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第6章 前夜
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いや、だから問題はそこじゃなくて……どうするんだ、この状況。あのラインの後で、返信もしてない上に面と向かって話もできない。ましてやスマホまで取られてしまっては、いよいよ心象が悪いままだ。どうせ夕方までは彼女もスマホを見れないわけだから、それまでにこの熱を下げれたら良いんだけど——。
でも、その僕の願望は思わぬ方向に進んだ。夕方までに治すどころか、翌日になっても下がらず、むしろ上がった。……おかしい。年に一度風邪を引くかどうかの僕が、一晩寝ても治らないなんて。何かバチが当たるようなことしたか?でも、これと言って特に思い当たる節はないし。
もしかすると、今回に限っては、本当に夏の疲れが出ただけかもしれない。良くも悪くも精神的な負荷は以前とまるで違ったわけで、この一旦落ち着いた期間で一気に表面化してしまった、そんなところだろうか。しかし、すぐそこまで迫っている“変化”を前にしてこの状況、かなり深刻だ。これでは、花火云々の前に僕が外に出られない可能性すらある。
僕は、さすがにその日の夕方、母さんに「一瞬だけでいいからスマホを返してくれ」と頼んだ。浩大のラインは放置でいいにせよ、せめて栞ちゃんには一言言っておきたい。母さんもそこまで鬼ではないから「十分だけね」と許可してくれた。
通知画面は、予想はしていたけれどやはり浩大のみ。僕が返信してないわけだから栞ちゃんから来てないのは当然としても、麻美ちゃんからの連絡も変わらず無いことに少しだけショックを受けてしまう。というか……ライン自体、かれこれ二週間近く来てない。
【ごめん。夏風邪にやられて、スマホ使えなかった】
【熱が下がるまで没収だから、たぶん明日まで使えません】
【スタンプ(謝罪)】
正直、別れたことについて訊きたいことは沢山ある。でも、さすがに十分では収拾がつかない。だから僕は、潔く最低限を伝えるに留めた。
その翌日、ようやく微熱と言えるところまでは下がった。冬用の布団を引っ張り出して汗をかきまくったのが効いたのか、平熱ではないだけでほぼいつも通りの体調。母さんも「大人しくしておくなら」と、家を出る前にスマホを返してくれた。
電源を入れ、恐る恐る画面を確認する。通知は……無い——。
瞬間的に、背筋に悪寒のようなものが走った。昨日のトーク画面を開いて見ると、僕のメッセージに既読はついている。でも、それだけ。これはもしかして、既読無視というやつ……?
そう理解した途端、一気に体の力が抜ける。やはり、『別れたよ』に対して反応しなかったのがマズかったか。多少なりとも、不快な思いをさせてしまったのは事実だろう。良くなったはずの体調が、みるみる悪くなっていく錯覚に陥る。これならむしろ、スマホを取り上げられたままの方が良かったかもしれない。返してもらっておきながら、僕はその画面を見る気力さえ失った。これはもう花火に誘うなんて言ってる場合じゃない。ただじっと天井を見上げ、後悔と、反省と、そしてどう謝るかだけを考えた。
気づいた時には、窓から入る日差しは白色から白橙色に変わっていた。そして、そのタイミングで、一階の玄関が開く音が聞こえた。どうやら母さんが帰ってきたらしい。もうそんな時間かと、僕は少しまた憂鬱になった。謝罪の時間が迫っているのに、結局「ごめん、返信できなくて」の一言しか思いつかない。
「明希ー、起きてるー?」
少しして、ドアの奥から母さんが「ダンダン」とドアを叩いてくる。
「なんでしょうか。めちゃくちゃうるさいんですけど」
僕がそう返すと、今の騒がしさが嘘のように、今度はゆっくりとドアを開ける。その隙間から、お盆を片手に母さんがヒョイっと顔を出した。
「アンタ、ちゃんと昼食べたの?」
「食べたよ。冷凍のうどん」
「あらそう。ちょうどプリン買ってきたから、食べなさい」
「そりゃどうも……って、いや二つも要らないけど?」
「一つはアンタの分じゃないよ」
「……はえ?」
その時、半開きだったドアが、何故かゆっくりと開く。僕は目を疑った。そして、反射的にベッドから飛び起きた。
「ナナナなんで!?え!?」
開けた部屋の外には、制服姿の栞ちゃんが立っていた。動揺する僕とは対照的で、「お邪魔します」とお淑やかに入ってくる。
「良かったね、美女がお見舞いに来てくれて。じゃあごゆっくり」
「いや、ちょっ、ええ……」
彼女は床に置かれた丸テーブルの前で正座し、出ていく母さんに会釈をする。そして、バタンとドアが閉まった途端に、部屋の中は静寂に包まれた。窓から入る風が僅かに空気の流れをつくり、無臭だったはずの空間に突如として華やかな香りが生まれる。
