睡だった。どちらも降りる場所が終点だったからよかったものの、そうでなければ、四人仲良く乗り過ごしていたかもしれない。
 駅に着いて想定外だったのは、ウチの車のすぐそばで、母さんと栞ちゃんのお母さんが談笑していたことだ。どうやら偶然近くに車を停めて気づいたらしい。母さんたちは小学校のPTAで一緒だったこともあり、もともと仲が良かった。

 で、何が問題かって——せっかく朝ボカしたのに、の詳細がしっかりバレてしまったこと。当然、小学生の頃の『遊ぶ』とは解釈のされ方が違うわけで……案の定僕は帰りの車でからかわれた。

「誰なのかと思ったら、栞ちゃんと麻美ちゃんだったか。アンタもやるじゃない。で、どっちがどっちなの?」

「だからそんなんじゃないって」

「あ、一応俺が立石さんっス」

 後部座席で浩大が調子よく手を挙げ、母さんは「ハハッ、そうかそうか」と頷く。その時は、ただの軽口だとしか思っていなかった。でも浩大を降ろした後——ふと、つぶやいた。

「ほんと、綺麗になったわねえ。お母さんに似て」

 僕は、その台詞にどこか違和感を覚えた。
 先ほど河西親子を目の当たりにしているわけだし、流れ的には栞ちゃんのことだと解釈するだろう。でも、それにしては……やけに寂しさのような雰囲気を感じる。

「……どっちの話?」

「麻美ちゃんよ。いや栞ちゃんももちろん綺麗になってるけどさ。麻美ちゃんなんて、小二の時以来だから」

「ああ……まあ、そうか」

 一度は納得しかけた——けれど、母さんは少し間を置いて、こう続けた。

「……本当に、お母さんは残念だったわね。まあ本人は元気そうだから良かったけど」

 その一言に、思考は止まる。

「……へ?」

 わけが分からず、口から漏れたのは間の抜けた声だった。でも母さんは、逆に僕の反応に驚いたような顔をして——確認するように、信じられない言葉を口にした。

 それは、今日一日の出来事を頭から吹き飛ばすほどの——重すぎる一言だった。


「麻美ちゃんのお母さん、今年の春亡くなってるんでしょ?交通事故で」

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