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第6章 前夜
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でも、それは僕が想定し得る誰でもなかった。そして同時に、違う方向での緊張が僕の中に走った。
麻美ちゃんよりも小柄で細身、ショートボブの髪の毛、そして……華奢な見た目にはそぐわない気の強そうな瞳。
「三角さん……!?」
翔一も珍しく驚いた。ここに入り浸るようになってもうすぐ一年。それでも、三角さんが顔を出すなんて初めてだ。
「委員長、ちょっといい?」
彼女は中に入ってくることもなく、廊下からかしこまった様子で僕を呼ぶ。もちろん、僕には呼ばれる心当たりは一切ない。自然と僕らは顔を見合わせた。『よくわからんけど行ってこいよ』と言いたげな翔一の表情。僕は無言で頷いて廊下に出た。
「な、なんでしょうか……?」
「できれば、誰にも話聞かれないところがいいんだけど」
そんなことを言われると、いよいよ変に緊張する。そんな重大な話が、なんでまた僕に。
「じゃ、じゃあ……パソコン室は?」
「わかった」
僕は一度職員室に鍵を取りに行って、パソコン室の前でまた彼女と合流した。
ここに来るのは、二学期になって初めてだ。廊下に面した扉を開け、上靴を脱いで上がって、もう一つの扉を開ける。青色のタイルカーペットはまだ真新しく、座って話すにも寝転んで仮眠を取るにも都合がいい。本当に密談したい時は、奥の物置部屋に入れば間違いないけれど、さすがにそこまでする必要はないだろう。それにしても、わざわざここまで来て話したいこととは……。
「それで、話って?」
「うん。……委員長さ、栞のこと、好きなの?」
「……えっ!?」
あまりにもド直球な質問——。真っ直ぐな目と、力強い口調が、余計僕を狼狽させる。
「いや、急に……なんで?」
「先週、プール行ったんだよね?」
「いや、まあ」
「先々週は、遊園地にも行ったんでしょ?」
「まあ……そうだね」
「栞に彼氏いるの、知ってるよね?」
「……一応。でも、そもそもあれは浩大のデートに付き合ったというか——」
「じゃあ別に好きじゃないってことでいいの?」
まるで、尋問だ。曖昧な答えは要らない、「はい」か「いいえ」で答えろ。そんな雰囲気を彼女から感じる。そして不思議なことに、そのどちらで答えても良くない気がした。恥ずかしいとか、そんな感情を表に出せる感じですらない。だから僕は、必死に言葉を探した。
「……どっちかと言われたら、そりゃ好きだよ。でも、栞ちゃんには彼氏がいるし、彼氏がいる子を、僕は本気で好きになることはない。と思う」
これ以外に、最善な返しは思いつかなかった。正直、僕はあの先輩のことを“クソ野郎”だと思っている。でも、付き合うきっかけを作ったのは目の前の彼女なわけで、彼女があの先輩をどう思っているのかは分からない。だから、結局のところ今その二択では答えられない。
言い終えて恐る恐る視線を上げると、真剣だった彼女の表情は、どこか穏やかな雰囲気に変わっていた。そして、一度大きく「ふう」とため息をつき、「そっか。なら安心した」と一言。どういう意味での『安心』なのか、僕にはまだ分からない。
「どういうこと……?」
ドッと疲れた僕は、適当な椅子を引っ張り出してとりあえず座った。彼女も同様に、向かい合うようにして椅子に座る。
「栞の彼氏は、知ってると思うけど水泳部の先輩でさ。で、付き合うことになったのも、正直私のせいなのね。栞は断ってたのに、私が変に背中を押したから」
「……そうなんだ」
遊園地でさらっとは聞いたけど、どうやら彼女の言っていたことは本当らしい。
「でも、ずっと仲良さそうだったし、私も良かったと思ってたんだ。あの日までは」
「あの日?」
三角さんの手が、無意識にスカートの端を握りしめる。
