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第4章 罪と罰
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目の前の美人がそんなことを言うものだから、僕は納得するしかなかった。
「そんなかっこいい台詞を、麻美ちゃんから聞けるとは思わなかったよ」
そう?と彼女はまた無邪気に笑って見せた。
水着フェアは確かに開催されていた。けれど、さすが婦人服の店。その規模はフェアと呼ぶにはあまりにも小さくて、売り場のスペースはおよそ二畳くらいしかない。その限られた範囲に敷き詰められているから、決して品数が少ないってわけではないのだけれど、やはり僕らが普段行くあっちに比べたらかなり見劣りする。
「明希君は何色が好み?」
回転式のラックをゆっくりと回しながら、彼女はそう尋ねてきた。状況的に考えたら、それはただ漠然と『何色が好きか』を訊いているのではなく、『何色の水着が好みか』ということだろう。でもそうなると逆に困る。彼女が何色の水着を着ようが、どれも似合うに決まっているわけで、つまり何色でも構わないんだ。
「んー……僕は黒が好きだけど」
結局、一周回って自分が好きな色を伝えると、彼女は「黒か……黒」と呟きながら黒色の水着を何着か手に取り、そしてそのまますぐ近くの試着室へと入った。
パサっ、パサっ、と、すぐさま服が床へ落ちる音が聞こえてくる。今、僕らを隔てているのは、頼りないポリエステル生地のカーテン一枚だけ。それが、何とも不思議な感覚だった。足元を覗けば、その素足が見える程度に丈は短く、やろうと思えば、その隙間から服を抜き取ることだってできる。そんな無防備な彼女のすぐそばに、今、僕がいる——。それ自体が、不思議で、少し怖かった。
「これにしよっかな」
しばらく僕が無心で遠くを眺めていると、彼女がそう呟くのが聞こえた。
「決まったの?」
「うん。ちょっと大人っぽいけど」
その一言は、心を空っぽにしていた故により強く僕を刺激した。大人っぽい彼女が言う『大人っぽい』が、どれほど色気に満ちたものなのか、気にならないわけがない。
「見たい?」
不意に、カーテンから顔だけを覗かせ、僕に問いかけてきた。見たい?と言われて素直に見たいと返すのはもはやカップルのやり取りだろう。でも、ここで「別に」と言うのはあまりにも不自然というか、強がりにしか思えない。
ところが、彼女はそのどちらとも許すことはなく、「でも、残念だけど当日までお預けかな」と続けて、顔を引っ込めた。
「どうして?」
「だって、絶対リアクション薄くなるじゃん」
まあ、そう言われたら確かにそうかもしれない。
レジで会計を済ませると、彼女は僕の手を取って、持っていた大量の小銭を預けてきた。ポカンとするを僕を見て、「今日のお礼ね」と付け加える。これではさっきのシェイクが『奢り』にならないのだけれど、彼女はそんな僕の言い分も「じゃあ今度また奢ってくれたらいいから」と軽くあしらった。
「今度シェイク奢ってもそれ僕が奢ったことにならないんだけどなあ」
「いいんだよそんな細かいこと気にしなくて。明希君にはもう一つやってもらわないといけないから」
「もう一つ?帰りの自転車漕ぐ以外で?」
「うん」
そんな意味深発言が宙ぶらりんのまま、僕たちは帰路に着いた。帰りの道のりはやはり行きよりも過酷だった。諦めて歩くにしては傾斜が緩いし、かと言って座って漕ぎ続けるには地味にキツい。スーパーを出る前に飲料の一つでも買えばよかったと、後々になって後悔した。マックへ寄ろうにも、そこへ着く頃には登り坂はほぼ終わってるわけだし。これがまた、後ろが男であれば何の気遣いも無用なんだけど、麻美ちゃん相手に疲れている姿を見せるのはプライドが許さなかった。プライドと言うより、見栄と言った方が適切かもしれない。
工業団地を通過する頃には、蓄積した疲労と、その疲労を吹き飛ばす下り坂の爽快感も相まって彼女の言葉を忘れていた。僕はいつも通りあの場所(公民館の坂を下りきったところ)まで彼女を送ろうとしていたが、彼女は僕の家の近くまで来ると「今日はここでいいよ」と言って制止を促し、そして荷台から降りた。
「いいの?ここで」
「うん。それより、さっき言ってたこと」
彼女は前カゴからカバンを取り出すと、手にしていた半透明の袋を僕の目の前に差し出した。中には、さっき買った水着が入っている。
「水着……が、どうかしたの?」
「これは明希君が預かってて」
ポカンとする僕をよそに、彼女は空いた前カゴにその袋をすっと入れた。
「預かっててと言われても……プール、明後日だよ?」
「うん。だから、明後日忘れずに持ってきてね」
僕の頭には、いくつものハテナが浮かんだ。一体それがどういう意図なのか、まったく見当がつかない。でも、別に断るほどのことでもないし、僕はよく分からないまま「はい」と間の抜けた返事を返した。
「タグは取ってもらってるし、そのまま持ってきてくれたらいいから」
「わ、分かった」
「あ、一応言っておくけど、それでヘンなことしないでね」
