黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実

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第7章 変調

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 火曜から金曜までを休んだ僕が外出するには、母さんが納得する条件を出すしかなかった。

 ——次のテストで四百点以上取る。もしダメだったら、十月中はスマホ没収。

 今まで一度も四百点を超えたことのない僕にとっては、かなり厳しい条件だ。五教科で一教科百点満点だから、つまり平均八割。でも、不可能じゃない。勉強時間は前より増えているし、今回は直前で焦ってるわけでもない。明日から本気を出せば、なんとかなる……はず。

「お待たせ」

「こんばんはっ。体調、大丈夫?」

「うん。さすがにもう平気」

 彼女とは中学校近くのコンビニで待ち合わせていた。約束の十九時より少し早く着いたけど、彼女はすでに来ていて、入り口から少し離れた場所で空を見上げていた。
 黒の短パン、白いTシャツ、そして透明なサンダル。まるで「ちょっとコンビニ行ってくる」っていう、気取らない服装。なのに……彼女のスタイルの良さもあって、妙に色っぽく見えてしまう。今まででいちばん、そう感じたかもしれない。

 ——いや。

 そう見えたのは、たぶん彼女を見る僕の目が変わってしまったせいだ。一昨日のあの出来事以来、彼女を意識する気持ちが前よりずっと強くなっている。純粋に。そして、少し後ろめたい目でも。

「じゃあ、いこっか」

 彼女はそう言って、手にしていたコンビニ袋を自転車の前カゴに入れた。中には、ペットボトルのお茶と水。

「喉乾いたら、好きな方飲んでね」

「うん、ありがとう」

 彼女が荷台に腰を下ろし、右手の指先で僕のシャツの裾をそっとつまんだ。その何気ない仕草が、またしても僕の胸をくすぐってくる。

「そっち側に座るんだね」

「逆の方がいい?」

「あ、いや!大丈夫だよ」

 考えてみれば、彼女を後ろに乗せるのはこれが初めて。僕の中で“女子を乗せる”といえば、どうしても麻美ちゃんの姿が浮かぶ。だからこそ、同じようで違うこの感覚が、妙に新鮮だった。

 ちなみに、自転車で行こうと提案したのは僕だ。電車の方が楽だし速いけど、チャリでも一人なら片道十五分。帰りの電車は混むだろうし、今日の花火大会は知り合いと出会す可能性がある。今までの四人行動とは見え方が違うわけで、別れた直後なのに僕と二人きりの姿はあまり見られたくないはずだ。

 ——と、色々理屈をつけてはみたけれど。正直なところ、浩大らに遭遇したくないというのが一番の理由。二人のことが気にならないわけじゃない。むしろ気になる。でも、もし二人が予想以上に仲良くしていたら……僕には、まだそれを受け入れる準備はできていない。今日という日を迎えた時点で、どの方向に進んでも、僕が心から喜べる未来なんて存在しない。僕はただ黙って、あとで浩大からの報告を待つだけだ。


 途中の道は勾配も少なく、そしてシンプル。コンビニ裏手の川沿いを進み、途中田んぼ道に入って、最後は民家を抜ける。食彩館より遠いのに、こっちの方が圧倒的に楽だ。

「まだ夏だと思ってたけど、夜はもう意外と涼しいね」

 ふと、彼女がつぶやいた。川辺を吹き抜ける風からは、あの重たい暑さがすっかり抜け落ち、むしろ少し肌寒ささえ感じる。鈴虫や松虫の合唱、夜の帷が降りた空——そのすべてが、確かに夏の終わりを告げていた。

「その格好、むしろ寒いんじゃない?」

「まだ大丈夫。でも寒くなったら、私が漕ぐから代わってね」

「分かった。……あれ、でも栞ちゃん人を後ろに乗せたことあるの?」

「あるよ、小二のとき。補助輪付きだけど」

「……ちょっと、寒さは我慢してもらえるかな」

「どうして?」

「いや、これ補助輪付いてないし」

 僕が冗談っぽくそう言うと、彼女は右手で僕の肩をポンと叩いた。

 ——この感覚、懐かしい。昔もこうしてよく、彼女に叩かれていた。僕が冗談を言っては、頬をふくらませながら、それでも笑っていたっけ。今の彼女が再現しているつもりはないと思うけど、いろんなことが変わった今でも変わらない一面がある。それが妙に嬉しくて、胸にじんとくる。


 やがて、『レインボーロード』と呼ばれる橋の上り坂を越えたところで、僕たちは一度交代してみた。ここから先は、なだらかな下り道が続いている。側壁が高いために景色こそ見えないけれど、目的地まではもうすぐだ。

「うわ、風冷たい。これ明希くんが前にいたからまだ良かったんだ」

「ふふ。代わる?」

「ううん。せっかくの機会だし、ここで練習しとかないと」

「栞ちゃんの場合、練習しても披露する機会なさそうだけど」

 そんな軽口を交わしながらも、僕にとってもこれはちょっとしたトレーニングだった。女子に漕がれるのは当然初めてで、変に体が触れないように気を張るし、バランスを崩せばすぐ倒れそうで、体のあちこちに妙な力が入る。

「それにしても、この間は危なかったね。ノックされなかったら完全にアウトだった」

 彼女はさりげなく、一昨日のことを口にした。恥じらいもなく、まるで本当にだったかのような口調で。……まあ、事故ではあるんだけど。
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