「夏休み中に、東区で花火大会あったでしょ?あれ、栞と二人で行ったの」
「あ、え?そうなの!?」
あの花火大会の話題は、確か遊園地行きの電車で浩大が触れたけど……彼女は何も言ってなかった。というより、黙っていた——。
「そしたらさ、居たんだ。先輩が。私らの知らない女子と」
「……は?浮気ってこと?」
「わからない。でも見つけた時、栞は泣くでもなく怒るでもなく、ただ無表情だった。今思えばおかしいんだよね。『たまにはいいでしょ』って誘われたけど、普通は彼氏と行くじゃない?しかも、帰りの電車でも、次の日ラインしても、何故か『気にしないで』の一点張り」
彼氏の態度が少し変わったとは言っていた。けれど、そんな話は一切してなかった、はず。
「……で、最近委員長たちが栞と遊んでるって噂で聞いて察したの。栞は、私に気を遣ってあえて何も話してくれないんだなって」
「気を遣う?」
「そう。栞は……他人に優しすぎるの。仮に浮気だとしても私には言わないだろうし、それで自分から別れるってことはしない気がする。だって、原因作ってるの私だから。それで別れたら、悪いのは私でしょ?当然、私自身今となっては『悪いことしたな』って思ってる。でも、私が罪悪感を持つことさえ、栞は嫌なの。そのくらい、優しすぎるんだよ」
彼女の言葉には、後悔の色が滲み出ていた。そこまで聞いてしまっては、もはや『この子のせいで』なんて……思えない。二人の関係は、仲が良いからこそ繊細なんだろう。僕と浩大なんかとは、また違う。
「だからね。今栞がどんな心境かわからないけど、もし委員長と良い感じなら、私はそれでいいと思う。たぶんどっちであれ、もう私に相談なんかしてこない。何かあっても、誰にも言ってなければ全部自分の責任になるから。……だからこそ、委員長にこれだけは言っておきたかったの」
彼女は、ゆっくりと立ち上がって、真っ直ぐ僕の目を見る。
「好きなら、私は応援する。でも、絶対に栞を傷つけないでね」
それは、切実な願いのようで、でもある意味僕に対する警告にも感じられた。
麻美ちゃんよりも小柄で細身、ショートボブの髪の毛、そして……華奢な見た目にはそぐわない気の強そうな瞳。
「三角さん……!?」
翔一も珍しく驚いた。ここに入り浸るようになってもうすぐ一年。それでも、三角さんが顔を出すなんて初めてだ。
「委員長、ちょっといい?」
彼女は中に入ってくることもなく、廊下からかしこまった様子で僕を呼ぶ。もちろん、僕には呼ばれる心当たりは一切ない。自然と僕らは顔を見合わせた。『よくわからんけど行ってこいよ』と言いたげな翔一の表情。僕は無言で頷いて廊下に出た。
「な、なんでしょうか……?」
「できれば、誰にも話聞かれないところがいいんだけど」
そんなことを言われると、いよいよ変に緊張する。そんな重大な話が、なんでまた僕に。
「じゃ、じゃあ……パソコン室は?」
「わかった」
僕は一度職員室に鍵を取りに行って、パソコン室の前でまた彼女と合流した。
ここに来るのは、二学期になって初めてだ。廊下に面した扉を開け、上靴を脱いで上がって、もう一つの扉を開ける。青色のタイルカーペットはまだ真新しく、座って話すにも寝転んで仮眠を取るにも都合がいい。本当に密談したい時は、奥の物置部屋に入れば間違いないけれど、さすがにそこまでする必要はないだろう。それにしても、わざわざここまで来て話したいこととは……。
「それで、話って?」
「うん。……委員長さ、栞のこと、好きなの?」
「……えっ!?」
あまりにもド直球な質問——。真っ直ぐな目と、力強い口調が、余計僕を狼狽させる。
「いや、急に……なんで?」
「先週、プール行ったんだよね?」
「いや、まあ」
「先々週は、遊園地にも行ったんでしょ?」
「まあ……そうだね」
「栞に彼氏いるの、知ってるよね?」
「……一応。でも、そもそもあれは浩大のデートに付き合ったというか——」
