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第4章 罪と罰
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「明希君、太宰治の『人間失格』読んだことある?」
始まりは、彼女のそんな唐突な一言からだった。突然の問いかけに一瞬面食らいつつ、「内容すら知らない」と正直に答えると、彼女は頷いて、こんな話をしてくれた。
「その中にね、“名詞を一つ挙げて、それが『悲劇』か『喜劇』かを語り合う”っていう遊びが出てくるの。たとえば『暴力』だったら、きっと『悲劇』でしょ?そんな風に」
「へぇ、随分と洒落た遊びだね」
僕はそれを聞きながら、そもそも彼女がそんな小説を読んでいることに驚いた。名前くらいは知っていても、僕は手に取ったことすらない。だから余計に、彼女のそういう一面が、意外だった。
もしかして、彼女は見た目や性格だけじゃなく、知的な一面まで持ち合わせているのだろうか。だとしたら……本当にずるい。
「でさ、私これ読んだ時、誰かとやってみたいなあって思ったんだ。答えの無いイメージのぶつけ合い」
「なるほど。じゃあ……やってみる?」
「うん。あ、でも同じお題じゃつまらないからさ。『悲劇』か『喜劇』かじゃなくて、『罪』か『罰』か、にしよ」
そこで僕はいまいち言葉の意味を理解できなくなり、一旦足を止めてブレーキレバーを握った。
「……ちょっと待って。喜劇と悲劇は反対語みたいなもんだからまだ分かるけど、それは言葉遊びとして成立するの?『罪』と『罰』は、原因と結果でしょ?それって“選ぶ”ようなものじゃない気がするけど」
彼女は意外そうに僕を見たあと、ふわっと微笑んだ。
「いいの。イメージだから」
その一言で、なんとなく腑に落ちた。法律的にどうこうではなく、あくまで『感じ方の違い』を楽しむ遊びなんだろう。
「……じゃあ、お題をどうぞ」
そう言って、僕はまた坂を登りはじめた。
「そうだなあ最初は……『嘘』はどう?」
「嘘?それは罪でしょ。嘘は人を傷つけるから」
「ふふっ。私は罰かな。嘘って、回り回って結局は自分を傷つけるじゃない?その苦しみは、罰だと思う」
「な、なるほど……」
開始早々、純粋に驚いた。ゲームになるのか半信半疑だったのに、意外にも“それっぽい”会話になっている。
「はい、明希君どうぞ」
「僕?そうだなあ……『金銭欲』とか?」
「いやキミその手の欲無いよね?そんなの議論してもつまらないじゃん」
「……なんでわかったの?」
「先週田中君が言ってたよ。『明希の部屋なんもねえ』って」
アイツ、一体どういう流れでそんな話をしたんだ……。
「じゃあ……『可愛い』は?」
なにも出てこなくて、ただただ、目の前の彼女を見て思ったことを口にした。
「それは罰だね。『可愛い』っていう価値は、その人を縛るから」
彼女は意外にも即答した。しかもその理由には、妙な“重み”があった。まるで実体験のような——けれど、意味はよくわからない。
「明希君は?」
「僕はー、罪かなあ。無自覚に他人を惹きつけるし、意図せず傷つけることもある」
「なるほど。それも正しいね」
「……麻美ちゃんは、何かに縛られてるの?」
「え、なに、もしかして間接的に『可愛い』って言ってくれてる?」
「いやっ、別にそういう意味で言ったんじゃ……」
「じゃあ可愛くないってこと?」
「……かわいいです」
いや、やっぱり罪だ。こうやって、翻弄してくるんだから。
「ふふ。じゃあ次。『涙』は?」
「涙!?うーん……難しいなあ。誰かを泣かせたら、それは罪かもしれない。でも、自分が流すなら……それは罰なのかな」
「おー、いいね。……でもそうなると、人が死ぬときって、死ぬ側が罪を背負ってて、残される側が罰を受けることになっちゃうね」
「うわ……たしかに……。あ、でもさ、僕昔から母さんに言われてるんだ。“一番の親不孝は、親より先に死ぬことだよ”って」
「……そっか。明希君のお母さん、そりゃ明希君が死んだら大泣きしそうだもんなあ」
その声には、どこか遠くを見つめるような静けさがあった。
言葉の後に落ちた、ほんのわずかな沈黙。それが、胸の奥にじんわり広がっていく。
——しまった。
思わず、息を飲んだ。いま、僕が触れているのは“母親”の話じゃないか。
無意識とはいえ、このタイミングで母さんの話題を出すなんて。どんだけ無神経なんだ。しっかりしろ、自分。
「でも、そしたら『死』はどっちになるんだろうね」
「えっと……周りを悲しませるから、『涙』と同じで立場によるんじゃない?」
「いや、もし誰も悲しまない死なら、それはただの罰だよ」
「た、確かに……」
彼女はさらっと言った。けど、そんな死に方って、そうそうあるもんじゃない。よっぽどの犯罪者とか、そのレベルじゃないと普通は……。でも、それならそれで確かに『罰』って言葉の方がしっくりくる気もしてきた。
「ちょっと重すぎたかな。じゃあさ……『他人の服をこっそり嗅ぐこと』は?」
「……罪です。すみません」
話が重くなりすぎたと思ったのか、彼女は口調をふわっと軽くして笑った。でも、不思議とそのからかいは、悪い気がしなかった。
「ははっ、誰も明希君のことなんて言ってないでしょ?でも、どうして罪だと思ったの?」
