黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実

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第7章 変調

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「母さんにはプライバシーってものが無いんだ。普通にズカズカ入ってくるし」

「ふふ。男の子には厳しいね。……あ、あの鍵付きのロッカーってそのため?」

「ああ……いや、あれはたまたま。母さんが昔スポーツジムで働いてた時に、もらったらしい」

 物が少ない分、あれは地味に目立つ。僕の背丈より少し低い、樹脂製のダイヤル式ロッカー。最初に持って来た時は「要らない」と散々断ったのに、結局あれがなければの置き場に困っていたところだ。

 公園のすぐ近くまで来ると、一気に人通りが増えた。駐車場へ続く道は渋滞していて、駅の方からも人の波が押し寄せてくる。僕たちは駐輪場に自転車を停めてから、人気の少ない場所で休憩することにした。
 時刻は十九時二十分。花火が上がるまで、あと四十分。

 ちょうどいい高さの岩に腰掛け、僕はお茶を、彼女は水を口にする。別に喉が渇いていたわけじゃないけど、冷たい麦茶は思った以上にスッと入ってきて、あっという間に飲み干してしまった。

 その直後、左ポケットの中でスマホが震えていることに遅れて気づいた。それも一回じゃない、立て続けの振動。
 画面をのぞくと、そこには浩大の名前が表示されていた。


 瞬間的に、心臓が大きく跳ねた——。


 結果がどうであれ連絡が来ることは分かっていた。でも想定よりずっと早い。しかも、ラインじゃなしにわざわざ電話。

 僕は軽く息を吸ってから、その場を離れ、緑色の応答ボタンを押した。

「もしもし」

『おお、悪いな突然。お前も今、こっち来てるんだよな?』

「まあ。今さっき着いたところ」

『立石さん、見てねえか?』

 一瞬、僕は返答に困った。その一言の意味が、すぐには飲み込めなかったから。

「いや、見てないけど……どういうこと?」

『それがさ、十九時集合って約束だったのに、まだ来てなくてよ。電車に乗り遅れたってんなら、もう着いててもいい頃なんだけどな』

 ……なるほど。この電話はではない。僕はそっと胸を撫で下ろす。

「現地集合ってことは、麻美ちゃん何か用事でもあったんじゃないの?」

『おお、そうだよく分かったな?』

「なら多分その影響でしょ。僕らは自転車で来たから駅の状況は分からないけど、そんなに心配しなくていいと思う。連絡取れないんだから、お前が動くと余計ややこしくなるぞ」

『まあ……そうだよな!花火まではまだ三十分以上あるし。あ、悪いな!デートの邪魔して。そっちも上手くやれよ!』

 そう言い残して、浩大は電話を切った。

 特別、心配することじゃないと思った。僕も前に、彼女に待たされたことがある。あのときは、まるで石ころ帽子が欲しくなるくらい居心地が悪かった……今となっては、ちょっとした思い出だけど。

 自分から連絡が取れないまま待つって、案外きつい。でもそれを知ってるからこそ、焦る必要もない。そもそも、あのときの原因は浩大だし。回り回って今度は自分に返ってきたと考えれば、ある意味では帳尻が合ってる。

「ごめん、浩大から電話だった」

「何かあったの?」

 彼女はスッと立ち上がり、背筋を伸ばすようにゆっくりと背伸びをした。木々に囲まれた薄暗がりの中でも、その輪郭ははっきりとしていて、僕はまたしても視線を奪われる。

「いや……たぶん大丈夫」

「なーんか、意味深だなあ」

 一瞬、言おうか迷った。でも、今の話をそのまま伝えたら、きっと彼女は「じゃあ探してあげようか」と言うだろう。そうなれば、知り合いに見られる可能性が上がってしまうし、何より彼女を人混みの中に入れることになる。
 それは、極力避けたい。今ここには、プールで浩大が用意していた、他人から守るためのものなんてないから。

「まだ時間あるし、屋台でも覗いてみる?」

「えっ、屋台!?」

 唐突な提案に、思わず声が裏返った。

「知り合いがいるかもよ……?」

「ふふっ。明希くんは、見られたくない感じ?」

「いや、別に僕は——」
「ならいいじゃん。せっかく時間あるんだし。ね?」

 彼女は僕の背中をポンと軽く叩いて、枝を踏む音を鳴らしながら、園内へ歩き出す。
僕の想定では、このあと静かに場所取りをして、花火を見て、またふたりで帰る——そんな展開だった。きっとそれを彼女も望んでいると思っていたのに。

「夜の池って、けっこう綺麗なんだね」

「そ、そうだね……」

「花火が映ったら、もっと綺麗だろうなあ」

 園内の遊歩道は、外周の歩道より幾分人は少なかった。けれど、それでも僕には内側の景色を気にする余裕なんてない。クラスの連中にでも会って声をかけられたら、なんて返そうか。今週ほとんど休んでいた上に、今日は二人きり。

 ……いや、冷静になれ。彼女がいいと言ってるんだから、僕があれこれ考える必要はない。さっきの電話からしても、浩大と鉢合わせることはまだないし、そうなれば何も問題はない。僕が今気にするべきなのは、彼女とはぐれないこと。そして、できるだけ人混みに近づけないこと。それだけだ。
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