彼女は、ゆっくりと僕の方を向き、そしてパチパチとまぶたを動かした。その表情と仕草は、プールのベンチで見せた時のそれだった。
でも、その僕の願望は思わぬ方向に進んだ。夕方までに治すどころか、翌日になっても下がらず、むしろ上がった。……おかしい。年に一度風邪を引くかどうかの僕が、一晩寝ても治らないなんて。何かバチが当たるようなことしたか?でも、これと言って特に思い当たる節はないし。
もしかすると、今回に限っては、本当に夏の疲れが出ただけかもしれない。良くも悪くも精神的な負荷は以前とまるで違ったわけで、この一旦落ち着いた期間で一気に表面化してしまった、そんなところだろうか。しかし、すぐそこまで迫っている“変化”を前にしてこの状況、かなり深刻だ。これでは、花火云々の前に僕が外に出られない可能性すらある。
僕は、さすがにその日の夕方、母さんに「一瞬だけでいいからスマホを返してくれ」と頼んだ。浩大のラインは放置でいいにせよ、せめて栞ちゃんには一言言っておきたい。母さんもそこまで鬼ではないから「十分だけね」と許可してくれた。
通知画面は、予想はしていたけれどやはり浩大のみ。僕が返信してないわけだから栞ちゃんから来てないのは当然としても、麻美ちゃんからの連絡も変わらず無いことに少しだけショックを受けてしまう。というか……ライン自体、かれこれ二週間近く来てない。
【ごめん。夏風邪にやられて、スマホ使えなかった】
【熱が下がるまで没収だから、たぶん明日まで使えません】
【スタンプ(謝罪)】
正直、別れたことについて訊きたいことは沢山ある。でも、さすがに十分では収拾がつかない。だから僕は、潔く最低限を伝えるに留めた。
その翌日、ようやく微熱と言えるところまでは下がった。冬用の布団を引っ張り出して汗をかきまくったのが効いたのか、平熱ではないだけでほぼいつも通りの体調。母さんも「大人しくしておくなら」と、家を出る前にスマホを返してくれた。
電源を入れ、恐る恐る画面を確認する。通知は……無い——。
瞬間的に、背筋に悪寒のようなものが走った。昨日のトーク画面を開いて見ると、僕のメッセージに既読はついている。でも、それだけ。これはもしかして、既読無視というやつ……?
そう理解した途端、一気に体の力が抜ける。やはり、『別れたよ』に対して反応しなかったのがマズかったか。多少なりとも、不快な思いをさせてしまったのは事実だろう。良くなったはずの体調が、みるみる悪くなっていく錯覚に陥る。これならむしろ、スマホを取り上げられたままの方が良かったかもしれない。返してもらっておきながら、僕はその画面を見る気力さえ失った。これはもう花火に誘うなんて言ってる場合じゃない。ただじっと天井を見上げ、後悔と、反省と、そしてどう謝るかだけを考えた。
気づいた時には、窓から入る日差しは白色から白橙色に変わっていた。そして、そのタイミングで、一階の玄関が開く音が聞こえた。どうやら母さんが帰ってきたらしい。もうそんな時間かと、僕は少しまた憂鬱になった。謝罪の時間が迫っているのに、結局「ごめん、返信できなくて」の一言しか思いつかない。
「明希ー、起きてるー?」
少しして、ドアの奥から母さんが「ダンダン」とドアを叩いてくる。
「なんでしょうか。めちゃくちゃうるさいんですけど」
僕がそう返すと、今の騒がしさが嘘のように、今度はゆっくりとドアを開ける。その隙間から、お盆を片手に母さんがヒョイっと顔を出した。
「アンタ、ちゃんと昼食べたの?」
「食べたよ。冷凍のうどん」
「あらそう。ちょうどプリン買ってきたから、食べなさい」
「そりゃどうも……って、いや二つも要らないけど?」
「一つはアンタの分じゃないよ」
「……はえ?」
その時、半開きだったドアが、何故かゆっくりと開く。僕は目を疑った。そして、反射的にベッドから飛び起きた。
「ナナナなんで!?え!?」
開けた部屋の外には、制服姿の栞ちゃんが立っていた。動揺する僕とは対照的で、「お邪魔します」とお淑やかに入ってくる。
「良かったね、美女がお見舞いに来てくれて。じゃあごゆっくり」
「いや、ちょっ、ええ……」
彼女は床に置かれた丸テーブルの前で正座し、出ていく母さんに会釈をする。そして、バタンとドアが閉まった途端に、部屋の中は静寂に包まれた。窓から入る風が僅かに空気の流れをつくり、無臭だったはずの空間に突如として華やかな香りが生まれる。
彼女は、ゆっくりと僕の方を向き、そしてパチパチとまぶたを動かした。その表情と仕草は、プールのベンチで見せた時のそれだった。
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