「え?なぜと言われましても……」
そう尋ねられて、僕はしばらく言葉に詰まった。
始まりは、彼女のそんな唐突な一言からだった。突然の問いかけに一瞬面食らいつつ、「内容すら知らない」と正直に答えると、彼女は頷いて、こんな話をしてくれた。
「その中にね、“名詞を一つ挙げて、それが『悲劇』か『喜劇』かを語り合う”っていう遊びが出てくるの。たとえば『暴力』だったら、きっと『悲劇』でしょ?そんな風に」
「へぇ、随分と洒落た遊びだね」
僕はそれを聞きながら、そもそも彼女がそんな小説を読んでいることに驚いた。名前くらいは知っていても、僕は手に取ったことすらない。だから余計に、彼女のそういう一面が、意外だった。
もしかして、彼女は見た目や性格だけじゃなく、知的な一面まで持ち合わせているのだろうか。だとしたら……本当にずるい。
「でさ、私これ読んだ時、誰かとやってみたいなあって思ったんだ。答えの無いイメージのぶつけ合い」
「なるほど。じゃあ……やってみる?」
「うん。あ、でも同じお題じゃつまらないからさ。『悲劇』か『喜劇』かじゃなくて、『罪』か『罰』か、にしよ」
そこで僕はいまいち言葉の意味を理解できなくなり、一旦足を止めてブレーキレバーを握った。
「……ちょっと待って。喜劇と悲劇は反対語みたいなもんだからまだ分かるけど、それは言葉遊びとして成立するの?『罪』と『罰』は、原因と結果でしょ?それって“選ぶ”ようなものじゃない気がするけど」
彼女は意外そうに僕を見たあと、ふわっと微笑んだ。
「いいの。イメージだから」
その一言で、なんとなく腑に落ちた。法律的にどうこうではなく、あくまで『感じ方の違い』を楽しむ遊びなんだろう。
「……じゃあ、お題をどうぞ」
そう言って、僕はまた坂を登りはじめた。
「そうだなあ最初は……『嘘』はどう?」
「嘘?それは罪でしょ。嘘は人を傷つけるから」
「ふふっ。私は罰かな。嘘って、回り回って結局は自分を傷つけるじゃない?その苦しみは、罰だと思う」
「な、なるほど……」
開始早々、純粋に驚いた。ゲームになるのか半信半疑だったのに、意外にも“それっぽい”会話になっている。
「はい、明希君どうぞ」
「僕?そうだなあ……『金銭欲』とか?」
「いやキミその手の欲無いよね?そんなの議論してもつまらないじゃん」
「……なんでわかったの?」
「先週田中君が言ってたよ。『明希の部屋なんもねえ』って」
アイツ、一体どういう流れでそんな話をしたんだ……。
「じゃあ……『可愛い』は?」
なにも出てこなくて、ただただ、目の前の彼女を見て思ったことを口にした。
「それは罰だね。『可愛い』っていう価値は、その人を縛るから」
彼女は意外にも即答した。しかもその理由には、妙な“重み”があった。まるで実体験のような——けれど、意味はよくわからない。
「明希君は?」
「僕はー、罪かなあ。無自覚に他人を惹きつけるし、意図せず傷つけることもある」
「なるほど。それも正しいね」
「……麻美ちゃんは、何かに縛られてるの?」
「え、なに、もしかして間接的に『可愛い』って言ってくれてる?」
「いやっ、別にそういう意味で言ったんじゃ……」
「じゃあ可愛くないってこと?」
「……かわいいです」
いや、やっぱり罪だ。こうやって、翻弄してくるんだから。
「ふふ。じゃあ次。『涙』は?」
「涙!?うーん……難しいなあ。誰かを泣かせたら、それは罪かもしれない。でも、自分が流すなら……それは罰なのかな」
「おー、いいね。……でもそうなると、人が死ぬときって、死ぬ側が罪を背負ってて、残される側が罰を受けることになっちゃうね」
「うわ……たしかに……。あ、でもさ、僕昔から母さんに言われてるんだ。“一番の親不孝は、親より先に死ぬことだよ”って」
「……そっか。明希君のお母さん、そりゃ明希君が死んだら大泣きしそうだもんなあ」
その声には、どこか遠くを見つめるような静けさがあった。
言葉の後に落ちた、ほんのわずかな沈黙。それが、胸の奥にじんわり広がっていく。
——しまった。
思わず、息を飲んだ。いま、僕が触れているのは“母親”の話じゃないか。
無意識とはいえ、このタイミングで母さんの話題を出すなんて。どんだけ無神経なんだ。しっかりしろ、自分。
「でも、そしたら『死』はどっちになるんだろうね」
「えっと……周りを悲しませるから、『涙』と同じで立場によるんじゃない?」
「いや、もし誰も悲しまない死なら、それはただの罰だよ」
「た、確かに……」
彼女はさらっと言った。けど、そんな死に方って、そうそうあるもんじゃない。よっぽどの犯罪者とか、そのレベルじゃないと普通は……。でも、それならそれで確かに『罰』って言葉の方がしっくりくる気もしてきた。
「ちょっと重すぎたかな。じゃあさ……『他人の服をこっそり嗅ぐこと』は?」
「……罪です。すみません」
話が重くなりすぎたと思ったのか、彼女は口調をふわっと軽くして笑った。でも、不思議とそのからかいは、悪い気がしなかった。
「ははっ、誰も明希君のことなんて言ってないでしょ?でも、どうして罪だと思ったの?」
「え?なぜと言われましても……」
そう尋ねられて、僕はしばらく言葉に詰まった。
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