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第5章 泳ぐ
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「……一応言っとくけど、お前こそそんな期待してたらバチ当たるからな?」
「わぁってるよ。デート前に今日ので一発……あ、いやなんでもねえ。とにかく大丈夫だ!」
何やら歯痒い仕草を見せながら、でも結局それを僕に打ち明けることはなかった。それなりの付き合いだから、表情で“嬉しいこと”だとは推測できる。でも、それを深掘りするほどの元気はもうない。
泳いだのが……体だけじゃないから。
浩大と別れ、スマホを確認する。通知は無い。何かを期待したけれど、まあそんなもんだろう。僕は自転車にまたがり、バッグを前カゴに入れ、ふと目に入った飲みかけのペットボトルを手に取る。ゴミが増えるし、飲み干して帰ろう——そう思った。
「ん?なんだこれ?」
持ち上げたペットボトルに、何かくっついている。水滴によりピタッと張り付いた、レシートだ。フライドポテト、ソフトクリーム、トロピカルジュース……僕らが食べたものではない。
「アイツ……人のバッグをゴミ箱代わりにしやがって」
きっと僕が気絶している車内でこっそり入れたのだろう。姑息な手を使いやがる。
そのまま捨てるわけにもいかず、それをペラっと外し、くしゃくしゃに丸めようとした。その一瞬、またしても違和感を覚えた。真っ白なはずの裏側に、線らしきものが見えた気がする。
その線の正体——それを見て思わずハッとした。
【生徒会室裏で待ってて】
それは、黒のボールペンで書かれた、僕に向けての短いメッセージだった。
「あ、よかった。気づいてくれたんだね」
「……まあ、たまたま」
最後に見た時と、同じ服装。でも今回は、ちゃんと入った形跡がある。明らかに水分を含んだ髪の毛と、少し火照った頬。そして、フワッと香る石鹸の匂い。
「栞ちゃんは、どうしたの?」
「お風呂上がってさよならしたよ。今日は歩いて帰るって伝えてたから」
「そうなんだ……」
僕の真似をするように、彼女は僕の真横に来て、壁に寄りかかった。
「ここ、良い感じに誰にもバレないね。防犯カメラとかもないし」
「まあ、そうだね」
「だから、こっそり入れちゃうわけだ」
「……翔一に聞いたの?」
「うん。ねえ、明希君」
彼女は、何やら改まって僕の方を向く。
「な、なに?」
「私がしようとしてたお願い、気にならない?」
その声は、形容のし難い、官能的な響きを帯びていた。今更になって突然そんなことを、このタイミングで言われたら、そりゃあ気になる。
「お化け屋敷での、話?」
「そうだよ」
彼女の顔が、僕の肩にピタッと触れる。
「気に、なる……かな」
そう答えると、彼女はなぜか、しばらく黙ったまま僕を見た。目を逸らして、たまたま視界に入った唇が、異様な色気を帯びている。そしてその色気が、突如として僕を襲う。
「学校でイケナイことしたいなって」
「えっ——」
「ふふっ。なーんてね」
雰囲気に呑まれ、情けなくも僕は一瞬本気にしてしまった。彼女はニヤッと笑って、あの小悪魔な笑顔を見せる。途端に、二本足だけでは地面に崩れ落ちそうになるほど、脱力した。壁に寄りかかっていて正解だった。
「でも、イケナイことではあるよ。夜の屋上に行ってみたかったんだ。明希君ならこっそり鍵を拝借できるかなと思ったんだけど」
「それは……どうだろう。考えたこともなかった」
「まあ今回は私の負けだし、いいの。それより、明希君の“お願い”は決まったの?」
「あ、いや……まだ」
「まったく。なんでも良いけど、長くは待たないよ?遅くても、私が卒業するまでだから」
触れていた肩が離れ、そして間合いを詰めるように、視界が彼女で満たされる。
「わ、わかりました」
「よろしい。じゃあ、本題ね」
彼女がバッグから、何やら取り出す。今までの話は余談だったのか、と思ったのも束の間。ガサガサという音と共に、ほんのりとプールの余韻が漂う。
僕は動揺した。目の前に現れたその袋は、今朝まで僕が持っていたものだ。
「これは、明希君が持ってて」
そう言って、袋の持ち手を僕の指にかけた。
「なッ、なんで?これ中身……水着だよね?」
彼女は「そうだよ?」とさも当たり前のように答える。いや、考えてもわからない。これが本題?そもそも、なぜ僕に?
