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第7章 変調
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「お待たせ」
僕がお願いした通り、彼女は動くことなくその場で僕を待ってくれていた。先ほどの感情的な瞳は落ち着きを取り戻していて、表情はもう、いつもの彼女だ。
「花火、始まったね」
「ごめん。ちょっと一言、言っときたくて」
「ううん。ありがと。さすがカレシさん」
「あの設定、まだ続いてたの?」
「もちろん」
その笑顔を、夜空に咲いた花の光が、淡く照らす。
ドン、ドン、と目の前で響く音が胸の奥を打ちつけ、心音と重なった。
伝えるなら、今だ。
道の端で向かい合うだけの、ロマンチックとは言えない状況。それでも、彼女は今までで一番まぶしく見えた。瞳に映る光が、羞恥も不安も麻痺させる。
僕は深く息を吸って、ゆっくりと吐いた。この呼吸の先に、言葉を乗せる。そう心に決めた。
——はずだった。けれどその途中、ポケットのスマホが不意に震えた。
普通なら、無視していただろう。でも今回は違った。振動が二回続いたことに、妙な違和感を覚えた。気づけば僕の手は、無意識に画面へと伸びていた。
そして——その瞬間、すべてが崩れた。
【麻美:明希君】
【麻美:助けて】
思考が、止まった。
声も出ない。動けない。ただその短い言葉に、すべての意識を奪われた。
周囲の音が遠のいていく。通行人のざわめきも、空に響く花火の爆音でさえも——。
助けて……?どういうことだ?
今、彼女は一体どこで……何を……?
「——くん、明希くん!」
肩を叩かれて、ハッと我に返った。目の前の彼女は、少し心配そうにこちらを見つめている。
「どうかしたの?」
「あッ、いや……」
あまりに唐突で、あまりに簡潔すぎる。頭がうまく状況を飲み込めない。
悪戯?冗談?
……いや、この二週間ずっと音沙汰がなかった彼女が、そんなことをするはずがない。
でも、じゃあどうすればいい?
僕らが連絡を取っていることは、他の誰にも明かしていない秘密だ。
よりによってこのタイミングで、それを栞ちゃんに知られるのは——
……いや、待てよ。
そうだ、浩大!アイツは今、何をしてるんだ!?
僕は慌てて浩大に電話をかけた。すると、まるで待ち構えていたかのように、すぐに電話はつながった。
『もしもし』
「浩大!お前、今何してる!?麻美ちゃんとは合流したのか?」
『いやそれが……やっぱり来ないんだよ。いつまで待っても』
心臓が早鐘を打つ。これはいよいよ、マズい。
「今どこにいる?」
『駅前。人が多すぎて、一度外に出たところ』
「分かった。僕も探す。進展あったらすぐ連絡して」
『え?おまえ河西さんと花火——』
その言葉を最後まで聞かずに、僕は通話を切った。二人がいまだに会えていないという事実、それだけでもう十分だ。
麻美ちゃんの身に、何かが起きている——その可能性を、もう否定できない。
「……もしかして、田中くんと麻美ちゃん、合流できてないの?」
僕らの会話でさすがに察したのか、彼女の声は冷静で、でも表情は明らかに驚いていた。
「あ……うん。そうみたい」
僕はすぐさまラインのアイコンをタップした。とりあえず、今どこにいるのか、どういう状況なのか、それを聞かないと——。
けれど、トーク一覧を見た僕は、さらなる混乱に飲み込まれた。
未読の通知が、一件もない——。
確かに、麻美ちゃんからラインは来ていた。けれど、彼女とのトーク画面を見ても、最後に表示されているのは『おやすみ』の文字と『またね』のスタンプ。食彩館に行く前日のやりとりで、止まっている。
いや、絶対におかしい。あれが見間違いだったわけがない。
でもそうなると、考えられるのは——メッセージを取り消した?
