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第5章 泳ぐ
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結局、あれから特に麻美ちゃんと話すこともなく、土曜日を迎えた。何故水着を僕に預けたのか、それはやっぱり分からない。でも、おかげで僕は家で過ごしたこの二日間、幾度となく口にはできない欲望と闘った。別れ際に放たれた「それでヘンなことしないでね」というあの一言。あの時は本気で『するわけないだろ』と言い返したつもりなのに、家に帰るなりそれが呪文のようにまとわりついた。まあ、明らかな潔白を証明するには“そのまま”で渡す以外にないわけで、それがどうにか心のブレーキとして作用してくれた。つまり、結果的に僕はへんなことどころか中身すら見ていない。
栞ちゃんの言っていた通り、天気は快晴。まだ八時過ぎだというのに、駅まで自転車を漕ぐだけで背中には汗が滲んだ。それでも、僕はこの汗が今日ばかりは愛おしく思えた。この暑さのおかげで、僕らは九月の中旬になってもプールに入れるのだから。
「お、来た来た。ライン返ってこねえから心配したぞ」
駅のホームには既に浩大が待ち構えていた。間に合うどころか一番乗りなんて、らしくない。
「今日は悪天候を覚悟した方が良さそうだな」
「なに言ってんだお前?にしても、楽しみだなあ~女子の水着。こんなにワキワキするの久々だぜ。今日は極力“分かれる”流れにするから、お前も頑張れよ」
「頑張れと言われてもなあ」
「勝負は昼までだぞ。昼過ぎたら多分人多すぎて泳ぐどころじゃないからな。ここぞとばかりに女子に触ろうとするヤカラが増えるし。けしからんぜまったく!『あ、今の不可抗力です~』感出しやがって」
「それ、お前の経験談じゃなくて?」
「……あ、お二人さんおはよう!」
なんか変な間があったのはさておき、カンカンと鳴り始めた踏切に合わせるように、改札から女子二人も姿を現した。先週と比べるとかなりラフな服装で、二人揃ってワンピース。栞ちゃんはゆるっとしたドット柄で、麻美ちゃんは黒色のそれに白色のシアーシャツを羽織っている。
「いかにも『これから泳ぎます』って感じだね」
栞ちゃんは肩にかけていたトートバッグを両手で持ち直し、ニコッと笑った。
「やっぱり海パンなの分かる?」
「んー、まあ何となく?明希くんのは黒だからまだ私服っぽいけど、田中くんのはサーファーっぽい」
「まあ、こう見えて“波乗り浩大”って呼ばれてるからな」
「そんなの僕初耳だぞ」
電車が到着し、浩大、栞ちゃんと電車に乗り込んでいく。別に『隙をつく』ってほどでもないけど、続く麻美ちゃんの後ろから僕は、そっと彼女の指に例の袋をかけた。
「ありがと」
気づいた彼女はそう口だけを動かし、横目で僕にウィンクして、何事も無かったかのように栞ちゃんの隣に座る。
——女子にウィンクなんてされたの、初めてかもしれない。
やっぱり『可愛い』は罪だよ。そう言いたくなった。そして、僕らだけが知る小さな秘密の温度が、胸の奥にじんわりと広がった。
前回の遊園地とは違い、今回は移動がかなり楽だ。目的地までは電車で一本。最寄駅からは無料のシャトルバスが出ているし、歩いてもせいぜい十分。田舎のワンマン電車だから地味に一時間近く揺られることにはなるけれど、海パン姿で恥ずかしくなることもない。
「この辺も随分変わっちまったよなあ。昔は見渡す限り田んぼだったのによ」
隣町に入り列車交換の為しばらく停車していると、浩大がふけるように呟いた。まあ、この電車はどんどん都心部に近づいているわけで、僕らの町がベッドタウンである以上この地域も土地開発は進むはずだ。何より、僕らお馴染みの“イオン”がすぐ近くにあるのだから、うちなんかより利便性が高いのは間違いない。
「でも、反対側はずっと変わらないね」
「向こう側は池が邪魔してるからな」
「ふふっ。言い方~」
栞ちゃんがゆるっとした口調でつっこむ。確かに池がデカデカと広がっているのはその通り。でもあそこ一帯は正式には『公園』で、一応この辺の観光スポットだ。春は桜が綺麗だし、それこそ夏は花火大会も開かれる。今年は台風のせいで中止になったと聞いたけれど——。
「そういえば、先月中止になった花火大会、再来週にやるらしいね」
「え、そうなの?」
「あ、それ俺もスマニューか何かで見たぜ。まだまだ夏は終わらねえな」
あまりにもタイムリーな話題で、僕は純粋に驚いた。再来週ともなれば、暦の上ではもう秋。でもそんなことはどうでもいい。浩大の言う通り、気分はまだ夏でいられるようだ。そして、このタイミングでの花火大会……可能性はある。
「立石さんは、この辺来たことはあるの?」
ひとり黙ってその公園の方を眺める麻美ちゃんに、浩大は尋ねた。
「んー……昔一回だけ、お母さんと来たかも」