「へんな……しッ、しないよっ」
「ふふ。じゃあまた明日。学校で」
彼女がポンっと背中を叩く。それが不思議と魔法のように、僕の体を軽くした。
「そんなかっこいい台詞を、麻美ちゃんから聞けるとは思わなかったよ」
そう?と彼女はまた無邪気に笑って見せた。
水着フェアは確かに開催されていた。けれど、さすが婦人服の店。その規模はフェアと呼ぶにはあまりにも小さくて、売り場のスペースはおよそ二畳くらいしかない。その限られた範囲に敷き詰められているから、決して品数が少ないってわけではないのだけれど、やはり僕らが普段行くあっちに比べたらかなり見劣りする。
「明希君は何色が好み?」
回転式のラックをゆっくりと回しながら、彼女はそう尋ねてきた。状況的に考えたら、それはただ漠然と『何色が好きか』を訊いているのではなく、『何色の水着が好みか』ということだろう。でもそうなると逆に困る。彼女が何色の水着を着ようが、どれも似合うに決まっているわけで、つまり何色でも構わないんだ。
「んー……僕は黒が好きだけど」
結局、一周回って自分が好きな色を伝えると、彼女は「黒か……黒」と呟きながら黒色の水着を何着か手に取り、そしてそのまますぐ近くの試着室へと入った。
パサっ、パサっ、と、すぐさま服が床へ落ちる音が聞こえてくる。今、僕らを隔てているのは、頼りないポリエステル生地のカーテン一枚だけ。それが、何とも不思議な感覚だった。足元を覗けば、その素足が見える程度に丈は短く、やろうと思えば、その隙間から服を抜き取ることだってできる。そんな無防備な彼女のすぐそばに、今、僕がいる——。それ自体が、不思議で、少し怖かった。
「これにしよっかな」
しばらく僕が無心で遠くを眺めていると、彼女がそう呟くのが聞こえた。
「決まったの?」
「うん。ちょっと大人っぽいけど」
その一言は、心を空っぽにしていた故により強く僕を刺激した。大人っぽい彼女が言う『大人っぽい』が、どれほど色気に満ちたものなのか、気にならないわけがない。
「見たい?」
不意に、カーテンから顔だけを覗かせ、僕に問いかけてきた。見たい?と言われて素直に見たいと返すのはもはやカップルのやり取りだろう。でも、ここで「別に」と言うのはあまりにも不自然というか、強がりにしか思えない。
ところが、彼女はそのどちらとも許すことはなく、「でも、残念だけど当日までお預けかな」と続けて、顔を引っ込めた。
「どうして?」
「だって、絶対リアクション薄くなるじゃん」
まあ、そう言われたら確かにそうかもしれない。
レジで会計を済ませると、彼女は僕の手を取って、持っていた大量の小銭を預けてきた。ポカンとするを僕を見て、「今日のお礼ね」と付け加える。これではさっきのシェイクが『奢り』にならないのだけれど、彼女はそんな僕の言い分も「じゃあ今度また奢ってくれたらいいから」と軽くあしらった。
「今度シェイク奢ってもそれ僕が奢ったことにならないんだけどなあ」
「いいんだよそんな細かいこと気にしなくて。明希君にはもう一つやってもらわないといけないから」
「もう一つ?帰りの自転車漕ぐ以外で?」
「うん」
そんな意味深発言が宙ぶらりんのまま、僕たちは帰路に着いた。帰りの道のりはやはり行きよりも過酷だった。諦めて歩くにしては傾斜が緩いし、かと言って座って漕ぎ続けるには地味にキツい。スーパーを出る前に飲料の一つでも買えばよかったと、後々になって後悔した。マックへ寄ろうにも、そこへ着く頃には登り坂はほぼ終わってるわけだし。これがまた、後ろが男であれば何の気遣いも無用なんだけど、麻美ちゃん相手に疲れている姿を見せるのはプライドが許さなかった。プライドと言うより、見栄と言った方が適切かもしれない。
工業団地を通過する頃には、蓄積した疲労と、その疲労を吹き飛ばす下り坂の爽快感も相まって彼女の言葉を忘れていた。僕はいつも通りあの場所(公民館の坂を下りきったところ)まで彼女を送ろうとしていたが、彼女は僕の家の近くまで来ると「今日はここでいいよ」と言って制止を促し、そして荷台から降りた。
「いいの?ここで」
「うん。それより、さっき言ってたこと」
彼女は前カゴからカバンを取り出すと、手にしていた半透明の袋を僕の目の前に差し出した。中には、さっき買った水着が入っている。
「水着……が、どうかしたの?」
「これは明希君が預かってて」
ポカンとする僕をよそに、彼女は空いた前カゴにその袋をすっと入れた。
「預かっててと言われても……プール、明後日だよ?」
「うん。だから、明後日忘れずに持ってきてね」
僕の頭には、いくつものハテナが浮かんだ。一体それがどういう意図なのか、まったく見当がつかない。でも、別に断るほどのことでもないし、僕はよく分からないまま「はい」と間の抜けた返事を返した。
「タグは取ってもらってるし、そのまま持ってきてくれたらいいから」
「わ、分かった」
「あ、一応言っておくけど、それでヘンなことしないでね」
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