黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実

文字の大きさ
53 / 102
第6章 前夜

しおりを挟む
「ごめん……足痺れちゃった」

 彼女の体が、じんわりとのしかかる。いや、決して“重たい”なんて思ってない。服を介して密着した体、そこから伝わる体温、頬に触れる髪、腹部を押す柔らかな感触——そのすべてが、僕の力を吸い取っていく。本来なんてことないはずの負荷なのに、耐えられない。体が、そして思考が、徐々に崩れていく。


 ——僕は、彼女を抱え込むような形で、そのままベッドに倒れ込んだ。

 
 テーブルに足がぶつかり、お盆やスプーンがガシャガシャと音を立ててひっくり返る。けれど、そんな一瞬の騒がしさに反応する余裕なんて無かった。

 音が消え、再び静けさが部屋を包む。

 触れ合う脚が変に絡まり、どこにどう力を入れていいのかわからないまま、思考だけが空回りしていく。

 何か言わなきゃ。なのに、何も言葉が出てこない。過呼吸になりそうで、意識が飛びそうで、でも息を殺していなきゃいけないような——そんな状態で、声が出ない。心臓の鼓動は、どんどん加速していく。今にも破裂しそうなほどに。


「ドクドク言ってる……」


 彼女が、僕の胸元でつぶやく。その声はさっきまでと違って、少し低く、とろけるようだった。
 まるで僕の心臓の音を確かめているかのように、彼女はそのまま動かない。

「び、びっくりした、から——」

「大丈夫?体も熱いし、息も荒いよ」

 ようやく、彼女は少しだけ上体を起こした。長い黒髪が首元に垂れ、左肘をベッドにつきながら、僕の額にそっと手を当てる。

 彼女の吐息が、唇に触れる——。

 その距離の近さに気づいて、僕は荒い息を無理に殺した。

 だめだ、本当に意識が飛びそうだ。というか、もうどうしていいのかわからない。

「明希くん」

 彼女が、甘く囁いた。その時だった——。


 コンコン。


 突然、ドアがノックされた。彼女はスッと立ち上がり、僕の腕を引いて上体を起こさせる。それから床にしゃがみ、ひっくり返していたスプーンや空の容器を手早く片づけながら「はい」と返事をした。

「大丈夫?なんか、ガシャガシャ音が聞こえた気がしたんだけど」

 ガチャっとドアが開き、奥から覗き込むように母さんが顔を半分出した。

「あ、すみません。帰ろうと思って立ち上がったら、足が痺れてテーブル蹴飛ばしちゃって……」

「あ~らそうなんだ!それなら良かった。もしかして明希が襲ったんじゃないかと心配になったわよ」

 そんな戯言を言う母さんに、彼女は笑いながら「明希くんはそんな人じゃないですよ」と返した。

「じゃあ私はこれで。プリン、ご馳走様でした」

 彼女は母さんに軽く頭を下げ、それから僕に向かって、いつものようにニコッと笑ってみせた。そしてそのまま、すっと部屋を出て行った。

 僕は何も言えなかった。

 口を開く暇もなく、嵐のように通り過ぎた出来事。意識はまだふらついていて、さっきまでのやり取りが頭の中をぐるぐると駆け回っている。
 もし母さんが来なかったら、あのあとどうなっていたんだろう。それに、彼女は何を言おうとしていたんだろうか。……考えれば考えるほど、頭が真っ白になる。

「アンタ、栞ちゃん見送らないと……って、顔真っ赤だけど大丈夫?」

「……ちょっと、ぶり返したかも」



 その夜、熱はまたしても三十七度を超えた。

 僕は結局、翌日の金曜日も学校を休むことになった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

高校生なのに娘ができちゃった!?

まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!? そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?

宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。 栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。 その彼女に脅された。 「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」 今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。 でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる! しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ?? 訳が分からない……。それ、俺困るの?

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

陰キャの俺が学園のアイドルがびしょびしょに濡れているのを見てしまった件

暁ノ鳥
キャラ文芸
陰キャの俺は見てしまった。雨の日、校舎裏で制服を濡らし恍惚とする学園アイドルの姿を。「見ちゃったのね」――その日から俺は彼女の“秘密の共犯者”に!? 特殊な性癖を持つ彼女の無茶な「実験」に振り回され、身も心も支配される日々の始まり。二人の禁断の関係の行方は?。二人の禁断の関係が今、始まる!

処理中です...