お母さん——そのワードが彼女の口から出た瞬間、僕は背筋に走るものを感じた。
「お母さんと?何しに?」
「確か、バラを見に来たかな」
「バラか!中々オシャレだなあ」
声のトーンからも、明らかに浩大はまだあの事実を知らない。このままだと、何やら地雷を踏みそうな気がする。僕は咄嗟に、でも出来るだけ自然に話を逸らした。
栞ちゃんの言っていた通り、天気は快晴。まだ八時過ぎだというのに、駅まで自転車を漕ぐだけで背中には汗が滲んだ。それでも、僕はこの汗が今日ばかりは愛おしく思えた。この暑さのおかげで、僕らは九月の中旬になってもプールに入れるのだから。
「お、来た来た。ライン返ってこねえから心配したぞ」
駅のホームには既に浩大が待ち構えていた。間に合うどころか一番乗りなんて、らしくない。
「今日は悪天候を覚悟した方が良さそうだな」
「なに言ってんだお前?にしても、楽しみだなあ~女子の水着。こんなにワキワキするの久々だぜ。今日は極力“分かれる”流れにするから、お前も頑張れよ」
「頑張れと言われてもなあ」
「勝負は昼までだぞ。昼過ぎたら多分人多すぎて泳ぐどころじゃないからな。ここぞとばかりに女子に触ろうとするヤカラが増えるし。けしからんぜまったく!『あ、今の不可抗力です~』感出しやがって」
「それ、お前の経験談じゃなくて?」
「……あ、お二人さんおはよう!」
なんか変な間があったのはさておき、カンカンと鳴り始めた踏切に合わせるように、改札から女子二人も姿を現した。先週と比べるとかなりラフな服装で、二人揃ってワンピース。栞ちゃんはゆるっとしたドット柄で、麻美ちゃんは黒色のそれに白色のシアーシャツを羽織っている。
「いかにも『これから泳ぎます』って感じだね」
栞ちゃんは肩にかけていたトートバッグを両手で持ち直し、ニコッと笑った。
「やっぱり海パンなの分かる?」
「んー、まあ何となく?明希くんのは黒だからまだ私服っぽいけど、田中くんのはサーファーっぽい」
「まあ、こう見えて“波乗り浩大”って呼ばれてるからな」
「そんなの僕初耳だぞ」
電車が到着し、浩大、栞ちゃんと電車に乗り込んでいく。別に『隙をつく』ってほどでもないけど、続く麻美ちゃんの後ろから僕は、そっと彼女の指に例の袋をかけた。
「ありがと」
気づいた彼女はそう口だけを動かし、横目で僕にウィンクして、何事も無かったかのように栞ちゃんの隣に座る。
——女子にウィンクなんてされたの、初めてかもしれない。
やっぱり『可愛い』は罪だよ。そう言いたくなった。そして、僕らだけが知る小さな秘密の温度が、胸の奥にじんわりと広がった。
前回の遊園地とは違い、今回は移動がかなり楽だ。目的地までは電車で一本。最寄駅からは無料のシャトルバスが出ているし、歩いてもせいぜい十分。田舎のワンマン電車だから地味に一時間近く揺られることにはなるけれど、海パン姿で恥ずかしくなることもない。
「この辺も随分変わっちまったよなあ。昔は見渡す限り田んぼだったのによ」
隣町に入り列車交換の為しばらく停車していると、浩大がふけるように呟いた。まあ、この電車はどんどん都心部に近づいているわけで、僕らの町がベッドタウンである以上この地域も土地開発は進むはずだ。何より、僕らお馴染みの“イオン”がすぐ近くにあるのだから、うちなんかより利便性が高いのは間違いない。
「でも、反対側はずっと変わらないね」
「向こう側は池が邪魔してるからな」
「ふふっ。言い方~」
栞ちゃんがゆるっとした口調でつっこむ。確かに池がデカデカと広がっているのはその通り。でもあそこ一帯は正式には『公園』で、一応この辺の観光スポットだ。春は桜が綺麗だし、それこそ夏は花火大会も開かれる。今年は台風のせいで中止になったと聞いたけれど——。
「そういえば、先月中止になった花火大会、再来週にやるらしいね」
「え、そうなの?」
「あ、それ俺もスマニューか何かで見たぜ。まだまだ夏は終わらねえな」
あまりにもタイムリーな話題で、僕は純粋に驚いた。再来週ともなれば、暦の上ではもう秋。でもそんなことはどうでもいい。浩大の言う通り、気分はまだ夏でいられるようだ。そして、このタイミングでの花火大会……可能性はある。
「立石さんは、この辺来たことはあるの?」
ひとり黙ってその公園の方を眺める麻美ちゃんに、浩大は尋ねた。
「んー……昔一回だけ、お母さんと来たかも」
お母さん——そのワードが彼女の口から出た瞬間、僕は背筋に走るものを感じた。
「お母さんと?何しに?」
「確か、バラを見に来たかな」
「バラか!中々オシャレだなあ」
声のトーンからも、明らかに浩大はまだあの事実を知らない。このままだと、何やら地雷を踏みそうな気がする。僕は咄嗟に、でも出来るだけ自然に話を逸らした。
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