「“持ってて”っていうのは、保管しておいてって意味?」
「うん」
「来年着るの?」
「着ないよ」
「着ないの!?じゃあなんで——」
彼女は、僕から言葉を摘むように、僕の唇に人差し指をのせた。
「忘れたの?明希君は、死ぬまで私のことを想ってなきゃいけないんだよ」
その目は、あの日見たあの時の目と同じだった。
そして同時に、あの時の光景を、やり取りを、僕は思い出した。
「代償……?」
「そう。これも代償なの」
ゆっくりと、人差し指が離れる。
「まあ、一生私のことを忘れない自信があるなら、別に捨てても良いけど。でも、明希君はそんなこと多分できない。優しいから」
それに、と続けてニコッと笑う。
「明希君は、純粋無垢なド変態だし」
この場所は、窓から風が入ってくるわけでも、陽が差し込むわけでもない。ただそれでも、彼女のその笑顔は、あの日の教室で見せたそれと同じだった。言葉と表情がちぐはぐで、でもどこか真っ直ぐな、そんな青々しい笑顔だ。
「あ、一応洗って乾かしておいたから安心して。さすがに家では干せないだろうから」
「そ、それはどうも……?」
「じゃあ私行くね。また明後日」
「あっ、え?自転車乗らないの?」
「いいの。今日は歩いて帰るから」
彼女は軽く手を振り、小走りで校舎裏を離れていった。僕はその後ろ姿を、静かに目で追い続けた。そして、姿が視界から消えかけた、その時。
「あ!明希君!」
思い出したように振り返り、周囲をさっと確認してから、声を張る。
「もう、その水着でヘンなことしてもいいからね!」
「だッ、だからしないってば!」
彼女は、いたずらを仕掛けた子どものように歯を見せて笑った。その無邪気な笑顔が、しっかりと僕の目の裏に焼きつく。
カメラなんていらない。きっとこれは、肉眼でしか残せない瞬間なんだと——そう思った。
「わぁってるよ。デート前に今日ので一発……あ、いやなんでもねえ。とにかく大丈夫だ!」
何やら歯痒い仕草を見せながら、でも結局それを僕に打ち明けることはなかった。それなりの付き合いだから、表情で“嬉しいこと”だとは推測できる。でも、それを深掘りするほどの元気はもうない。
泳いだのが……体だけじゃないから。
浩大と別れ、スマホを確認する。通知は無い。何かを期待したけれど、まあそんなもんだろう。僕は自転車にまたがり、バッグを前カゴに入れ、ふと目に入った飲みかけのペットボトルを手に取る。ゴミが増えるし、飲み干して帰ろう——そう思った。
「ん?なんだこれ?」
持ち上げたペットボトルに、何かくっついている。水滴によりピタッと張り付いた、レシートだ。フライドポテト、ソフトクリーム、トロピカルジュース……僕らが食べたものではない。
「アイツ……人のバッグをゴミ箱代わりにしやがって」
きっと僕が気絶している車内でこっそり入れたのだろう。姑息な手を使いやがる。
そのまま捨てるわけにもいかず、それをペラっと外し、くしゃくしゃに丸めようとした。その一瞬、またしても違和感を覚えた。真っ白なはずの裏側に、線らしきものが見えた気がする。
その線の正体——それを見て思わずハッとした。
【生徒会室裏で待ってて】
それは、黒のボールペンで書かれた、僕に向けての短いメッセージだった。
「あ、よかった。気づいてくれたんだね」
「……まあ、たまたま」
最後に見た時と、同じ服装。でも今回は、ちゃんと入った形跡がある。明らかに水分を含んだ髪の毛と、少し火照った頬。そして、フワッと香る石鹸の匂い。
「栞ちゃんは、どうしたの?」
「お風呂上がってさよならしたよ。今日は歩いて帰るって伝えてたから」
「そうなんだ……」
僕の真似をするように、彼女は僕の真横に来て、壁に寄りかかった。
「ここ、良い感じに誰にもバレないね。防犯カメラとかもないし」
「まあ、そうだね」
「だから、こっそり入れちゃうわけだ」
「……翔一に聞いたの?」
