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第8章 告白
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あのあと、僕は二人への説明にかなり苦労した。ちょうど一緒にいてくれたおかげで説明は一度で済んだけれど、そのぶん疑問の矢は集中する。そして、その疑問に正直に答えられるほど、状況は単純じゃない。
客観的な事実を述べるなら、「麻美ちゃんが乗った車を家の近くで見た」——それだけで済む。でも、それじゃ当然「見ただけ?話してないのか?」と返ってくるわけで、そうなると後々のことを考えても否定はできない。かと言ってありのままを話せば、まるで彼女が浩大との約束を軽んじているような印象を与えてしまう。
だから僕は、彼女と話した事実は伝えつつも、あえて主観を全面に出して説明した。「助手席で座っていた彼女が、どこか暗い表情に見えた」とか、「『話聞かせてね』って言う声も切なそうだった」とか、「だから多分、何かあったんだと思う」とか……もはや、彼女の代わりに弁明したに等しい。でも、あのラインを見ている手前、その憶測も決して見当違いではない……そう信じた。
そんな僕の心配や気苦労なんてつゆ知らず、翌日の正午、彼女から突如メッセージが届いた。
【麻美:十四時に図書館の自習室に来て。制服で】
【麻美:麻美がスタンプを送信しました】
一方的な約束の通り、僕は十四時に図書館を訪れた。この町立図書館は中学校のすぐ裏手、北棟の真向かいにあり、一年生にとっては本館の図書室より近い存在かもしれない。月曜日以外は土日を問わず十八時まで開いている。自習室には、二人掛けの長机が二つと、六人掛けのテーブルが四つ。冷房が効いていて静かで、勉強するにはうってつけなのに、利用者はなぜか少ない。なんて思っている僕も、これまでまともに使ったことはないけど。
室内には、お年寄りが二人。そして——制服の女子が一人。
あまり後ろからこうして見る機会はないから、なんだか新鮮に感じた。彼女は窓際の長机に腰掛け、ぼんやりと外を眺めていた。机の上には、桃色のキャンパスノートが一冊と、シャーペンが一本。隣の椅子に置かれたアイボリーのトートバッグには、何冊か教材が詰まっている。
「……あ、来てくれたんだ。予定、無かった?」
「いや……まあ」
僕がそばまで近づくと、彼女はようやくこちらを振り返った。表情は何ら変わりはない。いつもの、彼女だった。
「ここで話してると怒られるから、外出ようか」
少し声のトーンを落とし、ふふっと笑う。僕は黙って頷いた。
二枚の自動扉を抜け、冷えた静けさから蒸し暑くざわついた外へ出る。そこで、彼女がふと口を開いた。
「図書館って、一人だと居心地いいのに、二人以上だと息が詰まるよね」
「……そう、だね」
「わたし、戻ってきてから、日曜はいつもここにいるんだよ」
「あっ、そう……なんだ」
意外だった。予定を立てていたのはいつも土曜日だったから、日曜には別の用事でもあるのかと思っていた。まさか、こんなところで過ごしていたなんて。
『高校のことなんて考えてない』と以前言っていたけれど、やるべきことはやっているらしい。やっぱり僕なんかより、よっぽどしっかりしている。
——いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。僕には確かめるべきことがある。
「あのさ——」
「昨日のライン——見た?」
言葉を遮って、彼女が言った。表情は柔らかいまま。けれど、その目だけは真っ直ぐに僕を射抜く。
「……うん。見たよ」
「そっか」
あっけらかんとした口調だった。まるで、あのラインが嘘だったみたいに。
「どうりで、あの時間あそこに居たわけだ」
「何か、あったの?」
「ううん。なにも」
「えっ?」
困惑する僕のことなんて気にも留めず、彼女は日差しを避けるように北棟へと向かい、そのまま壁沿いに歩き出した。僕は言葉を挟まず、静かに後を追う。砂利の駐車場と校舎の間にある側溝を軽やかに渡り、やがて棟の端で右に折れる。雑草生い茂る通路の先にはピロティがあり、真っ直ぐ行けば正門、右に入れば中庭につながる。彼女の足取りには、迷いのない確かさがあった。制服を指定したのも、きっと何か意味があるのだろう。
そんなことを考えていたとき、不意に彼女が立ち止まった。
「先に言っておこうかな」
背中越しにぽつりと呟くと、彼女は校舎の壁にもたれかかった。僕はそっとその横顔を見つめる。崖の下から吹き上がる風が、木々の間をすり抜け、雑草を揺らし、左腕をざらりと撫でていく。細くて硬い葉の感触は、まるで針のように感じられた。でも、僕はただ黙って、彼女の言葉を待った。
「私のお母さん、今年の春に亡くなったんだ。……明希君は知ってると思うけど」
肌に触れていた針が、そのまま胸の奥へと移った気がした。
「……うん。知ってる」
驚くことじゃないはずなのに、今このタイミングでその話題を出されたことで、僕は少し動揺した。昨日のラインと、何か関係があるんだろうか——。
彼女は指先で内側の赤い髪をひと房すくい上げる。そして、視線をその毛先に落としたまま、ぽつりとこぼした。