「じゃあ別に好きじゃないってことでいいの?」
まるで、尋問だ。曖昧な答えは要らない、「はい」か「いいえ」で答えろ。そんな雰囲気を彼女から感じる。そして不思議なことに、そのどちらで答えても良くない気がした。恥ずかしいとか、そんな感情を表に出せる感じですらない。だから僕は、必死に言葉を探した。
「……どっちかと言われたら、そりゃ好きだよ。でも、栞ちゃんには彼氏がいるし、彼氏がいる子を、僕は本気で好きになることはない。と思う」
これ以外に、最善な返しは思いつかなかった。正直、僕はあの先輩のことを“クソ野郎”だと思っている。でも、付き合うきっかけを作ったのは目の前の彼女なわけで、彼女があの先輩をどう思っているのかは分からない。だから、結局のところ今その二択では答えられない。
言い終えて恐る恐る視線を上げると、真剣だった彼女の表情は、どこか穏やかな雰囲気に変わっていた。そして、一度大きく「ふう」とため息をつき、「そっか。なら安心した」と一言。どういう意味での『安心』なのか、僕にはまだ分からない。
「どういうこと……?」
ドッと疲れた僕は、適当な椅子を引っ張り出してとりあえず座った。彼女も同様に、向かい合うようにして椅子に座る。
「栞の彼氏は、知ってると思うけど水泳部の先輩でさ。で、付き合うことになったのも、正直私のせいなのね。栞は断ってたのに、私が変に背中を押したから」
「……そうなんだ」
遊園地でさらっとは聞いたけど、どうやら彼女の言っていたことは本当らしい。
「でも、ずっと仲良さそうだったし、私も良かったと思ってたんだ。あの日までは」
「あの日?」
三角さんの手が、無意識にスカートの端を握りしめる。
「夏休み中に、東区で花火大会あったでしょ?あれ、栞と二人で行ったの」
「あ、え?そうなの!?」
あの花火大会の話題は、確か遊園地行きの電車で浩大が触れたけど……彼女は何も言ってなかった。というより、黙っていた——。
「そしたらさ、居たんだ。先輩が。私らの知らない女子と」
「……は?浮気ってこと?」
「わからない。でも見つけた時、栞は泣くでもなく怒るでもなく、ただ無表情だった。今思えばおかしいんだよね。『たまにはいいでしょ』って誘われたけど、普通は彼氏と行くじゃない?しかも、帰りの電車でも、次の日ラインしても、何故か『気にしないで』の一点張り」
彼氏の態度が少し変わったとは言っていた。けれど、そんな話は一切してなかった、はず。
「……で、最近委員長たちが栞と遊んでるって噂で聞いて察したの。栞は、私に気を遣ってあえて何も話してくれないんだなって」
「気を遣う?」
「そう。栞は……他人に優しすぎるの。仮に浮気だとしても私には言わないだろうし、それで自分から別れるってことはしない気がする。だって、原因作ってるの私だから。それで別れたら、悪いのは私でしょ?当然、私自身今となっては『悪いことしたな』って思ってる。でも、私が罪悪感を持つことさえ、栞は嫌なの。そのくらい、優しすぎるんだよ」
彼女の言葉には、後悔の色が滲み出ていた。そこまで聞いてしまっては、もはや『この子のせいで』なんて……思えない。二人の関係は、仲が良いからこそ繊細なんだろう。僕と浩大なんかとは、また違う。
「だからね。今栞がどんな心境かわからないけど、もし委員長と良い感じなら、私はそれでいいと思う。たぶんどっちであれ、もう私に相談なんかしてこない。何かあっても、誰にも言ってなければ全部自分の責任になるから。……だからこそ、委員長にこれだけは言っておきたかったの」
彼女は、ゆっくりと立ち上がって、真っ直ぐ僕の目を見る。
「好きなら、私は応援する。でも、絶対に栞を傷つけないでね」
それは、切実な願いのようで、でもある意味僕に対する警告にも感じられた。
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