「うん。ねえ、明希君」
彼女は、何やら改まって僕の方を向く。
「な、なに?」
「私がしようとしてたお願い、気にならない?」
その声は、形容のし難い、官能的な響きを帯びていた。今更になって突然そんなことを、このタイミングで言われたら、そりゃあ気になる。
「お化け屋敷での、話?」
「そうだよ」
彼女の顔が、僕の肩にピタッと触れる。
「気に、なる……かな」
そう答えると、彼女はなぜか、しばらく黙ったまま僕を見た。目を逸らして、たまたま視界に入った唇が、異様な色気を帯びている。そしてその色気が、突如として僕を襲う。
「学校でイケナイことしたいなって」
「えっ——」
「ふふっ。なーんてね」
雰囲気に呑まれ、情けなくも僕は一瞬本気にしてしまった。彼女はニヤッと笑って、あの小悪魔な笑顔を見せる。途端に、二本足だけでは地面に崩れ落ちそうになるほど、脱力した。壁に寄りかかっていて正解だった。
「でも、イケナイことではあるよ。夜の屋上に行ってみたかったんだ。明希君ならこっそり鍵を拝借できるかなと思ったんだけど」
「それは……どうだろう。考えたこともなかった」
「まあ今回は私の負けだし、いいの。それより、明希君の“お願い”は決まったの?」
「あ、いや……まだ」
「まったく。なんでも良いけど、長くは待たないよ?遅くても、私が卒業するまでだから」
触れていた肩が離れ、そして間合いを詰めるように、視界が彼女で満たされる。
「わ、わかりました」
「よろしい。じゃあ、本題ね」
彼女がバッグから、何やら取り出す。今までの話は余談だったのか、と思ったのも束の間。ガサガサという音と共に、ほんのりとプールの余韻が漂う。
僕は動揺した。目の前に現れたその袋は、今朝まで僕が持っていたものだ。
「これは、明希君が持ってて」
そう言って、袋の持ち手を僕の指にかけた。
「なッ、なんで?これ中身……水着だよね?」
彼女は「そうだよ?」とさも当たり前のように答える。いや、考えてもわからない。これが本題?そもそも、なぜ僕に?
「“持ってて”っていうのは、保管しておいてって意味?」
「うん」
「来年着るの?」
「着ないよ」
「着ないの!?じゃあなんで——」
彼女は、僕から言葉を摘むように、僕の唇に人差し指をのせた。
「忘れたの?明希君は、死ぬまで私のことを想ってなきゃいけないんだよ」
その目は、あの日見たあの時の目と同じだった。
そして同時に、あの時の光景を、やり取りを、僕は思い出した。
「代償……?」
「そう。これも代償なの」
ゆっくりと、人差し指が離れる。
「まあ、一生私のことを忘れない自信があるなら、別に捨てても良いけど。でも、明希君はそんなこと多分できない。優しいから」
それに、と続けてニコッと笑う。
「明希君は、純粋無垢なド変態だし」
この場所は、窓から風が入ってくるわけでも、陽が差し込むわけでもない。ただそれでも、彼女のその笑顔は、あの日の教室で見せたそれと同じだった。言葉と表情がちぐはぐで、でもどこか真っ直ぐな、そんな青々しい笑顔だ。
「あ、一応洗って乾かしておいたから安心して。さすがに家では干せないだろうから」
「そ、それはどうも……?」
「じゃあ私行くね。また明後日」
「あっ、え?自転車乗らないの?」
「いいの。今日は歩いて帰るから」
彼女は軽く手を振り、小走りで校舎裏を離れていった。僕はその後ろ姿を、静かに目で追い続けた。そして、姿が視界から消えかけた、その時。
「あ!明希君!」
思い出したように振り返り、周囲をさっと確認してから、声を張る。
「もう、その水着でヘンなことしてもいいからね!」
「だッ、だからしないってば!」
彼女は、いたずらを仕掛けた子どものように歯を見せて笑った。その無邪気な笑顔が、しっかりと僕の目の裏に焼きつく。
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