黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実

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第5章 泳ぐ

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「結構長いこと入ってたね」

 一度トイレに行ってから休憩所に戻ってきた彼女が、スマホの画面を見ながらつぶやく。

「今、何時?」

「十一時二十分。もうご飯時だよ」

「確かに……それにしても二人、戻ってこないなあ」

「アレ結構待たされるから、まだ並んでるのかも。先に何か食べる?」

「んー、そうだね」

 僕は立ち上がってロッカーの方へ向かおうとした。もちろん、財布を取りに行くためだ。けれど彼女が後ろから、「明希くん、そっちは飲み物とかかき氷しかないよ」と言いながら、別の方向を指さす。

「あーいや。見ての通り、僕お金持ってきてないからさ」

「私持ってるから、大丈夫だよ」

 彼女は首から提げていた防水ケースをくるりと裏返して、中のお札を僕に見せてくる。僕もそれはプールの中で気づいてはいた。でも——

「いや、さすがに出してもらうの悪いし……」

「いいんだって。先週奢ってもらってるし。ね、いこ?」

 その「いこ」という一言が、やけに甘く耳に残った。そこまで押されて断れるはずもない。


 メインの飲食スペースには、すでにかなりの人だかりができていた。メニューは……まあ、どれも定番といったところ。残念ながら、激辛ラーメンなんてものはない。

「んー、どうしようかなぁ。ラーメンは先週食べたし……明希くんどれにする?」

「僕は……わかめうどんにしようかな」

「え、絶対足りないでしょ。……あ、気遣って一番安いやつにしたのか」

 思わず「えッ」と声が漏れた。麻美ちゃんもそうだけど、総じて女子の洞察力はおかしいと思う。見渡した中でわかめうどんが一番安くて、僕は迷いなくそれを頼もうとした。なんでそれが、ものの数秒でバレてしまうのか。とはいえ、はいそうです、なんて素直には言えない。

「でも、わかめうどん好きだよ」

 一応本当のことを言ってみると、彼女は呆れたように笑って、

「じゃあせめて、肉わかめうどんにしなさい」

 と、返してきた。そのどことなく先輩口調の彼女に押され、結局僕はその通りにした。

 近くに用意されたテーブル席は全て埋まっていたために、僕はギリギリ空いていた木陰下のベンチに座った。片側はカップルが座っていたせいで若干気まづさはあるものの、他が空いてないんだから仕方がない。

「たこ焼きも買ったから、これはシェアしようね」

 少し遅れて来た彼女が間にそれを置こうとして、でもスペースがなくて、もう一度自分のトレイに置き直す。はにかむ姿が、ただただ可愛い。追加でたこ焼きを買ったのも、おそらく僕の胃袋を気遣ってくれたのだろう。

 僕がトレイを膝に乗せると、彼女はスマホを取り出し、カレーとたこ焼きを撮りはじめた。それを横目で見ながら、僕はふと浩大の言葉を思い出す。確かに——今になってすごく勿体ないことをしている気がした。こんな貴重な時間を、自分の手では何ひとつ切り取れないなんて。

「はい、こっち向いて」

 そう思っていた矢先、彼女が僕の肩をたたく。その方へ顔を向けると、伸びた腕の先に僕と彼女が写っていた。同時に、カシャッというシャッター音が響く。

「せっかくだから、ね」

 彼女が振り返り、ニコッと笑う。そして耳元に顔を近づけて、囁いた。

「明希くんにも送るから。あとでライン教えて」

 僕は、不意に裏返りそうな声を抑えて「うん」と呟いた。


 うどんは、サービスエリアとかで食べる、まあ普通のうどんだった。たこ焼きは意外と本格的で、彼女も驚いていた。でも、僕は味云々はどうでもよくて、緊張のあまりうどんをひっくり返さないか、たこ焼きを落とさないか、そんな心配ばかりしていた。結果、味わうということをすっかり忘れ、ゆっくり食べる彼女とは対照的に爆速で食べ終わってしまった。

「連絡は……きてない、と。二人もう戻ってるかな?」

 カレーを食べながら、彼女が僕に問いかける。休憩場所は割と近くだけれど、ここからじゃ目視はできない。

「見てこよっか?」

 彼女は「おねがい」と微笑んだ。行って帰ってきた頃には、ちょうど食べ終わっているだろう。そう思って、僕はこの場を一度離れた。

 ——だけど、これは失敗だった。

 
 休憩場所の近くまで戻っても、あの二人の姿はどこにも見当たらなかった。周囲を見渡しても、それらしい人影はない。
 ふと入口付近の売店ものぞいてみようかと思ったけれど、彼女を長く待たせるわけにもいかないし、なにより今の僕には連絡手段がない。これ以上の単独行動はよくない——そう判断して引き返した。

 そして、彼女の姿が視界に入ったとき、すぐに違和感を覚えた。

 先ほどまで隣に座っていたカップルが、別の二人組に変わっている。それ自体は別に構わない。けれど、その二人の男が、明らかに彼女に話しかけていた。顔を彼女の方へ向け、距離も妙に近い。

 僕は慌てて駆け戻った。彼女は明らかに困惑していて、逆にその男二人はニヤニヤと笑っている。見たところ、たぶん高校生。そのうちの一人、彼女の隣に座る男が僕に気づき、不機嫌そうに言った。

「え、なに?」

「な、なに……?」

 ……なに、っていうのはこっちの台詞だ。どこの誰かは知らないが、こんな場所で話しかけてくる時点で、大体目的は決まっている。
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