「わたし、ずっと後悔してるんだ。お母さんが死んだのは、私のせいだから」
「……え?」
僕は思わず息を呑んだ。
客観的な事実を述べるなら、「麻美ちゃんが乗った車を家の近くで見た」——それだけで済む。でも、それじゃ当然「見ただけ?話してないのか?」と返ってくるわけで、そうなると後々のことを考えても否定はできない。かと言ってありのままを話せば、まるで彼女が浩大との約束を軽んじているような印象を与えてしまう。
だから僕は、彼女と話した事実は伝えつつも、あえて主観を全面に出して説明した。「助手席で座っていた彼女が、どこか暗い表情に見えた」とか、「『話聞かせてね』って言う声も切なそうだった」とか、「だから多分、何かあったんだと思う」とか……もはや、彼女の代わりに弁明したに等しい。でも、あのラインを見ている手前、その憶測も決して見当違いではない……そう信じた。
そんな僕の心配や気苦労なんてつゆ知らず、翌日の正午、彼女から突如メッセージが届いた。
【麻美:十四時に図書館の自習室に来て。制服で】
【麻美:麻美がスタンプを送信しました】
一方的な約束の通り、僕は十四時に図書館を訪れた。この町立図書館は中学校のすぐ裏手、北棟の真向かいにあり、一年生にとっては本館の図書室より近い存在かもしれない。月曜日以外は土日を問わず十八時まで開いている。自習室には、二人掛けの長机が二つと、六人掛けのテーブルが四つ。冷房が効いていて静かで、勉強するにはうってつけなのに、利用者はなぜか少ない。なんて思っている僕も、これまでまともに使ったことはないけど。
室内には、お年寄りが二人。そして——制服の女子が一人。
あまり後ろからこうして見る機会はないから、なんだか新鮮に感じた。彼女は窓際の長机に腰掛け、ぼんやりと外を眺めていた。机の上には、桃色のキャンパスノートが一冊と、シャーペンが一本。隣の椅子に置かれたアイボリーのトートバッグには、何冊か教材が詰まっている。
「……あ、来てくれたんだ。予定、無かった?」
「いや……まあ」
僕がそばまで近づくと、彼女はようやくこちらを振り返った。表情は何ら変わりはない。いつもの、彼女だった。
「ここで話してると怒られるから、外出ようか」
少し声のトーンを落とし、ふふっと笑う。僕は黙って頷いた。
二枚の自動扉を抜け、冷えた静けさから蒸し暑くざわついた外へ出る。そこで、彼女がふと口を開いた。
「図書館って、一人だと居心地いいのに、二人以上だと息が詰まるよね」
「……そう、だね」
「わたし、戻ってきてから、日曜はいつもここにいるんだよ」
「あっ、そう……なんだ」
意外だった。予定を立てていたのはいつも土曜日だったから、日曜には別の用事でもあるのかと思っていた。まさか、こんなところで過ごしていたなんて。
『高校のことなんて考えてない』と以前言っていたけれど、やるべきことはやっているらしい。やっぱり僕なんかより、よっぽどしっかりしている。
——いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。僕には確かめるべきことがある。
「あのさ——」
「昨日のライン——見た?」
言葉を遮って、彼女が言った。表情は柔らかいまま。けれど、その目だけは真っ直ぐに僕を射抜く。
「……うん。見たよ」
「そっか」
あっけらかんとした口調だった。まるで、あのラインが嘘だったみたいに。
「どうりで、あの時間あそこに居たわけだ」
「何か、あったの?」
「ううん。なにも」
「えっ?」
困惑する僕のことなんて気にも留めず、彼女は日差しを避けるように北棟へと向かい、そのまま壁沿いに歩き出した。僕は言葉を挟まず、静かに後を追う。砂利の駐車場と校舎の間にある側溝を軽やかに渡り、やがて棟の端で右に折れる。雑草生い茂る通路の先にはピロティがあり、真っ直ぐ行けば正門、右に入れば中庭につながる。彼女の足取りには、迷いのない確かさがあった。制服を指定したのも、きっと何か意味があるのだろう。
そんなことを考えていたとき、不意に彼女が立ち止まった。
「先に言っておこうかな」
背中越しにぽつりと呟くと、彼女は校舎の壁にもたれかかった。僕はそっとその横顔を見つめる。崖の下から吹き上がる風が、木々の間をすり抜け、雑草を揺らし、左腕をざらりと撫でていく。細くて硬い葉の感触は、まるで針のように感じられた。でも、僕はただ黙って、彼女の言葉を待った。
「私のお母さん、今年の春に亡くなったんだ。……明希君は知ってると思うけど」
肌に触れていた針が、そのまま胸の奥へと移った気がした。
「……うん。知ってる」
驚くことじゃないはずなのに、今このタイミングでその話題を出されたことで、僕は少し動揺した。昨日のラインと、何か関係があるんだろうか——。
彼女は指先で内側の赤い髪をひと房すくい上げる。そして、視線をその毛先に落としたまま、ぽつりとこぼした。
「わたし、ずっと後悔してるんだ。お母さんが死んだのは、私のせいだから」
「……え?」
僕は思わず息を呑んだ。
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