「とりあえず、分かれて探す?」
硬直する僕の顔を覗き込みながら、栞ちゃんが尋ねてくる。
どうすればいい……。時間は刻一刻と過ぎていく。焦燥だけが募って、思考は渋滞する。この周辺を探すなら、手分けした方が効率はいい。けれど、麻美ちゃんがそもそもこの場所に来ている確証はない。それに、また栞ちゃんを一人にしてしまうのは——。
でも、今は僕一人の方が、動きやすいのも事実だ。
「……とりあえずそうしよう。栞ちゃんは駅の方に向かってくれる?浩大がいるけど、人が多すぎるみたいだから」
「うん、分かった」
彼女は「何かあったらすぐ連絡して」と付け加えて、小走りで人混みの中に入って行った。
……ひとまずは、これでいい。彼女は浩大とも連絡を取れるし、あの二人が合流してくれたら、僕も少しは安心できる。
僕は再度スマホの画面を見た。トーク画面に変化はない。
【今どこ?大丈夫?】
文字を打ち込み、送信ボタンに親指を伸ばす。
そのとき——ふとした違和感が、僕の指を止めた。
栞ちゃんとのやりとりがあまりにも普通だったせいで、危うく忘れかけていた。
あのルールを。
——僕からは絶対に連絡してはいけない。やりとりは、必ず麻美ちゃんから。
——彼女が『またね』のスタンプを送ったら、その時点でやりとりは終了。
思い出した瞬間、指先が震えた。
「いいから押せ」と思考が叫んでくる。
でも、それ以上に強く、本能がそれを拒絶していた。
あの二つを、僕は「絶対に守ってほしい」と念押しされている。もし彼女がさっきのメッセージを取り消したのなら——僕は今、このメッセージを送れない。
送った瞬間、それはルールを破ることになる。つまり……彼女の信頼を、裏切ってしまう。
……今さら、気づいてしまった。
僕は本能的に、彼女を裏切れない。
彼女に、抗えない。
いつの間にか、そんな脳みそに染められていた。こんな緊急事態でさえ、それを優先してしまうほどに——。
僕がお願いした通り、彼女は動くことなくその場で僕を待ってくれていた。先ほどの感情的な瞳は落ち着きを取り戻していて、表情はもう、いつもの彼女だ。
「花火、始まったね」
「ごめん。ちょっと一言、言っときたくて」
「ううん。ありがと。さすがカレシさん」
「あの設定、まだ続いてたの?」
「もちろん」
その笑顔を、夜空に咲いた花の光が、淡く照らす。
ドン、ドン、と目の前で響く音が胸の奥を打ちつけ、心音と重なった。
伝えるなら、今だ。
道の端で向かい合うだけの、ロマンチックとは言えない状況。それでも、彼女は今までで一番まぶしく見えた。瞳に映る光が、羞恥も不安も麻痺させる。
僕は深く息を吸って、ゆっくりと吐いた。この呼吸の先に、言葉を乗せる。そう心に決めた。
——はずだった。けれどその途中、ポケットのスマホが不意に震えた。
普通なら、無視していただろう。でも今回は違った。振動が二回続いたことに、妙な違和感を覚えた。気づけば僕の手は、無意識に画面へと伸びていた。
そして——その瞬間、すべてが崩れた。
【麻美:明希君】
【麻美:助けて】
思考が、止まった。
声も出ない。動けない。ただその短い言葉に、すべての意識を奪われた。
周囲の音が遠のいていく。通行人のざわめきも、空に響く花火の爆音でさえも——。
助けて……?どういうことだ?
今、彼女は一体どこで……何を……?
「——くん、明希くん!」
肩を叩かれて、ハッと我に返った。目の前の彼女は、少し心配そうにこちらを見つめている。
「どうかしたの?」
「あッ、いや……」
あまりに唐突で、あまりに簡潔すぎる。頭がうまく状況を飲み込めない。
悪戯?冗談?
……いや、この二週間ずっと音沙汰がなかった彼女が、そんなことをするはずがない。
でも、じゃあどうすればいい?
