黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実

文字の大きさ
59 / 102
第7章 変調

しおりを挟む
「お待たせ」

 僕がお願いした通り、彼女は動くことなくその場で僕を待ってくれていた。先ほどの感情的な瞳は落ち着きを取り戻していて、表情はもう、いつもの彼女だ。

「花火、始まったね」

「ごめん。ちょっと一言、言っときたくて」

「ううん。ありがと。さすがさん」

「あの設定、まだ続いてたの?」

「もちろん」


 その笑顔を、夜空に咲いた花の光が、淡く照らす。
 ドン、ドン、と目の前で響く音が胸の奥を打ちつけ、心音と重なった。


 伝えるなら、今だ。


 道の端で向かい合うだけの、ロマンチックとは言えない状況。それでも、彼女は今までで一番まぶしく見えた。瞳に映る光が、羞恥も不安も麻痺させる。

 僕は深く息を吸って、ゆっくりと吐いた。この呼吸の先に、言葉を乗せる。そう心に決めた。


 ——はずだった。けれどその途中、ポケットのスマホが不意に震えた。


 普通なら、無視していただろう。でも今回は違った。振動が続いたことに、妙な違和感を覚えた。気づけば僕の手は、無意識に画面へと伸びていた。


 そして——その瞬間、すべてが崩れた。



【麻美:明希君】
【麻美:助けて】



 思考が、止まった。


 声も出ない。動けない。ただその短い言葉に、すべての意識を奪われた。
 周囲の音が遠のいていく。通行人のざわめきも、空に響く花火の爆音でさえも——。


 助けて……?どういうことだ?
 今、彼女は一体どこで……何を……?


「——くん、明希くん!」


 肩を叩かれて、ハッと我に返った。目の前の彼女は、少し心配そうにこちらを見つめている。

「どうかしたの?」

「あッ、いや……」

 あまりに唐突で、あまりに簡潔すぎる。頭がうまく状況を飲み込めない。

 悪戯?冗談?

 ……いや、この二週間ずっと音沙汰がなかった彼女が、そんなことをするはずがない。


 でも、じゃあどうすればいい?


 僕らが連絡を取っていることは、他の誰にも明かしていない秘密だ。
 よりによってこのタイミングで、それを栞ちゃんに知られるのは——

 ……いや、待てよ。

 そうだ、浩大!アイツは今、何をしてるんだ!?

 僕は慌てて浩大に電話をかけた。すると、まるで待ち構えていたかのように、すぐに電話はつながった。

『もしもし』

「浩大!お前、今何してる!?麻美ちゃんとは合流したのか?」

『いやそれが……やっぱり来ないんだよ。いつまで待っても』

 心臓が早鐘を打つ。これはいよいよ、マズい。

「今どこにいる?」

『駅前。人が多すぎて、一度外に出たところ』

「分かった。僕も探す。進展あったらすぐ連絡して」

『え?おまえ河西さんと花火——』

 その言葉を最後まで聞かずに、僕は通話を切った。二人がいまだに会えていないという事実、それだけでもう十分だ。

 麻美ちゃんの身に、何かが起きている——その可能性を、もう否定できない。

「……もしかして、田中くんと麻美ちゃん、合流できてないの?」

 僕らの会話でさすがに察したのか、彼女の声は冷静で、でも表情は明らかに驚いていた。

「あ……うん。そうみたい」

 僕はすぐさまラインのアイコンをタップした。とりあえず、今どこにいるのか、どういう状況なのか、それを聞かないと——。


 けれど、トーク一覧を見た僕は、さらなる混乱に飲み込まれた。


 未読の通知が、一件もない——。


 確かに、麻美ちゃんからラインは来ていた。けれど、彼女とのトーク画面を見ても、最後に表示されているのは『おやすみ』の文字と『またね』のスタンプ。食彩館に行く前日のやりとりで、止まっている。
 
 いや、絶対におかしい。あれが見間違いだったわけがない。
 でもそうなると、考えられるのは——メッセージを

「とりあえず、分かれて探す?」

 硬直する僕の顔を覗き込みながら、栞ちゃんが尋ねてくる。
 どうすればいい……。時間は刻一刻と過ぎていく。焦燥だけが募って、思考は渋滞する。この周辺を探すなら、手分けした方が効率はいい。けれど、麻美ちゃんがそもそもこの場所に来ている確証はない。それに、また栞ちゃんを一人にしてしまうのは——。
 でも、今は僕一人の方が、動きやすいのも事実だ。

「……とりあえずそうしよう。栞ちゃんは駅の方に向かってくれる?浩大がいるけど、人が多すぎるみたいだから」

「うん、分かった」

 彼女は「何かあったらすぐ連絡して」と付け加えて、小走りで人混みの中に入って行った。

 ……ひとまずは、これでいい。彼女は浩大とも連絡を取れるし、あの二人が合流してくれたら、僕も少しは安心できる。
 僕は再度スマホの画面を見た。トーク画面に変化はない。

【今どこ?大丈夫?】

 文字を打ち込み、送信ボタンに親指を伸ばす。

 そのとき——ふとした違和感が、僕の指を止めた。
 栞ちゃんとのやりとりがあまりにも普通だったせいで、危うく忘れかけていた。

 あのルールを。


 ——僕からは絶対に連絡してはいけない。やりとりは、必ず麻美ちゃんから。

 ——彼女が『またね』のスタンプを送ったら、その時点でやりとりは終了。


 思い出した瞬間、指先が震えた。

 「いいから押せ」と思考が叫んでくる。

 でも、それ以上に強く、本能がそれを拒絶していた。

 あの二つを、僕は「守ってほしい」と念押しされている。もし彼女がさっきのメッセージを取り消したのなら——僕は今、このメッセージを送れない。
 送った瞬間、それはルールを破ることになる。つまり……彼女の信頼を、裏切ってしまう。


 ……今さら、気づいてしまった。

 僕は本能的に、彼女を裏切れない。
 彼女に、抗えない。

 いつの間にか、そんな脳みそに染められていた。こんな緊急事態でさえ、それを優先してしまうほどに——。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

高校生なのに娘ができちゃった!?

まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!? そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?

宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。 栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。 その彼女に脅された。 「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」 今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。 でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる! しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ?? 訳が分からない……。それ、俺困るの?

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

陰キャの俺が学園のアイドルがびしょびしょに濡れているのを見てしまった件

暁ノ鳥
キャラ文芸
陰キャの俺は見てしまった。雨の日、校舎裏で制服を濡らし恍惚とする学園アイドルの姿を。「見ちゃったのね」――その日から俺は彼女の“秘密の共犯者”に!? 特殊な性癖を持つ彼女の無茶な「実験」に振り回され、身も心も支配される日々の始まり。二人の禁断の関係の行方は?。二人の禁断の関係が今、始まる!

処理中です...