僕らが連絡を取っていることは、他の誰にも明かしていない秘密だ。
よりによってこのタイミングで、それを栞ちゃんに知られるのは——
……いや、待てよ。
そうだ、浩大!アイツは今、何をしてるんだ!?
僕は慌てて浩大に電話をかけた。すると、まるで待ち構えていたかのように、すぐに電話はつながった。
『もしもし』
「浩大!お前、今何してる!?麻美ちゃんとは合流したのか?」
『いやそれが……やっぱり来ないんだよ。いつまで待っても』
心臓が早鐘を打つ。これはいよいよ、マズい。
「今どこにいる?」
『駅前。人が多すぎて、一度外に出たところ』
「分かった。僕も探す。進展あったらすぐ連絡して」
『え?おまえ河西さんと花火——』
その言葉を最後まで聞かずに、僕は通話を切った。二人がいまだに会えていないという事実、それだけでもう十分だ。
麻美ちゃんの身に、何かが起きている——その可能性を、もう否定できない。
「……もしかして、田中くんと麻美ちゃん、合流できてないの?」
僕らの会話でさすがに察したのか、彼女の声は冷静で、でも表情は明らかに驚いていた。
「あ……うん。そうみたい」
僕はすぐさまラインのアイコンをタップした。とりあえず、今どこにいるのか、どういう状況なのか、それを聞かないと——。
けれど、トーク一覧を見た僕は、さらなる混乱に飲み込まれた。
未読の通知が、一件もない——。
確かに、麻美ちゃんからラインは来ていた。けれど、彼女とのトーク画面を見ても、最後に表示されているのは『おやすみ』の文字と『またね』のスタンプ。食彩館に行く前日のやりとりで、止まっている。
いや、絶対におかしい。あれが見間違いだったわけがない。
でもそうなると、考えられるのは——メッセージを取り消した?
「とりあえず、分かれて探す?」
硬直する僕の顔を覗き込みながら、栞ちゃんが尋ねてくる。
どうすればいい……。時間は刻一刻と過ぎていく。焦燥だけが募って、思考は渋滞する。この周辺を探すなら、手分けした方が効率はいい。けれど、麻美ちゃんがそもそもこの場所に来ている確証はない。それに、また栞ちゃんを一人にしてしまうのは——。
でも、今は僕一人の方が、動きやすいのも事実だ。
「……とりあえずそうしよう。栞ちゃんは駅の方に向かってくれる?浩大がいるけど、人が多すぎるみたいだから」
「うん、分かった」
彼女は「何かあったらすぐ連絡して」と付け加えて、小走りで人混みの中に入って行った。
……ひとまずは、これでいい。彼女は浩大とも連絡を取れるし、あの二人が合流してくれたら、僕も少しは安心できる。
僕は再度スマホの画面を見た。トーク画面に変化はない。
【今どこ?大丈夫?】
文字を打ち込み、送信ボタンに親指を伸ばす。
そのとき——ふとした違和感が、僕の指を止めた。
栞ちゃんとのやりとりがあまりにも普通だったせいで、危うく忘れかけていた。
あのルールを。
——僕からは絶対に連絡してはいけない。やりとりは、必ず麻美ちゃんから。
——彼女が『またね』のスタンプを送ったら、その時点でやりとりは終了。
思い出した瞬間、指先が震えた。
「いいから押せ」と思考が叫んでくる。
でも、それ以上に強く、本能がそれを拒絶していた。
あの二つを、僕は「絶対に守ってほしい」と念押しされている。もし彼女がさっきのメッセージを取り消したのなら——僕は今、このメッセージを送れない。
送った瞬間、それはルールを破ることになる。つまり……彼女の信頼を、裏切ってしまう。
……今さら、気づいてしまった。
僕は本能的に、彼女を裏切れない。
彼女に、抗えない。
いつの間にか、そんな脳みそに染められていた。こんな緊急事態でさえ、それを優先してしまうほどに——。
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